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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第七話 温泉街の竜

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それぞれの戦い

岩場を砕く轟音と、巨竜の咆哮が山の空気を震わせる。


教主ディオスが吹き飛ばされた衝撃の余韻が残る中、戦場の主役は再び、あの巨大な竜とそれに挑む二人の獣人へと移っていた。


「オラオラァッ! 図体がデカいだけで勝てると思うなよ!」


スフィアは竜の巨体を、まるで自分専用のアスレチックであるかのように扱っていた。

竜が薙ぎ払う剛腕を紙一重で跳躍して躱し、その勢いのまま腕を駆け上がり肩口へ。

そして背中へと縦横無尽に飛び回る。


蒼い鎧兜が残像を残すほどの速度で動き回り、すれ違いざまに純白の剣を走らせる。


「『対獣解体術――薄切り』」


「ギャアアアアッ!」


竜が苛立ちと痛みに悲鳴を上げる。


スフィアの剣は確かに鋭い。

リヴァイアサンやヒュドラの鱗をも斬り裂いたその斬れ味は、この巨竜の堅牢な鱗と皮をも容易く裂いていた。


しかし――。


「チッ……! デカいせいで剣が奥まで届かねえな……」


スフィアは着地と同時に舌打ちをする。


手応えはある。

刃は通っている。

だが、相手が巨大すぎるのだ。


通常の生物であれば致命傷となる深さでも、この山のような巨体を持つ竜にとっては皮下脂肪を削ぎ、筋肉の表面を傷つける程度の浅手にしかならない。


リヴァイアサンの時と同じだ。

決定打を与えるには、物理的なリーチが足りない。


(もっとデカい刃が欲しい。もっと深く、骨まで断ち切れるような、デカくて強い刃が……!)


スフィアの思考は単純かつ貪欲だ。


肉を切り分けたい。

邪魔な敵を排除したい。


その純粋すぎる渇望。

彼が帯びている純白の剣そのものが、持ち主の意志に応えたのか。


ドクン、と。

スフィアの心臓が大きく跳ねた。


そう、道具が足りないならば、道具の方が合わせればいい。


背中から熱い奔流が身体全体へと駆け巡る。

それは不快な熱さではなく、力の源泉となるような滾るような熱。

その熱量は腕を伝い、握りしめた純白の剣――聖剣アスティオンへと一気に流れ込んだ。


カァァァッ!


純白の剣身が、まばゆい光を放ち始める。

それは単なる発光現象ではない。

光は実体を伴い、剣先からさらに長く、太く、鋭く伸びていく。


光が収束した時、そこにはスフィアの身の丈を大きく超える、半透明に輝く巨大な刃が形成されていた。


聖なる力によって構成された、実体を持つ光の刃。

聖剣が、その真の姿の一端を現した瞬間だった。


「これは……!?」


スフィアは目を丸くして、手の中にある変化した相棒を見つめる。


重さは変わらない。

だが、振れば空気を切り裂く音が変わっている。

圧倒的な切断力が、そこにある。


「へへっ……よくわかんねえが、これなら奥まで斬れる!」


スフィアはニヤリと笑う。

細かい理屈はどうでもいい。

斬れるようになった、その事実だけで十分だ。


一方、竜はその本能で察知していた。

目の前の煩わしい生物が、突然自分を殺し得る「捕食者」へと変貌したことを。

竜の瞳孔が収縮し、生存本能が警鐘を鳴らす。


「ギョオオオッ!」


竜はスフィアを最大の脅威と認識し、その巨大な右腕を振り上げた。

凄まじい速度で鉤爪がスフィアを粉砕せんと迫る。


だが、その死角から迫るもう一つの影には気づいていなかった。


「兄さんだけ目立たせないよ!」


ブルが、竜の死角である左側面から飛び上がっていた。

彼の巨体が宙を舞い、その手には巨大な手斧と、金属製の棍棒が握られている。


竜がスフィアに気を取られている、その一瞬の隙。

ブルは空中で身体を捻り、左手の手斧を竜のわき腹――鱗が比較的薄い関節部分へと突き立てた。


ガキンッ!


硬い音が響く。

手斧の刃は鱗に食い込んだが、巨竜の強靭な筋肉に阻まれ深くまでは届かない。

普通なら、そこで攻撃は止まるはずだった。


しかし、ブルの攻撃はそこで終わらない。

彼は右手に持った金属棍棒を振りかぶり、突き立てた手斧の背を渾身の力でぶん殴ったのだ。


ドゴォォォォン!!


杭をハンマーで打ち込む要領だ。

棍棒による強烈な打撃力が手斧の刃に上乗せされる。

二重の衝撃を受けた刃は阻んでいた筋肉を無理やり押し広げ、竜の肉体深くまで深々と食い込んだ。


「ギャアアアアアッ!?」


「インパクトアックス! ……なんてね!」


予期せぬ激痛に竜の動きが止まる。

わき腹を深く抉られた衝撃で振り下ろそうとしていた右腕の力が一瞬抜け、爪を振るうタイミングが致命的に遅れた。


スフィアはその隙を見逃さない。


「ナイスだブル!」


スフィアは迫りくる爪を紙一重で躱すと、光の刃を煌めかせながら竜の腕の上を駆ける。


狙うは動きの止まった右肩。

関節の継ぎ目、肉の薄い場所、そして骨の隙間。

狩人としての本能が解体すべき「線」を視覚化させる。


「『対獣解体術』――!」


スフィアが空中で身をひねり、遠心力を乗せた一撃を放つ。

伸びた光の刃が竜の巨体をも軽々と斬り裂く軌跡を描く。


「『肩ロース』!!」


ズバァァァァァァッ!!


光の刃が竜の右肩を深々と斬り裂いた。

斬り落とすまでには至らないものの、太い神経と筋肉の束が断絶される。

竜の右腕が、糸の切れた操り人形のようにダラリと垂れ下がった。


「ギョオオオオオオオオッ!!」


あまりの激痛と、自慢の腕を封じられた恐怖に竜が空気を震わせるほどの絶叫を上げる。

その咆哮は山の岩々を共鳴させ、戦いの激しさを周囲に知らしめていた――。



◆◆◆◆



視点は変わり、少し離れた岩場。


竜の断末魔にも似た咆哮が、深い闇に沈んでいた意識を強引に引き戻した。


「……む、お……」


教主ディオスは、瓦礫の山から這い出すようにして身を起こした。


全身が軋むように痛む。

記憶が混乱している。

最強の雷撃魔法を放ったはずだ。

勝利を確信した瞬間に視界が反転し、気がつけば岩に埋もれていた。


(何が起きた……? 私の魔法は……あの獣人は……?)


ぼやける視界を振って焦点を合わせる。


そこには、信じられない光景があった。

自身が召喚し、強化し、支配下においていたはずの最強の竜が、たった二匹の獣人に一方的に蹂躙されている。


「おのれ、あの猫獣人……!」


教主ディオスはよろよろと立ち上がり憎悪に顔を歪めた。

プライドも、計画も、何もかもが滅茶苦茶だ。


許せない。

あのふざけた獣人たちを、今すぐ消し炭にしてやらなければ気が済まない。


殺意を滾らせ、魔力を練り上げようとしたその時。


「ここまでだ。投降しろ」


教主ディオスに対して冷徹な声が突き刺さった。


振り返ると、そこには二人の男が立っている。

一人は先ほどまで瀕死だったはずの赤髪の勇者、ラファエル。

もう一人は宮廷魔術師長エルセイン。


ラファエルは剣を構え、その切っ先を教主ディオスに向けている。

その肌には傷一つなく、顔色も良い。

まるで最初から無傷であったかのような立ち姿だ。


「……馬鹿な。貴様、死にかけていたはず……」


「奇跡というのは、あるところにはあるものでな」


ラファエルは短く答える。

その瞳には、確固たる戦意が宿っていた。


エルセインが、杖を向けながら静かに告げる。


「竜はあっちの彼らが戦っている。手出しはさせんし、当分増援には来られないぞ」


その言葉通り、竜はスフィアとブルの猛攻を受け、もはや教主ディオスの指示など聞ける状態ではない。


教主ディオスは唇を噛み、それでも虚勢を張って鼻で笑った。


「フン、もう勝ったつもりか? 私を誰だと思っている」


「強がりはよせ」


エルセインの指摘は冷酷なほどに的確だった。


「先の『ミョルニル』の一撃で、君は体内の魔力の大半を消費したはずだ。戦略級魔法など、そう連発できるものではない」


「……」


「そしてその後、あの猫獣人君の一撃……あれを受けた際、君は無意識に魔力で全力の防御障壁を展開したようだね。そうでなくては人間があれほどの衝撃を受けて今こうして立ち上がれるわけがない。即死していただろう」


エルセインの分析に、教主ディオスの眉がピクリと動く。


図星だった。

あのドロップキックの瞬間、迫りくる死の予感に対し、教主の生存本能が残存魔力の全てを防御に回させていたのだ。


そのおかげで命拾いしたが、代償は大きかった。


「その代わりに君はもう空っぽだ。今現在、得意の浮遊魔法すら使えていないのが何よりの証拠。もう飛べるだけの魔力すら残っていないんだろう?」


教主ディオスは、ギリっと奥歯を鳴らした。


「……チッ」


否定の言葉は出なかった。

事実、今の彼には指先から火花を散らす程度の魔力しか残っていない。

魔法使いとして、今の彼は丸裸も同然だ。


ラファエルが一歩、距離を詰める。


「教団の本拠地を吐いてもらう。お前たちの企みは、ここで終わりだ」


詰みだ。

誰の目にもそう見えた。

魔力を失った魔術師など、剣士の前では無力な子供に等しい。


だが、教主ディオスの顔から歪んだ笑みが消えることはなかった。

むしろ、追い詰められた獣のような狂気を孕んだ光が瞳に宿る。


「舐めるなよ……小僧どもが」


教主ディオスの呼吸が変わる。

魔力ではない、別の「力」が彼の体内で脈打ち始める。


「私の奥の手は、魔法だけではないことを忘れたか!」


ラファエルがハッとして身構える。

そうだ、この男にはもう一つ恐るべき力があった。


教主ディオスはカッと目を見開き、その眼球を極限まで露出させる。


「『制動の魔眼』!」


魔力を使わず、視線そのものに呪いを乗せて物理法則を歪める異能。

視界に捉えた対象の時間を止め、動きを封じる呪いの眼。


これを使えば目の前の二人を停止させ、その隙に逃走することも隠し持った短剣で喉を掻き切ることも可能だ。


教主ディオスの瞳がラファエルとエルセインを捉える。

勝利を確信した笑みが、その顔に広がる。


その瞬間――。


「今ですスフィアさん! 対竜巨大閃光弾発射!」


戦場にそぐわない、明るく澄んだ少女の声が響き渡った。


ラファエルとエルセインの背後、少し離れた岩陰から。

何かを投擲する音と共に、強烈な「光」が炸裂した。


カッッッッッッッッ!!!!!!!


それは太陽が地上で爆発したかのような圧倒的な閃光。

一切の影を消滅させ、視界を白一色に塗り潰す光の暴力。


「ギャアアアアアアッ!?」


まず、スフィアたちと交戦中だった竜が網膜を焼かれて絶叫した。

巨大な眼球を持つ竜にとって、この閃光は槍で目を突かれる以上の激痛だ。


そして、さらに悲惨だったのは教主ディオスだ。

彼は今まさに魔眼を発動させるために限界まで目を見開き、瞳孔を拡大させ、対象を凝視していたのだから。


無防備に開かれたその眼球に、至近距離で太陽の光を浴びせられたに等しい。


「ぐあああああああ!!!???」


教主ディオスの口から言語にならない絶叫が迸った。

視界が白熱し、激痛が眼球を走る。

魔眼の術式など維持できるはずもなく、彼は両手で顔を覆い、のたうち回った。


光が収束していく中、ラファエルとエルセインは呆然としていた。

彼らは教主ディオスと対峙していたため、背後で炸裂した閃光の直撃を免れていたのだ。

彼らが見たのは自分たちの後ろから放たれた光によって、敵だけが悶絶しているという光景。


「……えっと」


ラファエルが、状況を理解できずに声を漏らす。


「よおし! 『迷いの森』には持って行けなかったからあの時は出番がありませんでしたが、今回は上手くいきましたね! スフィアさんのことだし、どうせいつかデカい竜と戦うだろうからと商業連合で買っておいた甲斐がありました!」


メリアがガッツポーズをしながら飛び跳ねる。

彼女の近くには先ほど組み立てられていた対竜巨大閃光弾発射装置。

商人のコネクションと財力をフル活用して仕入れた、対大型魔獣用の撹乱兵器だ。


お高い代物だが使い捨てなのが惜しい。

まあ竜の素材で余裕で黒字になるだろう、と見込んでの購入であった。


「ナイスだメリア! うおりゃああああ!」


向こう側では目がくらんで暴れる竜に対し、スフィアとブルがここぞとばかりに猛攻を仕掛けている声が聞こえる。

彼らは事前に打ち合わせでもしていたらしく、閃光の瞬間だけ背後を向いたか目を閉じたかでやり過ごしていたようだ。


ラファエルとエルセインは地面でのたうち回る教主ディオスを尻目に、困惑した顔でメリアの方を向ける。


「……あ」


二人の視線に気づいたメリアが、少しバツが悪そうな表情をする。


「すいません、眩しかったですか!? 一応、お二人の後ろから撃つように調整したんですけど……」


「いや、それはいいんだが……」


ラファエルは剣を下ろし、なんと答えていいか迷う。


助けられたのは間違いない。

しかし、あまりにも唐突で、あまりにも鮮やかすぎる介入。

決着をつけようとしていた戦いの空気が、一瞬で吹き飛んでしまった。


「じゃあ私は一発かましたので逃げますね! 非戦闘員なんで! またあとで!」


メリアは言うが早いか、脱兎のごとく岩場の向こうへと走り去っていった。

その引き際の良さは、ある種清々しいほどだ。


自分の役割を果たしたら、即座に安全圏へ退避する。

冒険者として、非戦闘員として、極めて正しい判断と言えるだろう。


「あ、うん……」


ラファエルは、スタコラと逃げていく少女の背中を見送ることしかできなかった。

そして視線を戻せば、そこには涙を流しながら目を押さえて蹲る教主ディオスの姿。


「目が……目がぁぁ……!」


魔眼は対象に焦点が合わなければ発動しない。

だが焦点が合わないどころか目がろくに開けられない状態では、ただの充血した目玉である。

最強の切り札は物理的な光による目潰しという、最も原始的な方法で封じられてしまった。


「さて、何故か形勢逆転したようだな……!」


ラファエルが気を取り直して剣を構え直す。

状況は混沌としているが、勝機が転がり込んできたことには変わりない。


「ほぼ我々の手柄じゃないがね……」


エルセインも苦笑しつつ、杖にわずかに残った魔力を込める。


猫獣人に蹴り飛ばされ、冒険者の少女に目を焼かれ。

邪教の教主の威厳は、もはや地の底である。


「おのれえええええ……」


教主ディオスは、ふらつきながらも立ち上がった。

両目は赤く腫れ上がり、涙が止まらない。


魔力も尽きかけ、プライドもズタズタだ。

だが、その身体から発せられる殺気だけは未だ衰えていなかった。

いや、むしろ屈辱によって、どす黒く増幅されている。


「舐めるなよ……このままで……終わってたまるものかァッ! 何としても貴様らを道連れにしてやる……!」


「まだやる気か……!」


ラファエルが剣を構え、エルセインが詠唱の準備に入り、スフィアたちの戦場からは竜の断末魔に近い悲鳴が聞こえてくる。


大混乱の決戦は、いよいよ最終局面を迎えようとしていた――。


意図せず飛び火して大ダメージ。

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