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静止の魔女アリシア  作者: 池乃アザラシ
1章.魔女との激闘
1/8

プロローグ 〜静止の魔女〜


水面が、空中で止まっていた。


迸る水飛沫は宝石のように煌めき、落ちるはずの雫は宙に縫い留められている。

風も、音も、夜気さえも、彼女の周囲では凍りついていた。


腰まで伸びた艶やかな黒髪が、止まった世界の中でただ一人揺れている。


人外の美貌を持ちつつどこかあどけない少女を思わせる顔....しかしその瞳だけが、永い時を生きた深淵を湛えていた。


「……また、か」


少女は興味なさげに指先を掲げる。


「ヒッ....!?お、お助けくださ」


武器も鎧もかなぐり捨てて許しを乞う男の言葉は

それ以上紡がれることはなかった


永遠に...


ぱきり、と。


音のない世界で、水は氷へと姿を変えた。

静止。停滞。保存。

彼女の魔法は、あらゆるものを“止める”。


時間も、熱も、命も。


三百年以上前、彼女は人間であることをやめた。

老いることはなく、その人生が終わることも許されない。


人々は彼女を呼ぶ


――魔女、と。


迫害、裏切り、炎

彼女にむけられたそれらすべてが

いまでは遠い過去の標本のように感じられる


感情は置いてきてしまった

怒りも悲しみも、永い時を経て磨耗してしまった


だがしかし好奇心だけは尽きない


「人はどうして、他者との繋がりを諦めないのだろう

....」


知りたい、とは思う。


理解できないからこそ、観察している。

人間という、矛盾した生き物を。



一方――


雨の降る夜だった。


だが男の周囲だけ、雨粒の軌道がわずかに歪む。


彼は路地の影に溶け込み、掌の中で小さな銀色の杭を転がしていた。

指先ほどの長さ。だが内部には刻印が施されている。


――"加速"。


力を込めると、杭は微かに震える。


男の魔法は派手ではない。

炎も雷も呼ばない。


ただ“運動”を加速させる。


投擲された瞬間、質量と速度は数倍に跳ね上がる

不可避の閃光


屋敷の二階。

標的が窓辺に立った、その刹那


男は息を止め、指を弾く


銀杭は音もなく放たれ――

空気を裂き、重力を裏切る軌道で窓を貫いた。


遅れて、肉を穿つ鈍い衝撃。


血が跳ねる前に、男は次の動作へ移る。


袖口から細い鋼糸が滑り落ちる。

魔力を流し込むと、糸は蛇のように蠢いた。


“流転”を重ねる。


足場を蹴る瞬間、彼の身体は常識を外れる速度で屋根へと跳躍する。

自らの意思を持ったかのような糸に連れられて通常ではありえない動きを可能にして....


背後で悲鳴が上がる頃には、彼の姿はもうない。


路地裏に着地し、魔力を解く。


歪んでいた雨は元の軌道へ戻り、静かに地面を打つ。


男は手にした黒い短剣に付いた血を拭き取り懐へと納める。


刃には青白い紋様が刻まれている。

それは触れたものの“血流”を加速させる術式。


かすり傷さえも致命傷に変える"殺し"を突き詰めたモノ


彼はそれを一瞥し、ゆっくりと鞘に収めた。


「……任務完了」


声に揺らぎはない。

彼はただ組織の命令を無感情に遂行するのみである....

だが組織は理解している。


彼はすでに兵器として完成してしまった。


加速の魔法。

流れを操る暗器。

そして躊躇のない殺意。


止められない刃は、いずれ主の喉元にも届く。


だから次の標的は、——魔女。


そして――


魔女諸共、彼を消す。


 


静止させる魔女。


加速させる暗殺者。


静と動。


二人の時間が交わるとき、

どちらの世界が優先されるのか。


それは、まだ誰も知らない。

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