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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第二話 草原と貴族冒険者

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王城パート②

レナック王国の心臓部たる王城、その最奥に位置する玉座の間――。


触れ書きが王都全土、果ては地方の寒村に至るまで発令されてから既に十日という月日が経過していた。


豪奢な装飾が施された謁見の間にて国王は玉座に深く腰掛け、重苦しい沈黙の中に身を置いている。


連日連夜、彼は眠る間も惜しんで王国各地からの報告を待ち続けていた。

報告書が届くたびに身を乗り出し、それが「成果なし」であると知るたびに落胆する。

その繰り返しだ。


勇者の紋章を持つ者――すなわち世界を救う勇者の出現を心の底から願い、しかし同時に邪神竜復活の時が着実に、一刻一刻と近づいているという現実に苛まれる。

そのストレスは想像を絶するだろう。


その傍らで宮廷魔術師長エルセインは王の焦燥とは対照的に、いつものように玉座の前に静かに立っている。

人間離れした美しさは変わらず、彼は余裕を持ってその場に佇んでいる。


「陛下」


重厚なオーク材の扉が軋んだ音を立てて開かれ、鎧を纏った騎士団長が肩で息を弾ませながら入ってきた。

普段は冷静沈着な彼にしては珍しく、その歩調は乱れている。


「何事だ」


国王は期待と不安がない交ぜになった、ひどく掠れた声で応じた。

身体が前のめりになるのを抑えきれない。


騎士団長は王の御前で片膝をつき、呼吸を整えてから告げた。


「紋章持ちが現れました」


その言葉の意味するところは重大だ。

玉座の間に居合わせた廷臣たちの間に、まるで堰を切ったような喜びが走る。


「おお……!」


「ついに!」


「神は我らを見捨て給わなかったか!」


そんな安堵の声が、広間のあちこちから漏れ聞こえる。


国王の顔が一瞬で明るくなる。

彼は喜びを抑えながら玉座の肘掛けを強く握りしめた。


「本当か」


「は…い。王都近郊の街に参内しており、ます」


だが騎士団長の返答には、どこか歯切れの悪さがあった。

口ごもるような、言いにくそうなニュアンス。


それでも、絶望に沈んでいた廷臣たちからは深い安堵の溜息が漏れ始め、玉座の間には十日ぶりとなる久方ぶりの明るい空気が流れ始めていた。


これで国は助かる。

世界は救われる。

誰もがそう確信しかけた。


「よし。直ちに謁見の準備を。余自らが迎えよう」


国王が立ち上がり高らかに指示を出そうとした時、騎士団長が慌てたように手を上げた。


「あ、あの……陛下」


騎士団長の顔色は優れない。

何か、決定的な問題がある。


王の動きが止まった。


「何だ」


「紋章持ちが……その……」


騎士団長は言葉を濁す。

まるで、口に出すこと自体が憚られるような事実があるかのようだ。


その煮え切らない様子に国王の表情が再び険しくなる。


「はっきり申せ。勇者に何か問題でもあったか。怪我をしているのか、それとも……」


「……たくさん、おります」


騎士団長が絞り出した言葉は、あまりにも予想外のもの。


玉座の間が水を打ったような静寂に包まれた。

喜びのざわめきは瞬時に凍りつき、誰もが耳を疑う。


たくさん、とはなんだ?


「……たくさん、とは」


全員の抱いた疑問を国王が代弁する。

理解が追いつかない。

勇者とは唯一無二の存在ではないのか。


「現在確認できているだけで……八十七名」


その数字を聞いた瞬間、廷臣たちの顔から血の気が引いた。


八十七名。


勇者は一人のはずである。

伝説の勇者アルトリウスの再来は唯一人。


八十七人もの勇者など軍隊ではないか。

あり得ない。

断じてあり得ない事態だ。


「どういうことだ」


国王の声は冷たい響きとなる。

それは混乱というよりも、得体の知れない事態への警戒心。


騎士団長は額に大粒の汗を浮かべ、視線を床に固定したまま説明を続ける。

これは報告する側にとっても予想外の事態なのだ。


「兵士が確認した範囲では……恐らくほとんどが刺青による偽物でございます」


「何……」


「金銭目当てと思われる者たちが、紋章に似せた刺青を彫って名乗り出てきたようで……」


王国の存亡がかかったこの重大な局面で。


世界の命運すら左右する勇者の探索において。


金目当てで偽装を行う輩が存在するとは。


まさに予想外と言う外ない。

国王は怒りに震えていた。


「おのれ……」


邪神竜の復活という真実を伏せているとはいえ、国王直々のお触れに対して浅ましい欲望で詐欺を行おうとするその不遜さ。

王家の権威を何だと思っているのか。


低く、怒りを込めた声で国王は宣告した。


「全員、処刑だ」


触れ自体は王家の名で広めている。

王家の権威を愚弄した罪は重い。


「王国を愚弄した罪、許し難し。偽勇者どもの首を全て刎ねよ。その血をもって王家を欺こうとした報いとせよ」


廷臣たちは一斉に身を竦ませた。

誰も反論などできない。

王の怒りはもっともであり、不敬罪に詐欺罪を重ねた彼らに弁明の余地などないだろう。


しかし――。


「陛下、お待ちを」


張り詰めた空気を凛とした静かな声が制した。

エルセインだ。


「全員を処分するのは、些か早計かと」


宮廷魔術師長エルセインは相変わらず冷静だ。

このような事態においてなお、眉一つ動かさない。


「騎士団長、偽物の中身について詳しく聞かせてもらおう。全員が悪意ある詐欺師なのかい?」


「は、いいえ」


騎士団長は慌てて懐から分厚い報告書を取り出し、ページをめくる。


「刺青による明らかな偽装、および賞金目当ての詐称が大部分ですが……中には事情が異なる者もおります」


「どのような」


「文字を半端にしか読めない者が、お触れの内容を読み違えたケースがございます。学のない地方の農民などが『紋章を持つ者は参内せよ』という文言を『希望者は紋章を刻んで参内せよ』つまり『志願者は紋章を入れて集合』と誤解釈し、善意で紋章を彫って駆けつけた者が十数名……」


なんということか。

善意での行動が結果として王の怒りを買い、処刑されかけている。

これを流石に罪に問うことはできない。


エルセインは小さく頷いた。


「他には」


「生まれつき、または何らかの偶然で付いた痣が偶然紋章に似た形になっている者も三名ほど確認されております。本人たちは本気で自分が対象者だと思い込んでいる可能性が高いかと」


「つまり」


エルセインは、ゆっくりと国王の方を振り返った。


「悪意のない者も相当数混じっているということだね。情報の伝達ミス、無知ゆえの過ち、そして偶然。それらを十把一絡げに処刑すれば民の心は王家から離れる。そして……」


エルセインの瞳に鋭い光が宿る。


「本物の勇者が、その八十七名の中に紛れている可能性も否定できない」


その一言に国王の表情が複雑に歪んだ。

怒り、焦燥、後悔、そして僅かに残る希望。

様々な感情がない交ぜになり、王の顔を苦渋に染める。


もし、その中に本物がいたなら。

偽物ごと処刑してしまえば世界は終わる。

そのリスクを冒すことはできない。


「……では、どうせよというのだ」


深い溜息とともに、国王は再び玉座に重く身を沈めた。

ひとまず怒りの炎は消え去り、後に残ったのは徒労感のみ。


「時間はかかるが、一人一人を丁寧に調べるしかあるまい」


エルセインの提案は現実的ではあるが、相当な手間を要するものだ。

だが、それ以外に手段はないだろう。


「紋章に丁寧に魔力を通せば、おそらく本物と偽物の区別は確実につく。ただし……」


「ただし」


「八十七名全てを調べるとなると相当の時間を要する。準備も含めて一人につき半日はかかるだろう」


国王は頭を抱えた。


八十七名を半日ずつ調べれば、四十三日と半日。

休みなく続けても一ヶ月半近い時間が必要となる。


その間に邪神竜ヴァルノスの復活が完了してしまったら?

あるいは、鑑定を待っている間に本物の勇者が待ちくたびれて帰ってしまったら?


「仕方あるまい」


だが他に選択肢はない。

国王は、苦渋に満ちた重い声で命じた。


「騎士団長、全員を王城内の施設に収容せよ。決して粗相のないよう、かつ逃亡されぬよう監視せよ。魔術師長エルセイン、貴公を筆頭に魔力による確認を頼む。大変な労力とは思うが……一刻も早く、本物の勇者を見つけ出すのだ」


「御意。直ちに手配いたします」


「承知した。骨が折れる仕事だが、世界の終わりよりはマシだ」


二人の返答が玉座の間に響く。

そして誰もが、このような事態に対して心の中で溜息をついた。

その時、重臣の一人が恐る恐る進み出て憂慮に満ちた声で付け加える。


「陛下……現在はこの数ですが、触れが発令されてまだ十日。今後まだ増えるのではないかと……」


国王の表情がさらに険しくなった。

八十七名でも手一杯だというのに、更に増える可能性があると聞かされて眉間の皺が深くなる。


「まだ増えるというのか……」


低く呟かれた言葉は重い。


運命の歯車は誰もが予想しなかった、泥臭く混沌とした方向へと回り始めていた。


――とはいえ。

この重厚で緊迫感あふれる王国上層部の動向も、やはり物語の本筋とはあまり関わりがない。


ひとまず、王城での悲喜こもごもはここまでとし、筆を置くこととする――。

王国上層部は上層部なりに頑張ってると思います。

王家舐められすぎでは?という声も正しいですが、平和が続きすぎて王家の苛烈な面を見せる機会が減っているのかと。

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