依頼の達成報告と余談
三人は村長からの素材リストの依頼品を収集し終わり、『迷いの森』から出て村の入り口に差し掛かった。
メリアは目的の人物の姿を認めると小走りで近づき、溜め込んだ安堵の息と共に声を張り上げる。
「村長さーん!」
その声に、村の中央広場で他の村人たちと何事か話し込んでいた鉢巻姿の老人が、ゆっくりと振り返る。
彼が三人の姿を認めると、その顔が驚きと期待でパッと明るくなった。
「おー、おぬしら! どうじゃね、首尾の方は」
村長もまた声を張り上げながら三人に近寄ってくる。
スフィアは、その問いに答える代わりにニヤリと笑ってブルの持つ大きな袋を指差した。
「これ見てくれよ!」
スフィアはブルの持っていた袋の口を広げてみせると、中から溢れんばかりの果実が顔を覗かせる。
薄黄色の滑らかな表皮。
日の光の加減で、その表面がほのかに、確かに虹色に煌めいていた。
「こ、これは……!」
村長の呼吸が止まる。
その目は袋の中身に釘付けになり、震える手で懇願した。
「袋から出してもらっても、良いかね……!?」
「おうよ」
スフィアが袋を傾けると、ゴロゴロといくつかの果実が地面に転がり出た。
村長は、まるで長年探し求めた宝物に触れるかのように、震える指先でその一つをそっと拾い上げる。
手のひらに乗せ、あらゆる角度から光に当て、その色艶を確かめる。
そして、微かに残るその独特の匂いを嗅いだ。
「……こりゃ間違いない。あの果実じゃ!」
その確信に満ちた声に、様子を見守っていた周囲の村人からも、どよめきが上がる。
「本当か!」
「確かにあの果実だ! やっぱり森にあったのか!」
「ああ、間違いない……」
村長はその果実を両手で大切そうに包み込むと、顔をくしゃくしゃにして何度も頷いた。
その目尻には、うっすらと涙さえ浮かんでいる。
「こうしちゃおれん。お前たち、すぐに植える場所の手配を! 予定地はいくつかあったじゃろ!」
村長が指導者としての厳しくも力強い声で号令を飛ばし、村人たちは一斉にそれに応えた。
「了解っす!」
「他の連中にも知らせてきまさあ!」
「おーい、あの果実が見つかったぞー!」
若者の一人が果実の袋を持って歓声を上げながら村の奥へと駆け出し、その声が伝播して家々から人々が飛び出し、何が起こったのかと集まってゆく。
若者が果実の袋を開けて中身を見せると、それを見た村人たちから歓声が上がり、村全体が瞬く間に歓喜の渦に包まれていった。
そして村長は改めて三人に向き直った。
「いやあ、おぬしら。ようやってくれた。依頼は今回限りにして諦めようと思っておったが、最後にええ冒険者さんが来てくれたわい」
老人の心からの感謝の言葉に、三人はどこか照れくさそうに顔を見合わせる。
苦労して依頼をこなし、出した結果に喜んでもらうというのはやはり良いものだ。
「あ、それとは別に、素材リストの素材も全部揃えてきたんですけど……」
ブルが思い出したように別の袋を肩から降ろす。
中には、村長から依頼された薬草や鉱石、木の実がぎっしりと詰まっていた。
「おー! そっちもやってくれたか! いやあ、本当に助かるわい」
村長の喜びが、さらに弾ける。
「よしよし、報酬満額に加えて、その素材の買取分も支払おう。色も付けちゃる!」
「うわー! ありがとうございます!」
第一目的のユグドの果実を見つけたことがよほど嬉しかったのか、村長は随分気前が良くなっていた。
メリアの目が金貨の輝きを宿し、スフィアとブルも呆れと安堵の笑みを浮かべる。
「なんのなんの。礼を言うのはこちらじゃて」
村長はひとしきり喜んだ後、ふと我に返ったように改めて三人の顔を見つめた。
「しかし、あれほど腕利きの連中が探して見つからなかった果実を、一体どこで?」
「普通に奥地にあったぜ?」
スフィアがこともなげに答えるが、村長は首を傾げた。
「なぬ? 奥地に行けたのかね? 入り口に戻されなかったと?」
最初から奥地に行ければ誰も苦労していない。
今まで腕利きの連中も村の連中も、みんないつの間にか森の入り口に戻されており、誰も奥地には行けなかったはずなのだ。
だからこそあの森は昔から変わらず『迷いの森』であり、禁足地になっていたのだから。
「普通に奥まで行けましたが……?」
メリアも首を傾げる。
方位磁石こそ効かなかったが、スフィアが付けた目印のおかげで迷うことはなかった。
入り口に戻される、とされたポイントも普通に歩いて踏破出来ていた。
迷う要素など特に無かったはずなのだ。
「はて、おかしいのう……?」
「森の奥に住んでたルミナさんって人が言うには、道が分かりにくいから迷っているうちに入り口に辿り着いただけじゃないかって」
ブルが、ルミナから聞いた推測をそのまま口にする。
その名を聞いた瞬間、村長の動きがぴたりと止まった。
「……ルミナ?」
「知りません? 森の奥にいた人なんですけど」
メリアが、村長の奇妙な反応に気づいて尋ねる。
「白い髪で変わった服着ててよ。最初は花の精霊って名乗った変な魔術師の女なんだ」
スフィアが、ルミナの風貌を付け加えて説明する。
村長はスフィアの言葉を聞き終えると、何かを深く考えるように黙り込んだ。
「……むう」
「どうかしたんですか?」
ブルが心配そうに覗き込む。
村長はそれまでの好々爺とした顔を消し、まるで古の伝承を語るかのような厳かな面持ちで居住まいを正した。
「……そういえば、おぬしらに話した村の昔話。あれは、いくらか省略して話しておったな」
三人が、ゴクリと息を呑む。
「村を訪れて果実を植えた、あの旅人の名は――ルミナ。最初は冗談交じりに『花の精霊』と名乗った、白い髪の美しい女だったそうじゃ」
「あ、ルミナさんが果実を持ってきた人だったんだ」
ブルが驚きの声を上げた。
あの不思議な魔術師が、この村の恩人その人だったとは。
「なんだよ。言ってくれりゃよかったのによー」
スフィアが少し不満そうに口を尖らせる。
「というか、あの話って言うほど昔じゃなかったんですか?」
メリアが、ふと感じた疑問を口にした。
ルミナの見た目は、どう見ても若い女性だった。
村の習慣になるほどの昔話と聞いたので、数十年から百年前後の話だと思っていた。
実際は十年かそこらの話だったのだろうか。
村長は、メリアの問いにゆっくりと首を横に振る。
「……いいや。あの話は今から五百年以上昔。このレナック王国ができるよりも、さらに前の話となる」
しん、と。
村の喧騒が、まるで遠い世界の音であるかのように三人の耳から遠ざかっていく。
時が止まったかのような静寂が、彼らの間に落ちた。
「……え?」
「エルフだった、とか……?」
ブルの口から乾いた声が漏れ、スフィアが辛うじてあり得る現実的な可能性を口にする。
「いえ、五百年も経てばエルフもそれなりに老成して……というか、五百年前の時点で成人女性の姿をしていたってことは、ひょっとしてエルフより長生きでは……?」
メリアの思考が、現実離れした結論へと導かれていく。
神秘的な姿、知識も深く、そして広大な森の奥に何故か一人で住む謎の隠者。
そして、五百年前と変わらぬ姿――。
三人の背筋に、ぞわりと冷たいものが走った。
自分たちは、一体「何」に出会ってしまったのか。
三人が顔を見合わせ、言葉を失っている。
村長は、その緊張しきった三人の顔を、じっと見つめ……やがて、その真面目な顔のままぽつりと呟いた。
「嘘プー」
一瞬の沈黙。
空気が凍りついたかのように誰も動かない。
そして、次の瞬間。
「ジジィィイイイイイイイッ!!」
スフィアの絶叫が、村の広場に木霊した。
「物凄い真剣に考えちゃったじゃないですか!!」
メリアが、金銭が絡んだ時以上の剣幕で村長に詰め寄る。
顔は真っ赤でちょっと目尻に涙が浮かんでいる。
彼女はホラー系とか、怖い話が苦手だった。
「あーもー、すっごいびっくりした……過去最高にびっくりした!」
ブルも、腰が抜けそうになったのを必死にこらえている。
心臓が口から飛び出るかと思った。
「うはははは、そうじゃろそうじゃろ! おぬしらの顔、傑作じゃったわい!」
村長は、腹を抱えてゲラゲラと笑い転げた。
うっすらと涙が滲むほど爆笑している。
元気な爺さんであった。
「そのうちあんたの話、誰も信じなくなるぞ!」
「心臓に悪い話はやめてくださいよ!! 寿命が縮まります!」
スフィアとメリアが本気で怒りながらも、どこか疲れ果てたように叫ぶ。
村長はまったく反省する様子もなく、まだ肩を震わせていた。
「いやー、すまんすまん。ついのう! あまりに反応が良いものじゃから!」
隙あらば人をからかうのが癖になっているのだろうか。
この老人の悪戯好きは、もはや病気の域に達していた。
◆◆◆◆
スフィアとメリアがひとしきり村長を怒鳴りつけた後。
三人は、ルミナから聞いたユグドの果実の正しい使い方――濃縮や加工の必要性――を、特に村長に対して叩き込むように説明した。
騙された恨み?
込めてないよ、本当。
村長は今度は真面目な顔でそれを聞き入り、街に行って専門家である植物学者に改めて相談すると約束した。
そしてユグドの果実発見報酬と、色を付けてもらった素材の買い取り代金をきっちり受け取った三人はゴーレム馬車に乗り込み、村を後にする準備を整える。
村人たちが村の入り口に集まって、彼らを見送ってくれていた。
「それじゃ、道中気を付けてのう」
村長が、今度は穏やかな好々爺の顔で手を振る。
「それじゃ、ありがとうございましたー!」
「じゃーな村長!」
「もう嘘吐いたらダメですよ!」
メリアとスフィアが手を振り返し、ブルが最後の釘を刺す。
それに対し、村長は笑って答えた。
「わかっとる。本気にされんよう、これからはすぐ嘘だとばらすようにするわい!」
「嘘吐くなって言ってんだよ!」
スフィアの最後のツッコミが響く。
メリアは御者台で手綱を握りながら、深いため息をついた。
「元気なお爺さんですねえ……」
「あれはまだしばらく元気だね、間違いない」
ブルも荷台でしみじみと同意した。
ゴーレム馬車はガラガラと音を立てながら、活気を取り戻した村を背に街道へと進み始める。
村長は馬車が丘の向こうに消えて見えなくなるまで、感謝を込めてずっと手を振り続けていた。
やがて一人になった村長は賑わう村人たちから離れ、静かに自宅へと戻る。
そして、家の奥にある物置部屋へと入っていった。
埃っぽい空気の中、彼は古い木箱の底から鍵のかかった小さな箱を取り出す。
慣れた手つきで鍵を開け、中から取り出したのは羊皮紙で作られた一冊の古い――とても古い日記帳。
表紙は擦り切れ、紙は黄ばんで脆くなっている。
彼自身の筆跡ではない、何代も前の先祖から受け継がれてきたものだ。
村長は、埃をそっと指で払い馴染みのページを開く。
そこには古風なインクで、こう記されていた。
『――村を訪れて果実の樹を植えた、白い髪の神秘的な女性。名をルミナ。
花の精霊を名乗った彼女と親しくなった私は、ある時、彼女から嘘か本当かわからない話を聞いた。
本当は自分は旅人でも花の精霊ではなく「神」なのだと。
信じられないが、彼女のこの世のものならぬ美しい姿を思い出すたびに、まさか、という気持ちが浮かんでくる。
もはや老齢の自分にはそれを確かめる術はないが、もし本当なら、彼女は何の神なのだろう。
あの森の神なのか、この村の神なのか――。
後者であれば、これほど嬉しいことはないのだが……』
村長はそこまで読んでから、そっと日記帳を閉じる。
記された日付は、五百三十年以上前。
彼は日記帳を大切に箱にしまい直すと、物置の小さな窓から遠くに見える『迷いの森』を見つめた。
「……マジ話だったのかのう……これ」
先ほどの冒険者たちの顔が脳裏に浮かぶ。
彼らが語った「ルミナ」は日記に記された人物像と、あまりにも一致しすぎている。
村長の呟きは誰にも聞かれることなく、午後の静かな日差しの中に消えていった――。




