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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第七話 温泉街の竜

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王子一行と竜退治

山地の岩場を、轟音が支配していた。


覚醒した竜の咆哮が空気を震わせ、岩肌を砕く。

その巨大な体躯が動くたびに大地が悲鳴を上げ、巻き起こる風圧だけで立っていることさえ困難なほどの暴風となる。


「くっ……!」


ラファエルは剣を構えながら降り注ぐ礫を躱す。

視線の先には悠然と浮遊する教主と、その足元で殺意の塊と化した巨竜。


エルセインは杖を突き出し、目の前の竜に効果があるだろう氷の魔法による攻撃を選択した。


「『氷槍よ、貫け――アイスランス』!」


無数の氷の槍が生成され、竜に向かって殺到する。

それに対して教主ディオスが黒いローブを翻し、指先を振るう。


「『雷霆よ、包囲せよ――サンダーウェイブ』!」


詠唱と共に虚空から紫色の稲妻が迸る。

一条の光ではなく、網のように張り巡らされた雷撃が氷の槍を包囲するように迎撃を行う。


だが、教主ディオスの狙いはただの迎撃ではない。

雷撃は氷槍と衝突した瞬間、異常な高熱を発して氷を一瞬にして沸騰・蒸発させたのだ。


ジュワァァァッ!!


爆発的な音と共に濃厚な水蒸気が噴き出し、視界を白く覆い尽くす。


「ちっ、こちらの攻撃を利用した目くらましか!」


ラファエルが叫ぶ。

霧の中で、巨大な影が動く気配。


ズドォォォン!!


竜の尾が霧を切り裂いて薙ぎ払われる。

それは生物の攻撃というより、攻城兵器の一撃に近い。


ラファエルは間一髪で跳躍して回避するが、彼が先ほどまで立っていた場所の岩盤が粉々に粉砕される。


教主ディオスの嘲笑が響く。


「動きが良いな、勇者よ。だが、いつまで逃げ回っていられるかな?」


彼は竜の背後の空に身を置き、安全圏から魔法を行使している。

竜を盾にし、矛にし、自身は高みの見物を決め込む卑劣な戦法。

だが、それゆえに崩す隙が見当たらない。


「エルセイン、あの男を叩きたいが竜が邪魔だ!」


「わかっている! だが、この竜の魔力耐性が厄介でね……!」


エルセインも苦戦を強いられていた。

彼の魔法は確かに強力だが、竜種特有の強固な魔力耐性が決定打を防いでしまう。

氷の槍を放てば鱗に弾かれ、風の刃を放てば咆哮だけで掻き消される。


「ギョオオオオオオオッ!!」


竜が大きく息を吸い込む。

喉の奥が赤熱し、周囲の温度が急激に上昇する。


「ブレスが来るぞ!」


ラファエルの警告と同時に、竜の顎門から紅蓮の炎が吐き出された。

岩さえも溶解させる高熱の奔流が、二人を焼き尽くさんとして迫る。


エルセインは杖を地面に突き立て、大きな魔力を展開する。


「くそ、氷で迎え撃つしかない! 『氷獄よ、来たれ――アブソリュート』!」


極低温の冷気が放射され、迫りくる炎と衝突する。

熱と冷気が拮抗し、凄まじい水蒸気爆発が発生した。

再び視界が完全に遮られ、互いの姿が見えなくなる。


「く、また蒸気が……」


ラファエルが再び足を止める。

その混沌の中で、教主ディオスの声だけがクリアに響く。


「『雷光よ、弾けよ――ライトニング・スナップ』」


バチィッ!!


強烈な雷光が弾けるように炸裂した。


雷魔法の応用による目くらまし。

水蒸気に反射した光は強く乱反射し、ラファエルとエルセインの視界を一瞬だけ白一色に染め上げる。


「ぐっ……!」


ラファエルは目を腕で庇うが、既に遅い。

網膜を焼かれたかのような残像が残り、平衡感覚が狂う。


「そこだ。『ライトニング』」


教主ディオスの冷徹な声。

直後、全身に走る衝撃。

視界を奪われた隙に放たれた雷撃が、ラファエルの身体を貫いたのだ。


「がぁっ……!」


麻痺が全身を走り、膝が折れる。

剣を取り落としかけ、必死に柄を握り直す。


「ラファエル!」


エルセインが駆け寄ろうとするが、竜の前足がそれを阻む。

巨大な爪が石畳を抉り、行く手を塞ぐ土煙が舞う。


「おっと、君の相手はこの可愛いペットだ。勇者の介抱などさせんよ」


教主ディオスは空中に浮遊したまま、指揮者のように指を振るう。

竜は教主ディオスの精神操作に従って機械のように正確に、かつ生物としての獰猛さを持ってエルセインを追い詰めていく。


(このままでは、ジリ貧だ……!)


ラファエルは麻痺の残る身体を叱咤し、立ち上がる。


竜の基礎スペックが高すぎる。

それに加えて、教主ディオスの狡猾な魔法支援。

まともにやり合っては体力を削られて終わるだけだ。


勝機があるとすれば、一瞬。

教主ディオスが大きな魔法を放つ瞬間か、ブレスで竜のガードが一瞬だけ緩む、その刹那。


(俺が囮になって隙を作り、エルセインに決めてもらうか……いや、エルセインは守りに手一杯だ)


ならば、逆だ。

エルセインに注意を引きつけてもらい、自分が教主ディオスを討つ。


ラファエルはエルセインと視線を交わす。

旅に出てからそれなりに死線を共に潜った戦友だ。

言葉などなくとも、その瞳の色だけで意図は伝わる。


エルセインが微かに頷いた。

次の瞬間、エルセインの魔力が爆発的に膨れ上がる。


「『フロストエッジ』!」


エルセインの周囲に無数の氷の刃が出現し、嵐のように竜へと殺到する。

それはダメージを与えるためではなく視界を塞ぎ、動きを封じるための弾幕。


「無駄だ!」


教主ディオスが叫び、竜を前に出して炎を吐かせる。

氷と炎が衝突し、再び白煙が舞う。


だが、それこそが狙いだった。


白煙を切り裂き、ラファエルが飛び出した。


白煙が舞った瞬間にエルセインがラファエルに身体強化の加護を限界までかけ、筋肉が悲鳴を上げるほどの速度で竜を飛び越え、一直線に教主ディオスへと肉薄する。


「はあああああああっ!」


ラファエルの気迫がこもった一撃。

教主ディオスの喉元を狙う、必殺の剣閃。

その速度は音速に迫り、教主ディオスの魔法障壁すら間に合わないタイミング。


捉えた。

そうラファエルは確信した。


だが、刃が教主ディオスの首に届く、その寸前。

彼の双眸が怪しく光った。


「――『制動の魔眼』」


その瞬間、世界が泥に沈んだかのように重くなる。


「な……っ!?」


ラファエルの動きが、不自然に減速する。

空気が粘度を持ったかのように身体にまとわりつき、剣を振るう腕が鉛のように重い。


教主ディオスの首まであと数センチ。

その距離が、永遠のように遠い。


教主ディオスはゆっくりと嘲るように口角を上げた。

スローモーションの世界で、その表情の変化だけが鮮明に焼き付く。


「速さだけが取り柄の勇者など、止めてしまえばただのカカシにすぎん」


これは時間操作か、あるいは空間固定か。


教主ディオスの奥の手。

視線に入った対象の運動エネルギーを強制的に減衰させる、呪われた魔眼。


ラファエルの身体が空中で静止に近い状態になる。

無防備に晒されたその背後に、巨大な影が差した。


エルセインの氷刃を力ずくで突破した竜が、自らを飛び越したラファエルに向かって迫っていたのだ。


「しまっ……!」


ラファエルは身を捩ろうとするが、魔眼の呪縛で身体が動かない。


「ガァァァァァッ!!」


竜の咆哮と共に、巨大な爪が振り下ろされた。

鋼鉄をも切り裂く鉤爪が、ラファエルの背中を無慈悲に引き裂く。


「ガハッ……!」


鮮血が空中に撒き散らされた。

鎧が紙のように砕け、肉が裂け、骨が軋む音。

ラファエルの身体はボールのように弾き飛ばされ、岩盤に叩きつけられた。


「ラファエル!」


エルセインの悲鳴が響く。

彼は魔術の行使を中断し、転がるようにラファエルの元へと走った。


「……ぐ、う……」


ラファエルは血の海の中で微かに痙攣していた。

背中の傷は深く、内臓にまで達しているかもしれない。

意識は混濁し、焦点の定まらない瞳が虚空を彷徨っている。


エルセインは慌ててラファエルを抱き起こす。

その手は友の血で赤く染まった。


「しっかりしろ! すぐに治癒を……!」


回復魔法をかけようとするが、傷が深すぎて塞がらない。


「無駄だよ」


頭上から、教主ディオスの声が降ってくる。

彼は余裕の表れか竜の隣にある岩場に降り立ち、瀕死の王子と絶望する魔術師を見下ろしていた。


「それだけの傷を癒すには相当な精神と魔力の集中が必要だろう。宮廷魔術師長の力をもってしても敵との戦闘中に即座には治せまい。……そして治す時間など与えん」


教主が合図を送ると、竜が大きく首をもたげた。

その口が再び大きく開かれ、喉の奥でどす黒い炎の塊が渦を巻き始める。


先ほどのブレスとは比較にならない。

最大出力。

骨も残さず、魂ごと焼き尽くすつもりだ。


「これで終わりだな。勇者ラファエル、そして宮廷魔術師長エルセイン。貴様らの魂はヴァルノス様復活の極上の糧となるだろう」


エルセインは、迫りくる死の気配を肌で感じていた。

竜の口元に集束する魔力量と速度は、防御魔法の展開速度を遥かに超えている。

今からブレスを防げるだけの障壁を張ろうとしても、完成する前にブレスが放たれるだろう。


つまり――詰みだ。


(間に合わない……!)


エルセインの脳裏に、三百年前の記憶が走馬灯のように過ぎていく。


アルトリウスとの誓い。

国を守るという約束。

そして、腕の中で消え入りそうな命の灯火。


「すまない……ラファエル……」


エルセインは友を抱きしめ、せめてその身を自らの背で庇おうとした。

竜の喉奥から、閃光が漏れ出す。

発射まで、あと一秒。


――その時だった。


「竜発見じゃあああああああああああああ!!」


「こんにちわ! 死ね!」


空気を引き裂くような絶叫、そして礼儀正しい挨拶と物騒極まりない殺害予告が同時に響く。


飛び出すのは輝く蒼い鎧を纏った小さな影と、漆黒の重鎧を纏った巨大な影。


次の瞬間。


二つの影はブレスを吐く寸前だった竜の頭部に、真横から流星の如く激突したのだ。


ドゴォォォォォォォォン!!!


「ギョオオオオオッ!?」


竜の悲鳴が上がる。

頭部を強打された衝撃で、竜の首が上空へと跳ね上げられる。


そして、発射された極大のブレスは狙いを大きく外し、誰もいない遥か上空の雲を焼き払って虚空へと消えていった。


「な……っ!?」


教主ディオスは目を見開いたまま、言葉を失う。

何が起きたのか理解が追いつかない。


土煙が舞い、岩場に亀裂が走る。

竜の頭部を踏み台にして小さな影が軽やかに、そして大きな影が地面を揺らしながら降り立った。


煙が晴れていく。


そこに立っていたのは純白の剣を担ぎ、蒼い鎧兜をまとった灰色の毛並みの猫獣人。

そして禍々しい漆黒のフルプレートアーマーに身を包み、巨大な手斧と棍棒を構えた巨躯の牛獣人だった――。

ついに合流。

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