未来の占い
森の隠者との交流、そして依頼品の確保。
全ての目的を果たした一行はルミナの家の前に立っていた。
――別れの時である。
森の空気は澄み渡り、木々の間から差し込む光が別れを惜しむかのように穏やかに三人を照らしていた。
「色々世話になったな、ルミナさんよ」
スフィアが、いつものぶっきらぼうな口調ながらも、素直な感謝を口にする。
「いやいや。こちらも楽しいひと時だったとも」
ルミナは、その神秘的な美貌にふさわしい優雅な笑みを返す。
彼女にとっても、この賑やかな訪問者たちは長い隠遁生活における得難い刺激だったようだ。
「最後に、そうだね。君たちの旅立ちに花を添えさせてほしい」
ルミナはそう言うと、懐から滑らかな水晶玉を取り出した。
それは手のひらに収まるほどの大きさだが、内部にはまるで星が渦巻いているかのような複雑な光が明滅している。
「私は未来を占えるんだ。君たちの行く道に、少しばかりの助言でもどうだい」
「ほー、面白そうじゃん」
スフィアの金色の瞳が、好奇心にきらめく。
「うわー、悪い運命だったらどうしよう」
「悪い運命だったら、今の助言で回避できるかもしれませんよ?」
ブルは相変わらずその巨体に似合わず、少し不安そうに大きな手をもじもじさせ、メリアが即座に前向きな解釈を提示する。
「ふふ、そうだね。悪い運命が出るかどうかは分からないけれど……助言が役に立てたらいいな」
ルミナは、まずスフィアに向き直った。
「では、猫くんから占おう。どれどれ……」
ルミナはスフィアを前にして、魔力によって淡く輝き始めた水晶玉をのぞき込んだ。
その穏やかだった表情が一瞬、凍りつく。
彼女は信じられないといった様子で目をしばたたかせると、もう一度、今度は顔を水晶玉に擦り付けるほどの勢いで、内部の光を凝視した。
やがて、彼女はふらりと顔を上げる。
その顔は困惑と疲労と、そして若干の呆れが入り混じった何とも言えない表情に変わっていた。
ルミナは、そっと眉間の皺をほぐすように額に手を当て、腕を組んで天を仰ぎ見る。
深い、ふかーいため息を一つ吐き出してから、ようやく言葉を紡いだ。
「……えっと、助言だけど」
「おう」
「とりあえず……人の話はちゃんと聞くべきだと思うよ、うん」
「え、うん……」
スフィアは予想外すぎる助言に間の抜けた返事しかできない。
もっとこう「北に強敵あり」とか「失せ物、水辺にあり」とか、そういうのではないらしい。
「言われてますよスフィアさん」
「改善しようね兄さん」
メリアとブルが即座に、そして真顔でツッコミを入れる。
思い当たる節が多すぎるのだ。
「うっせーわ。次メリアな」
スフィアは自覚があるのか渋い顔をして、メリアをルミナの前に突き出した。
「あ、よろしくお願いします」
メリアが期待を込めて前に進み出る。
ルミナは気を取り直したように水晶玉を覗き込み、そして数秒後。
今度はこらえきれないといった様子で、ぷっ、と吹き出した。
「……えーと、メリアさん」
「は、はい」
ルミナは水晶玉を覗き込みながら苦笑して言った。
「ほどほどにしないと婚期逃すかもよ? あと、テンション上げるのもほどほどにね?」
「ドやかましいんですが?」
メリアの額に、くっきりと青筋が浮かんだ。
助言というより、ただの失礼なダメ出しである。
「ぶっふぉ! アハハハハハ!」
スフィアがその後ろで腹を抱えて爆笑した。
まるで先ほどの仕返しとばかりに、地面を転げ回らんばかりの勢いだ。
そしてメリアはその爆笑する猫獣人に向かって完璧な笑顔でゆっくりと歩み寄った。
「スフィアさん?」
「アッ、ごめんなふぁい。ゆるしてくらさあああああああああ」
メリアは無言の笑顔のままスフィアの顔を両手で挟み込むと、まるで粘土細工でもするかのように容赦なくその頬をこねくり回し始めた。
スフィアの情けない悲鳴が森の奥に響き渡り、ブルは呆れた目でそれを見る。
兄貴分の威厳も何もあったもんじゃない。
「……最後は、牛くんだね」
ルミナが、そのカオスな光景からそっと目をそらしブルを手招きする。
「あ、はい」
ブルは、まだ頬をこねられている兄貴分を呆れた目で見ながらルミナの前に進み出た。
ルミナは水晶玉をのぞき込む。
今度は特に驚くでもなく、笑うでもなく、ただ静かに数秒見つめるとあっさりと顔を上げた。
「……特に言う事は無いかなあ……」
「えっ」
「君はそのままで大丈夫だよ、たぶん」
「あ、はい」
あまりにも普通というか、助言にすらなっていない助言にブルは戸惑うしかない。
なんなんですかねこの助言は。
頬の毛並みを乱したスフィアが、メリアの拘束から逃れながら叫んだ。
「なんだよ! 結局どれも特に役に立ちそうにねーじゃん!」
「ははは、ごめんね。役に立てなくて」
ルミナは悪びれる様子もなく、ただ楽しそうに笑っている。
「未来を教えてもらうことはできないんですか」
メリアが、まだ少し不満そうに尋ねる。
「うーん、未来を教えることで未来が変わってしまうかもしれないし、私から言えることはないよ。君たちはそのままでいいんじゃないかな、たぶん」
「とりあえず悪い未来ではなさそうでよかったかな」
ブルがほっとしつつも、いつも通りに穏やかにまとめた。
確かに、凶報を告げられなかっただけマシかもしれない。
「よし! 帰りに村長の素材リストコンプリートしてから帰ろうぜ」
スフィアが、気分を切り替えるようにパンと手を打った。
「そうだね、できるだけ回収していこっか。ウルスの実も採取しなおさないとだし」
ブルも同意する。
ウルスの実はヒュドラ戦で武器として活躍したが、元々村長の素材リストにあった依頼品である。
再度樹に登って補充しなおさなくてはいけないだろう。
「では、ルミナさん。本当にお世話になりました。さようなら」
メリアが深く丁寧に頭を下げる。
「ああ。縁がまたあれば会おう」
ルミナは家の戸口に寄りかかり、ひらひらと手を振った。
その姿は森の神秘性を保ちつつも、どこか親しみやすい隣人のようでもある。
こうしてスフィアたちは特に役に立ちそうもない助言と、そしてユグドの果実を大袋いっぱいに詰め込んで、森の奥地に住む謎多き隠者ルミナと別れるのであった――。
エンディングまで読んでからここを読み直すと「こういう反応だなあ……」ってなると思います。たぶんね。




