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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第二話 草原と貴族冒険者

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冒険者ギルドにて

朝の陽光が石畳の通りを明るく照らし、街には活気ある一日の始まりを告げる音が響いていた。


パン屋の窯から立ち上る香ばしい匂い、馬車の車輪が石畳を叩く音、早朝から店を開く商人たちの呼び声。

街は、いつもと変わらぬ日常の風景を繰り広げている。


そんな賑やかな通りを、三人の冒険者が連れ立って歩いていた。


スフィアは相変わらず純白の剣を背負い、小さな足取りで軽やかに石畳を蹴っている。

朝の冷たい空気に三角の耳がぴんと立ち、金色の瞳は周囲の様子を観察しながらも、どこか機嫌良さそうだ。


その隣を歩くメリアは酒の影響もすっかり抜けて、元の上品な雰囲気を取り戻している。

身のこなしは軽く、のんびりと歩いていた。


そして三人目のブルは他の二人の後ろを守るように少し遅れて歩いている。

時折すれ違う通行人たちが威容に驚いて道を開けていくが、本人は気にした様子もなく穏やかな表情だ。


三人の目的地は冒険者ギルド。

素材売却で得た金貨を元手に本格的な冒険者活動を始めよう、というのが今日の予定であった。


「なんか、このレナック王国でお触れが出てるみたいですよ」


メリアが街角の掲示板を指差しながら、ふと思い出したように口を開く。


確かに掲示板には告知が貼り出されており、朝早くから数人の市民が内容を確認している様子が見えた。


「へー、どんなん?」


スフィアは振り返りもせず聞き返した。

彼にとって人間の国の政治的な事情など基本的に興味の対象外らしい。


それよりも近くの屋台から漂う匂いの方が気になっているようで、ひくひくと鼻を鳴らす。

食い気重視の猫さんである。


メリアの話を知っているのか、ブルが大きな手を上げて話に混ざる。


「あ、僕見たよ。なんか変わった紋章のある人間は参内せよ……だっけ」


巨体から発せられる声とは思えないほど、のんびりとした調子である。

彼は外見こそ恐ろしげだが、基本的に優しいのんびり屋さんであった。


「そう、それそれ。なんかあるんですかねー」


メリアは首を傾げた。


商家出身の彼女としては王国の政治的動向は多少気になるところではあるが、具体的な内容までは推測がつかないらしい。

街の人々の会話からも詳しい事情は伝わってこなかったのだ。


「ふーん、まあ人間向けなら俺らに関係ないやな」


スフィアは肩をすくめて、実にあっさりと結論を出す。


その割り切りの良さは、いかにも彼らしい。

獣人である自分たちには無関係だと判断すれば、それ以上深く考えることもない。

三角の耳を軽く動かしながら、屋台の方を見ている。

朝ご飯は食べたはずなのだが。


「メリアさんは関係ないんですか」


ブルの純粋な好奇心である。

人間ならひょっとしたら、という軽い疑念だ。


しかしメリアは軽く手を振りながら答えた。


「そんな紋章に覚えはないですねー。そもそもこの国の人間じゃないですし」


彼女はお触れを他人事として捉えているようだ。

確かに彼女の出身は海上の商業連合であり、内陸寄りのレナック王国とは縁もゆかりもない。

であれば無関係だろう。


ブルは納得したように大きく頷いた。


「そっかー」


この話はそれで終わり。

三人は王国にとって重要なお触れのことを単なる世間話として片づけた。

王国にとって如何に重要でも、無関係ならば所詮そんなものである。

重大な政治的事件など、彼らの日常からは遠い出来事でしかない。


石畳の道は緩やかな坂を下っており、冒険者ギルドの建物が遠くに見え始めていた。

朝の街は活気に満ちており、商人たちの掛け声、荷車の音、早起きした市民たちの足音が混じり合って、心地よい雑踏を作り出している。


今日もまた美味しい肉を求めて冒険に出かけるために、三人は冒険者ギルドへと向かっていった――。



◆◆◆◆



冒険者ギルド。

その重厚なオーク材の扉の前で、スフィアが深いため息を吐いた。


その小さな肩は明らかに重苦しく下がっており、三角の耳も心なしか元気なく垂れ下がっている。


「やっぱ行かないと駄目だよなあ」


どうやら彼は冒険者ギルドへ行くのが、実は気乗りしていなかったらしい。

普段の彼は力強く自信満々な話し方だが、今は子供が嫌いな用事を済ませに行く時のような声色だ。


「そりゃそうだよ。パーティー組むんなら申告しないと、報酬の分配とか手続きできないし……」


隣に立つブルもまた弱々しい声だ。


「僕もあんまりギルドに顔出したくないけど……行かないと……」


三メートルを超える威容を誇るミノタウロスの体躯が、今はなぜかしゅんと小さく縮こまって見える。

太い指をもじもじと動かしながら巨大な頭を俯き加減にして、まるで先生に叱られに行く生徒のような態度。


ブルのつぶらな瞳は不安に揺れ、ちらちらとギルドの扉を見てはすぐに視線を逸らすという挙動不審な動きを繰り返す。

まるで扉の向こうに恐ろしい存在、例えば幽霊などが待ち構えているかのような怯えようである。


スフィアは再び深いため息をついた。

その全身から諦観にも似た雰囲気が漂っている。


「だよなあ……はァ……」


メリアはそんな二人の態度を見て、首を傾げながら不思議そうな表情を浮かべた。

昨日まで見せていた頼もしい姿とは打って変わって、二人とも明らかに何かを恐れている。


スフィアは巨大なワイバーンとも果敢に戦った勇敢な戦士だし、ブルも昨夜のチンピラ退散では圧倒的な存在感を示していたはずだ。

それなのに、なぜ冒険者ギルドごときにこれほど及び腰になるのか。


商家出身の彼女にとって、ギルドというのは商工会のような業界団体の一種という認識だ。

確かに手続きは煩雑で面倒だが、それほど恐れるような場所ではないはず。

むしろ冒険者にとっては仕事を得るための重要な拠点であり、情報の交差点のはずなのだが。


しかし二人の様子を見る限り、単なる「面倒くさい」以上の、何か特別な事情があるのだろう。

メリアは詳しく聞きたい気持ちもあったが自分は新参の身。

そして二人の表情があまりにも深刻なので、今は黙って見守ることにする。


やがてスフィアが意を決したように小さく頷き、重い足取りでギルドの扉に手をかけた。


「よし……行くか」


その声は覚悟を決めた戦士のそれのようだ。

まるで敵陣のど真ん中に単身乗り込む騎士のような決意。


ギイィィィ……。


重い扉が軋んだ音を立てて開く。

三人は連れ立って冒険者ギルドの中へと足を踏み入れた。


扉が開かれた瞬間。

それまで室内に響いていた雑談のざわめきが、まるで水を打ったように一瞬で止まった。


冒険者ギルドの内部は、朝の時間帯にも関わらず相当数の冒険者たちで賑わっている。


木製のテーブルが並ぶ広い酒場スペースには既にエールを飲み始めている荒くれ者たちのパーティもいれば、朝食を掻き込んでいる者もいる。

奥の掲示板の前では依頼内容を吟味する冒険者たちが群がり、カウンターではギルド職員が忙しそうに書類を整理している。


そんな活気ある、ある種殺伐とした空間に三人の存在は強烈なインパクトをもたらした。


特に三メートルを超えるブルの巨体は、ギルド内の空気を一変させるのに十分すぎるほどの威圧感がある。

天井の梁に太い角が届きそうなその巨躯は、室内の他の冒険者たちを物理的に完全に見下ろす形となり、入り口に立つだけで日光を遮断してしまう。

まるで巨大な魔物が人里に迷い込んできたかのような圧倒的な存在感だ。


「おい、あれ」


誰かが小声で呟いた。

その声は緊張に満ちており、明らかに警戒心を含んでいる。


「うわ、すっげえでけえ……なんだあの化け物サイズは」


別の冒険者が息を呑むような声で感嘆する。

ブルの巨体を見上げながら、その規格外の体格に畏怖を抱いているようだ。


「あいつらここ半年くらいに来た獣人コンビか……?」


古参の冒険者らしき男性がジョッキを置き、仲間に確認するような調子で囁く。

どうやらスフィアとブルは、この街に来てからもギルドにはあまり顔を出していなかったらしい。

しかし、その特異な外見ゆえに存在自体は既に一部の冒険者たちの間で噂になっていたようだ。


「女の子はなんだ? 知り合いか? あんな華奢な子が……」


メリアの存在に気づいた冒険者が疑問を口にする。

確かに屈強な獣人二人組に見慣れない華奢な人間の女性が加わっているという組み合わせは珍しく、注目を集めるのも当然だ。


そんな無数の視線に構わず、スフィアは堂々と先頭を歩く。

小さな体躯にも関わらず、その足取りには迷いがない。


背中に背負った純白の大剣――人間で言えば片手剣サイズだが、彼の体格としては大きく見える――が歩くたびに微かに揺れ、金色の瞳は真っ直ぐに受付カウンターを見据えている。

周囲の不躾な視線など意に介さない、毅然とした態度だ。


その姿は、まさに歴戦の冒険者らしい風格。

体格こそ小柄だが、纏っている雰囲気は並の冒険者とは明らかに一線を画している。

「俺に構うな」という無言の圧力が周囲を遠ざける。


次にメリアが続く。


どこか品のある立ち振る舞いで、慣れているのか周囲の視線を受けながらも動じることなく歩いている。

商家で培った度胸と、野外活動を主とした服装ながらもどこか品のある雰囲気、そして美しい銀髪をはじめとした整った容姿。

汗と酒の匂いが染み付いた荒くれ者の多い冒険者ギルドの中では確かに異質で目立つ存在だ。

彼女もまた、堂々とした態度を崩さない。


そして最後にブルが続く。


ところが――。


よく観察すると様子がおかしい。


ブルは三人の中で最も後ろを歩きながら、メリアの華奢な肩にその大きな片手を乗せている。

その手の置き方は、まるで「この女は俺たちのものだ」「手を出すな」とでも主張しているかのようだ。


そして時折、周囲の冒険者たちを鋭い眼光で見回し、牛らしい鼻息を「フシューッ」と荒く吐き出しながら睨みつけているようにも見えた。

荒々しい牛獣人が美しい少女の所有権を主張し、周囲を威嚇しているように見える。


しかし実際のところ――。


(ひぃぃぃ……ここの人たち人相悪くて超怖いよぉ……!)


ブルの心中は純度100%の恐怖に支配されていた。

巨体に似合わず、彼は完全にビビり散らかしている。

そう、彼は物凄いビビリだったのである。


ギルド内の冒険者たちは確かに一般人とは違う、どこか危険な雰囲気を纏っている。

顔には古傷、腰には鋭い剣。

目つきは鋭く、全身から「俺は強いぞ」というオーラを発している。


そうした「戦いを生業とする者たち」の集まりは平和な村で育ち、争いごとをあまり好まない心優しいブルにとって物凄く恐ろしい環境だったのだ。


大きな瞳は不安に揺れ、心臓は早鐘のように激しく鼓動を打っている。

周囲を見回しているのも威嚇のためではなく、単純に怖くて落ち着かないから。

「いつ言いがかりをつけられて怒鳴られるか」とキョロキョロしているだけだ。


最も、今の彼に言いがかりをつける大馬鹿はいないのだが。

もしいたら、そいつは自殺志願者である。


そして時折聞こえる鼻息も威圧感を演出しているわけではなく、緊張で呼吸が浅く荒くなっているだけだ。


メリアの肩に手を置いているのも彼女を所有物のように扱っているからではない。

心細くて仕方がないから、唯一の心の支えである仲間に触れていたいだけなのだ。

お化け屋敷で人の服を掴む子供と同じ心理である。

体格差があるため所有権を主張する猛獣のように見えているだけだ。


その手は、恐怖から微かに震えていた。

丸太のような腕、岩のような拳が迷子の子供のように小刻みに震えている。


メリアは肩に置かれた手の震えで、ブルの実際の心境を正確に把握していた。

見た目は確かに恐ろしいミノタウロスだが、中身は心優しい少年のような性格であることを、昨日の交流で十分に理解している。


(もう、見た目は強そうなのに中身は可愛いんですねえ……)


そこでメリアは、さりげなく自分の手を肩にあるブルの手に重ねた。


その仕草は非常に自然で、まるで恋人同士の親密な触れ合いのように見える。

しかし実際には怯えているブルを安心させるための優しい配慮。

メリアの小さく温かい手が、ブルのゴツゴツとした大きな手を包み込むようにポンポンと叩く。


(大丈夫ですよ、怖くないですから)


声には出さないが、その手の温もりが確実にブルに伝わった。

メリアの手は震えておらず、とても落ち着いている。

その安定感が、ブルの不安を和らげるアンカーとしての効果をもたらす。


ブルの手の震えが少しずつ収まっていく。

巨体に込められていたガチガチの緊張が微かに緩み、呼吸も幾分か落ち着いてきた。


ブルの瞳が潤む。


(メリアさん、ありがとう……!)


ブルの中で、メリアが頼れる仲間であると心から認識した瞬間であった。


しかし。

周囲の冒険者たちは、この一連の様子を全く違った角度から観察していた。

彼らの色眼鏡を通した解釈は真実とは180度異なっていたのである。


「あの子ただもんじゃねえな……!」


ベテラン冒険者の一人が、息を呑むような声で呟く。


――華奢で美しい人間の女性が、恐ろしいミノタウロスを手なずけている。


ブルの巨体と威圧感、そしてそれを意に介さないメリアの堂々とした態度。

周囲を威嚇する獰猛な獣人を手のひら一つで鎮める姿。


まるで熟練の猛獣使いが凶暴な魔獣を指先一つで操っているかのような光景に見えていた。


「マジかよ……あんなでかいミノタウロスを従えてるのか」


「あの手つき見ろよ。背中も振り返らずに、手を重ねるだけで制御したぞ。完全に主従関係できてるじゃねーか」


「どうやって手なずけたんだ……? 魔法か? それとも特殊な技か?」


冒険者たちの間でメリアに対する評価が急激に、そして勝手に上昇していく。


彼らにとって牛獣人、特にミノタウロスという種族は辺境に住む強力な戦士種族という認識だ。

その圧倒的な膂力と巨体で知られる種族を、あれほど自然に従えている。

ということは彼女自身が相当な実力者、あるいは高位の魔物使いである証拠に違いない。


メリア自身は周囲のそうした反応にはまだ気づいていない。

ただブルを安心させることに集中しており、自分の何気ない行動がどのような誤解を生み、自分たちを「謎の実力派パーティ」に仕立て上げているかなど、夢にも思っていなかった。


「あんだけ周囲を睨みつけて威嚇してた牛獣人を一発でなだめるとはな……」


ビビっていただけである。

正直おしっこ漏らしそうなほどビビっていただけだ。


「強大な魔力で従えてるとか……?」


メリアに戦闘力は全くない。

魔力については完全にミソッカスである。


「小さい猫獣人の方も只者じゃなさそうだしな……。あの目つき、殺り慣れてるぜ」


単に「さっさと終わらせて早く帰りたい」と思っている目である。


ギルド内の空気が明らかに変化していた。

最初の好奇心は今や警戒と尊敬、そして畏怖の入り混じった視線へと変わっている。

誰も彼らの進路を塞ごうとはせず、自然と道が開いていく。


三人は受付カウンターに向かって歩き続ける。

その後ろ姿を見送る冒険者たちの視線は、既に「得体の知れない強者たち」を見るものへと変化していた――。


ブル(冒険者さん怖い)

冒険者(ミノタウロス怖い)

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