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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第七話 温泉街の竜

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温泉街への帰還と邪教団

翌日の昼過ぎ。

温泉街イドラの入り口に五つの人影が現れた。


スフィア、ブル、メリア、そしてラファエルとエルセインの五人だ。


街の入り口には心配そうな顔をした宿の店員や、牛獣人の芸者たち、そして噂を聞きつけた住民たちが集まっていた。


彼らの姿を認めると人々が一斉に駆け寄ってくる。


「ああっ! ご無事で!?」


「よかった、てっきり竜に食われてしもうたかと……!」


「昨日の昼過ぎ、山の方で凄い音がしたっきり静かになったから竜にやられたんじゃないかって心配してたんですよ!」


凄い音とは、多分『ミョルニル』だろう。

口々に心配の言葉をかけられ、一行は気まずそうに視線を彷徨わせた。


まさか「竜を倒した後、あまりに肉が美味すぎて夢中で食べていたら日が暮れて、動けなくなって野宿してました」とは言えない。

英雄的な凱旋のはずが、ただの食い倒れ旅行の帰還になってしまう。


「あー、その……」


ラファエルが言い淀む。

嘘をつくのは苦手な性分だ。


「激戦でした! ええ、もう本当に!」


ラファエルの様子から嘘を吐けないタイプと判断し、代わりにメリアがすかさず前に出て演技がかった口調で捲し立てる。


「竜は強敵で、追い詰めるのに時間がかかってしまって……。夜通しの追跡劇の末、ようやく仕留めたんです! 死闘の末に力尽きて、山中で休息を取らざるを得なかったんですよ!」


「おお……なんと……!」


「命がけで我々を守ってくださったんですね……!」


人々は感動し、涙ぐむ者さえいる。

メリアは半分くらい適当言ったことに罪悪感を覚えていた。


「け、怪我は!?」


「大丈夫だ。……ただ、ちょっと胃がもたれ……いや、疲労が溜まっているだけだ」


ラファエルが腹を押さえながら答える。

それは肉を食いすぎたことによる胃もたれなのだが、人々には名誉の負傷に見えたようだ。


「さあさあ、まずは宿でゆっくり休んでください! 温泉も復活しましたから!」


「宴会の準備もしないと!」


宴会という言葉にスフィアが反応した。


「よし、休んだら食うか!」


「まだ食べるのか!?」


ラファエルが青い顔で首を横に振り、あれだけ食べたのにまだ食べる気のスフィアに戦慄する。

どれだけ食い意地の張った猫さんなのか。


だが、その言葉に人々は首を傾げた。


「まだ食べるとは?」


「あ、いえ……」


「まあ、それはともかく竜の各種素材を受け取っていただきたい」


「おおー! これは凄い!」


人々の疑問にラファエルは言いよどむが、エルセインが矛先を反らす。

彼らはゴーレム馬車に山のように載せられた各種素材や肉に目を輝かせた。

どうやら上手く誤魔化せたようだ。


こうして温泉街イドラを救った英雄たちは、熱烈な歓迎を受けながら街へと帰還する。

その胃袋に、一生分とも言える竜肉の思い出を詰め込んで。


彼らの冒険はひとまずの大団円を迎えたのだった――。



◆◆◆◆



地下深く、日の光など決して届かぬ闇の底。

そこには、かつてこの大陸を恐怖のどん底に陥れた邪教団『黒き翼』の隠された拠点が存在した。


湿った土と、古い石材の匂いが充満する薄暗い通路。

壁面に埋め込まれた魔石が放つ頼りない光だけが、その不気味な空間をぼんやりと照らし出している。

静寂に包まれたその回廊に、重く、引きずるような足音が響いていた。


その足音の主は、邪教団の頂点に立つ男――教主ディオスである。


今の彼にかつての威厳はない。

身に纏った漆黒のローブは焼け焦げ、所々が破れ、そこから覗く肌には赤黒い火傷の痕とどす黒い打撲の痕が痛々しく刻まれている。


あの温泉街を見下ろす山での戦い。

そこで彼は、想像を絶する屈辱と敗北を味わったのだ。


最強の雷撃魔法『ミョルニル』を無傷で耐え切った謎の猫獣人。

その理不尽な一撃によって吹き飛ばされ、岩盤に叩きつけられた衝撃は、彼の肉体だけでなく、その高いプライドをも粉々に粉砕していた。


「ぐっ……うぅ……」


一歩進むたびに、全身を激痛が走る。

それでも彼は歩みを止めない。


彼には、果たさねばならない使命があった。

そして何より、報告しなければならない「主」が待っているのだ。


「おのれ……あの獣人どもめ……」


掠れた声で呪詛を吐く。


だが、今はその怒りを抑え込まなければならない。

彼は荒い呼吸を整えながら、最奥へと辿り着いた。


そこには巨大な石の扉が鎮座していた。

表面には禍々しいレリーフが刻まれ、見る者に生理的な嫌悪感を抱かせるような不気味な意匠が施されている。


教主ディオスは震える手で懐から魔石を取り出すと、扉の中央に穿たれた窪みにそれを嵌め込み、残された僅かな魔力を注ぎ込んだ。


ゴゴゴゴゴ……。


重苦しい地響きと共に、石の扉がゆっくりと左右に開いていく。

隙間から漏れ出したのは、通路の空気とは比べ物にならないほど濃密で、そして冷たい闇の魔力。


肌を刺すようなその冷気に、教主ディオスは思わず身震いする。


扉の向こうに広がっていたのは、ドーム状の広間だった。


広さはそれほどでもない。

王城の謁見の間などに比べれば、むしろ狭いくらいだ。

外部からの探知を避けるため、また結界の密度を高めるために歴代の教主たちはあえてこの広さに抑えたのだろう。


部屋の四方には複雑な魔法陣が描かれ、そのラインに沿って紫色の怪しい光が脈動している。

そして部屋の中央には黒く艶やかな祭壇があり、その上には大人の頭ほどもある巨大な宝玉が安置されていた。


宝玉は、まるで生きているかのように明滅を繰り返している。

その中心には底知れぬ闇が渦巻き、見る者の魂を吸い込むかのような妖しい輝きを放っていた。


教主ディオスは祭壇の前に進み出ると、痛む体に鞭打ってその場に跪いた。

額を冷たい石床に擦り付けるようにして、恭しく頭を垂れる。


「……戻りました」


その声が震えていたのは、怪我のせいだけではない。

目の前の宝玉から発せられる、圧倒的な存在感への畏怖ゆえだった。


数秒の沈黙の後。

宝玉が強く輝き、部屋全体を振動させるような荘厳で重々しい声が脳裏に届く。


『……ほう、貴様がそこまでボロボロなのは初めて見るな、ディオスよ』


声は鼓膜ではなく、直接心に響いてくる。

それは絶対的な強者が弱者に向ける、憐れみと嘲笑を含んだ声だ。


『例の計画の首尾はどうであった? まあ、聞かずともおおよそわかるがな』


教主ディオスは脂汗を流しながら、必死に言葉を紡ぐ。


「申し訳ありません……ヴァルノス様」


そう、この宝玉に封じられている意識こそが、三百年前の災厄。

邪神竜ヴァルノスそのものである。


「竜を暴走させ、その魂を糧とする計画でしたが……実行の直前、思わぬところからの妨害が入り……」


教主ディオスは言葉を濁した。

まさか「食い意地の張った猫獣人とモテたい牛獣人に竜を狩られ、自分はドロップキックで吹き飛ばされました」などとは、口が裂けても言えない。

それは教団の威信に関わるだけでなく、自身の無能さを露呈することになる。


「敵対勢力の……予想外の戦力に阻まれ、竜は討たれました。私の力不足でございます」


教主ディオスはあくまで強大な敵戦力に敗れたのだと強調する。


嘘ではない。

結果だけ見ればあの二人は強大だった。

行動の基準ベクトルがだいぶおかしかっただけで。


ヴァルノスの声が、低く笑ったように響いた。


『よい。失敗したとしても、他の計画を推し進めればいいのだからな』


意外なことに、ヴァルノスからの叱責はなかった。

拍子抜けするほどあっさりとした反応に、教主ディオスは少しだけ顔を上げる。


『所詮は眷属ですらない下等な竜種を一匹使い潰したに過ぎん。あれが成功すれば儲けもの、失敗しても貴様らが動き回ることで人間どもが混乱し、恐怖すればそれでよいのだ』


ヴァルノスにとって、あの巨大な竜ですら捨て駒の一つに過ぎない。

彼の目的はあくまで自身の完全なる復活であり、そのための手段はいくつも用意されているのだ。


『そちらはどうなっている?』


「はい。そちらの準備は順調に進んでおります」


教主ディオスは声を張り上げた。

汚名返上の機会とばかりに報告に熱を込める。


「各地から回収した触媒、教団員への仕込み、そして復活の儀式に必要な魔力炉の調整……すべて滞りなく。まもなく最終計画が発動できる見込みにて」


『そうか。ククク……最終計画も近いか』


宝玉の明滅が心なしか激しくなった気がした。

ヴァルノスの喜びが魔力の波動となって部屋に満ちる。


『お前のような使える男を今、殊更に罰する気はない。計画発動までにその傷を癒し養生するがよい』


「は……っ! 寛大なお言葉、痛み入ります!」


教主ディオスは再び深く頭を下げた。

処罰を覚悟していただけに、安堵の息が漏れる。


やはりこの御方は、器の大きさが違う。

人間などとは比較にならない、王としての風格を備えているのだ。


教主ディオスはふと思い出したように顔を上げた。

そうだ、もうひとつ重要な報告があったのだ。

これこそが今回の最大の収穫かもしれない。


「……ヴァルノス様。もうひとつ、ご報告がございます」


『なんだ?』


教主ディオスは一度唾を飲み込み、緊張した面持ちで告げた。


「勇者を確認いたしました」


ピタリ、と。

部屋の空気が止まったような気がした。

宝玉の明滅が一瞬停止し、重苦しい沈黙が場を支配する。


『……確かか』


ヴァルノスの声の温度が明らかに下がった。

そこには先ほどまでの余裕はなく、鋭い殺気が混じっている。


三百年前、自身を封印した憎き宿敵。

その名を冠する存在への、消えることのない執着。


「はい。間違いございません」


教主ディオスは確信を持って答えた。


「あの山頂での戦い……宮廷魔術師長エルセインと行動を共にしていた、赤毛の男。この国の王子ラファエルでございます」


教主ディオスの脳裏に、あの時の光景が蘇る。


自らを盾にしてラファエルを守ろうとしたエルセインの必死の形相。

そして「俺が勇者だ」と名乗り出たラファエルの決意に満ちた瞳。

さらに、瀕死の重傷を負いながらも常識外れの回復力で戦線に復帰した異常性。


あれだけの状況証拠が揃って彼が勇者でないはずがない。

そう彼は確信していた。


『ふむ……勇者の紋章は確認したのか?』


ヴァルノスの問いに教主ディオスは少し言い淀む。


「いえ……鎧の下か、あるいは衣服に隠れた場所にあるのかと……直接の確認はできておりませんが……」


『そうか』


ヴァルノスの声が再び思考するように低くなった。


『まあ、身体のどこかにあるというだけで、どこに現れるのかはわからぬからな。瞳の中か、舌の裏か、あるいは足の裏かもしれん。確認できれば確定だったがそれはよしとしよう』


ヴァルノスにとっても勇者の特定は急務だった。


だが焦る必要はない。

復活さえしてしまえば、勇者ごとこの国を蹂躙すればいいだけの話だ。


『エルセイン……ルミナスの眷属、あの白き竜か。奴が目をかけているとなれば信憑性は高いな』


「はい。奴はラファエル王子を命懸けで守っておりました。その執着ぶりは、単なる主従関係を超えたものでした」


『ククク……ルミナスの眷属らしい甘っちょろい思考だ。だが、それゆえに分かりやすい』


ヴァルノスは嘲笑った。

情や絆といったものを弱点としか捉えていない彼の思考回路において、エルセインの行動は理解しがたく、同時に利用しやすい愚行に映ったのだろう。


『勇者の正体が割れたのならば手の打ちようはある。今は泳がせておけ。いずれ我が直々に、絶望の淵へと叩き落としてくれる』


「御意」


教主ディオスは平伏したまま、その言葉を聞く。


ヴァルノスの復活。

それは世界の終わりの始まりであり、同時に選ばれた者たちによる新たな支配の始まりでもある。


「ヴァルノス様。ヴァルノス様が復活し、その治世が成った暁には……」


教主ディオスの声に隠しきれない野心が滲んだ。

彼が邪教団を率い、危険を冒してまでヴァルノスに尽くす理由。


それは信仰心だけではない。

その先にある、自らの栄達と権力への渇望だ。


『無論だ』


ヴァルノスは、そんな教主の欲望など全て見透かした上で鷹揚に答えた。


『我に付いて来た忠臣の貴様には相応の地位をくれてやろう。人間どもを管理し、我の手足となって働くための特権階級……貴様の望むままの権力を与えよう』


「……はっ! ありがたき幸せ!!」


教主ディオスは感涙にむせびながら床に額を擦り付けた。

これまでの苦労が、傷の痛みが、全て報われたような気がした。

あの猫獣人に受けた屈辱も、この瞬間のための試練だったのだと思えば耐えられる。


『ゆけ。傷を治し、万全の状態で次の計画に備えよ』


「失礼いたします!」


教主ディオスは立ち上がり深々と一礼すると、足取りも軽く部屋を後にした。

その背中には歪んだ希望と狂気が渦巻いている。


石の扉が重い音を立てて閉まり、部屋には再び静寂が戻る。

残されたのは祭壇の上で妖しく輝く宝玉だけ。


誰もいなくなった密室でヴァルノスの意識が独白を始めた。


『そうだ……我はこのような、冷たく暗い場所にいつまでもいる存在ではない』


宝玉の光が強まり、部屋の壁に巨大な竜の影を投影する。

それは翼を広げ、世界を覆い尽くさんとする禍々しい影だった。


『見ているがいい、ルミナスよ』


ヴァルノスの憎悪の矛先は、かつての片割れである聖竜へと向けられた。


『我らは一つの魂から分かたれた双子竜。光と闇、表と裏……本来ならば対等の存在であったはずだ。だが貴様はあろうことか下等な人族に肩入れし、あまつさえ奴らに知恵と力を授けた』


邪神竜ヴァルノス。

彼は力による破壊を好むだけの獣ではない。

その本質は傲慢なる支配者だ。


獣人を含めた「人」という種族を、彼は徹底的に見下している。

知能が低く、寿命が短く、欲望に弱く、争いを繰り返す愚かな生き物。


そんな者たちが大地を我が物顔で歩き回ること自体が、彼にとっては不快でたまらない。


『力でねじ伏せるだけでは足りぬ。言葉で操り、希望を与えてから絶望に突き落とし、互いに争わせ、自滅していく様を高みから見下ろし嘲笑う……それこそが我ら高位の存在に許された愉悦であろうに』


彼はかつて、その悪辣な知能と強大な魔力を用いて大陸全土を恐怖と混乱に陥れた。

国同士を疑心暗鬼にさせ、戦争を引き起こし疲弊したところを魔物の軍勢で蹂躙する。


人々の恐怖と絶望を極上のワインのように味わう日々。

だが、その「遊び」は唐突に終わりを告げた。


『勇者アルトリウス……』


その名を口にするだけでヴァルノスの精神が怒りで震える。


三百年前。


貴族でも王族でもない、ただの人間が立ち上がった。

聖竜ルミナスの加護を受けたその男はヴァルノスの仕掛けた謀略を次々と打ち破り、仲間を集め、ついにはヴァルノスの居城へと攻め込んできたのだ。


『たかが人族風情が……我を封じるなどという不敬を働きおって』


力及ばず殺しきれなかったとはいえ、勇者アルトリウスはヴァルノスを封印した。


その屈辱。

その怨念。

三百年という長い時の中で、それは腐敗することなく、むしろ濃縮され、どす黒い殺意となってヴァルノスの思考を侵食していた。


『我はここを脱し、三百年前の雪辱を果たす。アルトリウスの子孫を一人残らず根絶やしにし、奴が守ろうとしたこの世界を地獄へと変えてやろう』


宝玉の輝きが、赤黒く変色していく。


『愚かで愚鈍な者どもを導いてやるのだ。家畜には家畜に相応しい扱いがある。管理し、使役し、時には間引き、我のために生かし、我のために死なせる』


それこそが、彼の考える理想の世界。

絶対的な支配者である自分と、その他大勢の家畜の人族。


自由意志など必要ない。

希望など必要ない。

ただ自分への畏怖と服従だけがあればいい。


『我なりのやり方でなァ……! くくく、はははははは……!』


地下の密室に邪神竜の高笑いが反響する。


傲慢にして悪辣。

最強にして最悪。


邪神竜ヴァルノス。

彼は近く迫る復活の時を地下深くの暗闇の中で、静かに、しかし確実に待ち続けていた。


運命の歯車は、スフィアたちの知らぬところで破滅へと向かって加速していくのだった――。

第七話了


面白かったら評価、ブクマ、感想お願いします!

続きを書くモチベにもなりますので!

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