2.アベルの懸念
「アル・ジェット」
音速を超えた速度で放たれた血液はアベルの身体を貫く....事はなかった
「加速」
さらにギアを一段階引き上げたアベルに直線的な攻撃など当たるはずもない
それを悟ったヨウムは術式を組み替える態勢に入った
当然その隙をアベルは見逃さない
「エル・フレイヤ」
アベルの手から放たれた火球がヨウムへと迫る
「水の魔術師である俺にこの程度の火魔法だと?笑わせてくれる!」
ヨウムは火球を受け止めんと前方に血液を展開した
大量の血液によって包み込まれた火球は瞬時に消えさった...が
「くだらない小細工だなッ...!?な、なんだ、視界が揺れて...」
ヨウムは揺れる視界の中で足元に落ちている赤い球体を認識し全てを悟った
アベルが放ったのは正確には火魔法ではない
そもそもアベルに火魔法の適性はなく調理や焚き火の火種に使う程度のごく小さな火を起こすことしかできない。
アベルが使用したのは加速の魔法、そして使用した対象は火属性の魔法を扱う魔獣から採取された火の魔石である。属性が付与された魔石は一定の魔力を込めることでその魔獣の魔法を再現することが可能である。
アベルが使用した火の魔石は出力の低さの割に頑丈で加工に向かず、二束三文で取引されるような物である。
現に術式を組むまでもなく単なる血液の操作のみで防がれる程度の魔法しか発動させることができなかった。
しかし防がれたのは火のみであり魔石そのものは血液操作のみで受け止められる物ではない。ましてアベルの加速の魔法がかけられたそれは通常ではありえないタイミングで加速し、正確にヨウムの顎を打ちつけたのである。
加工に向かないほど頑丈な拳ほどの石が意識外から顎を打ちつける...
すなわち脳震盪を引き起こしヨウムの思考と平衡感覚を奪い現在に至る。
「冒険者をしていたならわかるだろう?初めて戦う魔獣の攻撃に対しては過剰なまでの防御をしなければならない。相手の攻撃の性質が分からないのだからな...人間も同様だ」
「ぐっ...!!だが水がある限り...俺は負ける事はないっ!」
ヨウムの魔力が爆発的に高まりそれに呼応して周囲の血液が圧縮する....はずだった
ヨウムの奥の手、それは自身の魔力を込めた液体を極限まで小さく圧縮し霧状にすることで相手の目や鼻、口から体内に侵入し魔力を解放する事で敵を内部から破壊する
まさに対生物特化の必殺の技であった...
「なっ....何故だ!?血液が....固まっていく?」
ヨウムの周囲にあった血液が液体から固体へと変化し、固まっていく
「俺が血液に魔力を込め、"加速"させた。血液は時間が経つと固まり固体となる...お前の水魔法の適応外になるという事だ」
「部下たちの出血を促したのはこの為かッ!!!俺に血液を利用して戦わせるためにわざとっ」
「会話は終わりだ。お前は最初から自分で作り出した水で戦うべきだった環境頼りになった時点でお前の負けは確定していた」
喉元へ短剣が滑り込む
ヨウムの目が見開かれたまま、崩れおちる
「任務...完了」
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ヨウム・エリクシアの首を片手に組織本部へと帰路に着くアベルであったがその足取りは平時と変わらず、元Aランク冒険者とその護衛を相手したにも関わらず疲労を微塵も感じさせないものであったが、その顔色は優れない。
アベルは強い、強くなりすぎた。
もはや組織内でアベルに比肩する者は居ない
無論エデンは強大な組織である。組織をあげて戦えばアベルでさえ無事では済まない
だが組織も一枚岩ではなく派閥が存在する
アベルが派閥に付き本気で暗殺を実行してしまえば彼を止められる人間は居ないだろう
アベルの存在は組織内のバランスを容易に崩してしまう、そのため始末してしまう方が良いのではないか?
と考える幹部が一定数、いや大多数が同様の考えである。
今回の命令も条件次第でSランク相当の実力を発揮するターゲットであり、一介の暗殺者が狙うにはあまりにも分不相応である。
暗殺が成功すれば良し、何らかのトラブルによって死んでくれれば尚のこと良しという腹づもりだったのだろう
これから本部に戻り任務達成を報告するのだが恐らく幹部たちは良い顔をしないだろう
組織から抜ける
という考えが浮かばなかった訳ではない
組織は去る者に対して苛烈な制裁をするがそれを凌ぐことは今のアベルにとって不可能なことではない
だが組織には、もといカインには恩がある。
戦争孤児であった自分を拾って処世術を叩き込んでくれたカインの恩は途轍もなく大きい
まだちゃんと恩返しができたとも思えない、ましてもし自分が組織を裏切って抜けることになればアベルを引き込んだカインにも責任問題がついて回るだろう。
それだけは看過できない
だが恐らくこのまま組織の命令に従えばいつかアベルだけではどうにもならない事態に直面するだろう
答えの出ない問題に考えを巡らせながら歩いていればもう組織本部へと辿り着いてしまった。
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「任務遂行、ご苦労。流石の"時狩り"もヨウム・エリクシアの相手は難儀したように見えるな」
強張った顔をしているアベルを見て幹部の一人が少し得意気になって声をかけるが、アベルの懸念には全く勘付いておらずただアベルが苦戦したのだと受け取り底が見えてきたと喜んでいる。
アベルからすれば滑稽極まるが態度には出さずその勘違いを利用する事にした
「一介の暗殺者には荷が重すぎる相手でした」
「フンッ...貴様ほどの実力を持つ者があの程度の手合いに苦戦するはずが無かろう。白々しい真似はやめろ」
やはり幹部からの認識は甘くない
アベルが組織に及ぼす影響を最大限に警戒している幹部には逆効果であった
「くだらない腹の探り合いをするのはやめろ」
一言で幹部たちの空気が変わった
「「「お疲れ様です!!!ボスッッッ!!!!!」」」
犯罪組織エデンのボス....ボア・エデンの乱入である




