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静止の魔女アリシア  作者: 池乃アザラシ
1章.魔女との激闘
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1 .時狩りのアベル

近頃、王都の夜は甘い匂いがする

今までは感じなかった嫌な匂いだ


違法薬物――“蒼涙”が流れ始めてから、王都の裏社会の空気は変わった


その効能は使用者の願望・欲望を投影した幻覚を見せるというものであり

非常に依存性が高く一度手を染めてしまえば廃人となるまで求め続ける最悪のドラッグである


こうしたドラッグは一時的な利益は大きいが表社会に出た時のリスクが甚大であり、また裏社会にも看過できない爪痕を残す


そのため裏社会においても御法度とされる代物である



“蒼涙”を捌いているのは、この街の裏社会を納める犯

罪組織エデン....


ではなく敵対組織エイジン、その幹部であるヨウム・エリクシア、かつてはAランク冒険者と謳われた水の魔術師


圧倒的な魔術の実力により組織で瞬く間に頭角を表し、強引な方法で自らの勢力を伸ばすことに執着する野心家で、組織のボスの座を虎視眈々と狙っている


だが彼はエデンの逆鱗に触れた。


裏社会にも作法はある

犯罪組織にはそれぞれの"シマ"があり独自のルールに沿って街の裏の支配を行っている。


犯罪行為であることに変わりはないが街の機能を維持することは"表"も"裏"も優先すべき事項として共通しており、そうした"裏"の秩序を保つ為にも組織の存在は国から黙認されているのが現状だ。


しかし今回はその基準を大きく逸脱した

強力なドラッグである“蒼涙”をこれほどの規模で、そして他の組織のシマで捌くのは前代未聞である


そのような暴挙を犯罪組織エデンが黙って見過ごすはずがない


そんな考えを巡らせながらアベルは組織の地下室で静かに短剣を研いでいた。


「仕事だ」


低く響く声と共に、扉が開く


大柄な体躯に、銀髪を短く刈り上げた四十代の男がアベルにそう告げた


男の名前はカイン。


犯罪組織エデンにおいて長年実行部隊として在籍している古株にして組織でも数少ない武闘派である。


戦争孤児であった俺をエデンへ拾ってくれた恩人でもある



「標的はヨウム・エリクシア、水の魔術師でエイジンの幹部だ。王都で“蒼涙”を流してやがる馬鹿はコイツだ..俺たちのシマで随分と舐めた真似をしているらしい、分かるな?」


カインは机に羊皮紙を置く


「ヤツは元Aランク冒険者、水辺ではSランク並みだ。油断するな」


「あぁ...」


短剣を研ぎながら短く答える


カインは一瞬だけアベルを見つめた。


「お前なら問題ねぇ....だがなアベル、無理はするなよ」


組織に対する損得を重んじる彼らしくない言葉に思わず短剣を研ぐ手が止まる


「俺には.....お前を拾った責任がある」


その言葉に、アベルはわずかに視線を伏せ答える


「感謝している」


感情を乗せず、ただ事実として...


カインはわずかに微笑むと踵を返して出ていくのだった。



―*―*―*―*―*―*―*―*―* ―*―*―*―*―*―*―*―*―*―



組織の命令は絶対である

命令に逆らうことは死を意味し、任務の失敗もまた同様である。

命令が下った時点でそれを遂行すること以外は等しく死となる。これは組織に拾われた時から不変のルールでありアベルが今日まで生きてきたのはその命令を全て遂行してきたからに他ならない。


そしてアベルにとって元Aランク冒険者であろうとやる事はいつもと変わらない


ただ、殺す




王都外れの運河倉庫、エイジンが“蒼涙”の保管に利用しているソレはいつ襲撃されようとも返り討ちにするほどの警戒態勢が敷かれていた。

その中でも特筆すべきなのは――三名

暗殺対象であるヨウムとその両脇に鎮座する護衛二人


事前の調査によって彼らの情報はアベルの頭に叩き込まれている


右の茶髪で長身の男はアンセム

風魔法の使い手であり冒険者ランクで言うBランク相当の実力者である。

左の長髪猫背の男はリヒター

土魔法使いで攻撃魔法に難があるが防御魔法に特化した護衛向きの能力者だ。


「理に適った人選と配置...だな」


そう呟き...掌に銀杭を握る


刻印――"加速"


銀杭に刻まれた刻印に魔力を流し込む

世界が、僅かに遅くなる....



倉庫内


ヨウムは水球を弄びながらつまらなそうにぼやいた


「"エデン"も所詮はこの程度か...実につまらない相手だ。我らが市中へと流した“蒼涙”に対する動きも鈍い.....直接ここを叩きにくれば多少は面白くなるのだがな」


「ヨウム様、僭越ながら今回の侵攻は組織における貴方様の地位を左右する重要な案件でございます。油断は禁物かとっ...!」


ズンッ...場の空気が変わった


「ほう....この俺に、ヨウム・エリクシアに万が一があると....そう言いたいのか?」


頭を踏みつけられているかのようなプレッシャーにリヒターは思わず口籠もる


「っ...何事にも想定外はございます!なにしろヨウム様は元Aランク冒険者、手の内を知られているのですから敵がそれ相応の対策をしてくるのも必然でございます」


「...フンッ。一理あるが私が周囲に見せていない奥の手を持っていない。とでも思ったか?リヒター、貴様は少々臆病が過ぎるな」


「そうだぜリヒター!ヨウムさんの実力をお前も分かってんだろ?俺たちはこの方に黙ってついていけばいいのさ」


「.....アンセム。お前は少し楽観的過ぎるのだ....失礼致しましたヨウム様」


そうだ、杞憂であればそれでいいのだ

アンセムもこんなのだがBランク冒険者に引けを取らない実力者だ我らが揃えば例えSランク冒険者であろうとも易々と突破は出来まい....




ガンッ.....


目の前のアンセムの肩を、何かが貫いた..いや、通り抜けた

紙にペンを刺すように易々と...


「ッ...!敵襲ーー!!!」


攻撃を受けたアンセムに目をやる。

その肩からはありえない速度で血が流れ出していた


「なぁっ....んだっ!?これは、こんなに血が....なんで???」


「フレイヤ」


ヨウムの手から放たれた炎は味方であるはずのアンセムの肩へ放たれた


「ヨウム様ッ...!味方に何を」


「馬鹿者ッ!この傷口からのありえない出血、まるで出血が"加速"されたかのようなやり口...噂には聞いたことがあるがまさかこれほど凶悪とはな」


「ありがとう...ございます。助かりましたヨウム様っ...ぐっ」


肩の傷を無理やり焼いて塞いだアンセムはうめきつつも鋭い眼差しと共に右手を襲撃者へとむけた


「エル・ウィンド」


風刃が四方へ放たれカマイタチの刃が壁を裂く...


だがアベルは既にそこにいない


「加速」


アベルの身体がブレる

先程の銀杭と同様

いやそれ以上のスピードの踏み込み。

恐ろしいスピードで手負のアンセムへ死が迫る


「速っ――!」


「ウル・ウォールッ!!!」


3メートルほどの土の壁がアベルとアンセムを隔てる


(間一髪土壁の展開が間に合ったか!?)


「残念だが...はなから狙いはお前だ」


「なっ....!?」


薄暗く光る短剣の一閃がリヒターの首元を捉えた

血飛沫が舞うより疾く、アベルは飛び退く



「クソッたれがぁぁぁあ!!!ウル・ウィンッ」



「魔力の源は血液だ、その出血で魔力を練り上げるには時間がかかる、そして」



「その時間は俺にとって永すぎる」



「あ...れお、れのからだ...なんで?」


ビチャ....

アンセムが最後に見たのは崩れ落ちる自身の身体だった



「噂通り...いや噂以上だな。お前がエデンの懐刀、"時狩り"アベルか」



「...暗殺者として、名が知れるのは三流だ」



「フンッ....貴様の組織が抑止力として大々的に触れ回った結果だろう?随分と貴様の実力に自信があると見た」



「試してみるか?」



互いの敵意がぶつかり周囲が陽炎のように揺れる



「もう終わりだ暗殺者よ、奇襲ではなく対峙した時点で冒険者の間合いだ。なにより、貴様が景気良く部下を切り刻んだおかげで」



ヨウムの周囲に赤い液体、部下たちの血が流れていく

成人男性2人分の血液は床を全て覆うほどの量であり...



「俺の最も得意とする戦場、よもや水場の俺に勝てると自惚れているのではあるまいな?」


ヨウムの周囲に集まった血液が凄まじい密度で圧縮され轟音と共に撃ち出される


「アル・ジェット」


音を置き去りにするほどの速度で放たれた血液はリヒターの作り出した土壁さえも何もなかったかのように貫きアベルの命を削り取らんとしていた






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