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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第六話 迷いの森の果実狩り

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食事の効果と目的地

ルミナの家でしばしの休息を取り、極上の甘味による満腹感がようやく落ち着いた頃。

三人とルミナは、いよいよ目的の地であるユグドの樹の群生地へと向かって歩き出していた。


森の空気は、花畑を抜けた先からさらに密度を増したように感じられる。


木々は天を衝くほどの巨木ばかりとなり、その幹には何百年もの歳月を物語るかのように、深い皺と厚い苔がびっしりと張り付いている。


陽光はほとんど地上に届かず、森の中は常に薄暗い。


しかし不可思議なことに、足元に生える茸や植物そのものが淡い光を放っており、それが周囲をぼんやりと照らし出すため、歩くには支障はなかった。


一行がそんな幻想的な森の小道を進む中、メリアは時折、懐から取り出した小さな手鏡でしきりに自分の顔を映し、悩ましげな溜息をついていた。


「うーん」


その深刻そうな様子に、すぐ隣を歩いていたブルが気づく。


「どうしたのメリアさん」


「食いすぎてウ〇コか?」


後方から、スフィアの悪戯気な笑いを含んだ声が飛んでくる。

相変わらずこの猫はデリカシーが無い。


メリアは手鏡を懐に戻しながら、ジト目でスフィアに向かって振り返る。


「スフィアさんデリカシー。……まあそれはそれとしてちょっと気になることがあるんですよね。いえ、本当に大したことじゃないんですけど」


「なぁに?」


「……なんか、お肌がツヤツヤしているような……」


メリアは、再び手鏡を取り出すと自分の頬を指先でそっと触れる。


手鏡には寝不足や疲れとは無縁の、まるで上質な絹のように滑らかで内側から発光するような艶を帯びた肌が映っていた。


商業連合にいた頃、どれほど高級な化粧品を使っても得られなかった理想的なお肌のコンディション。

それが今、ここにある。


――彼らは知らないが、メリアが食べたピーチパイもとい、アンブロシアの効能である。

お肌が十年ほど若返るとかいう、あの効能だ。


スフィアは、そんな乙女心など全く理解できないといった様子でメリアの顔をまじまじと見つめる。


「全然わからん。なんか変わった?」


「変わってるんですよ、これでも……!」


スフィアの無頓着さに、メリアは思わず声を荒げる。

この猫には女心の機微など永遠に理解できないのかもしれない。

する気もないだろう。


「そういえば、僕も心なしか力が沸き上がるような」


それを聞いたブルもまた、自分の両腕の掌を開いたり閉じたりしながら不思議そうな顔をしている。


さっきから身体の奥底から、これまで感じたことのないような力強いエネルギーがみなぎってくる感覚があったのだ。


――これもまた彼らは知らないが、先ほど食べたアムリタの効能である。

摂取した者は凄まじい超常的な力を得たとかいう伝承がある。


「あー、俺も美味いもの食って元気になってきたような」


「それいつものことじゃないですか?」


スフィアも同意するが、メリアに先ほどの仕返しとばかりに一蹴される。


――仙麦の効能もなくはないが、スフィアの場合はほぼ素であった。

食いしん坊万歳。


「ルミナさん、これは……」


メリアが、この不可解な体調の変化について森の魔術師であるルミナに説明を求めようとする。


(流石に察したかな? 自分たちがどんなものを食べたのか)


ルミナは、三人の反応を見て内心でほくそ笑む。


何故ルミナがあのような豪勢な食事で三人を出迎えたのか?

それは、来訪者がほとんどいないこの森に起因する。


彼女はこの森で長くを生きている魔術師だ。

必然的に、交流の機会は少なくなる。


相手といえば、鳥、獣、たまに竜。

明確な言葉を持って交流できる者は極稀だ。


――そう、彼女は長いこと暇だったのである。


本当は、食事中に出した「仙麦」や「アンブロシア」といった名前で誰か一人くらいは気づくだろうと思っていた。


そしてその価値に気づいた三人がテーブルの上の食事を前に恐れおののき、かしこまる姿を見て楽しむつもりだったのだ。


ルミナは、どこかの村の村長とはまた別のベクトルで悪戯好きな性格であった。


だが、まさか三人揃って伝説級の素材に関する知識が皆無だとは夢にも思わなかった。


しかし、無理もない。


メリアは海上の商業連合という特殊な環境で育ち、また大商家の娘として現実に流通している商品や金銭的な実利に繋がる知識は豊富だが、お伽話や伝承にしか登場しないような幻の素材にはあまり興味がなかった。


彼女はロマンよりも、確実な実利を追い求めるタイプの極めて現実的な商人――もとい、冒険者だったのである。


ちなみにロマンにも実利にも等しく興味がある父親のロゼは、そっち方面の知識も滅法詳しい。

驚かすならそっちだったろうが残念ながらここにはいない。


そして残りの二名、スフィアとブルは辺境の獣人村出身である。


まともな書物すら少なく、村の皆で数少ない本を回し読みしていたような環境で育った彼らに、神話や伝説に関する詳細な知識があるわけがない。


何よりスフィアに至っては興味の対象が『食べ物(主に肉)』か『それ以外』しかなく、たとえ教わったとしても食べられない知識はほとんど頭の右から左へと抜け落ちていく。


つまりルミナの仕掛けた壮大なドッキリは、三人のあまりの無知によって完全に不発に終わっていた。


だが、ここに来てようやくあの神々の食事の真価に気づいたかとルミナは種明かしのタイミングを計る。


「そうだね。それは……」


しかしルミナが何か言う前に、メリアが別のことを言い出した。


「……ズバリ、森林浴効果――ですね?」


「えっ」


なにそれ?

ルミナは突然のメリアの発言に混乱し、ブルが聞き返す。


「そうなの?」


「森林浴は美容に良いとか健康に良いとか、書物で読んだことがあります。これが噂の森林浴効果……!」


――説明しよう。

彼女は海上の商業連合出身であり、森や山という環境に憧れを抱いていた。

更にこれほど深い森に足を踏み入れるのは人生で初めての経験だった。


そして自分の知らない森の持つ未知の力が、自分たちの身体に良い影響を与えているのだと彼女は固く信じ込んでいた。


彼女は、何気に森林信仰者だった。

森林信仰者ってなんだよ。


当たり前だが森林浴にこんな即効性はない。

重ねるが、全てはアンブロシアの効能である。


「でもよ、森林浴にしちゃ効果出すぎじゃねーの?」


(うんうん)


興奮するメリアに対し、森に慣れているスフィアが珍しくまともな疑問を口にする。


さっきはとんでもないことを言っていたこの猫獣人が、ようやくまともなことを言うのでルミナは思わず心の中で深く頷いた。


しかしメリアの特に根拠のない、憧れから来る謎の自信は揺るがない。


「知らないんですかスフィアさん。ここは『迷いの森』で、ルミナさんもおっしゃっていた通り魔力に溢れた土地ですよ? 我々の常識では計り知れない、未知の効果があってもおかしくはありません」


ルミナは思った。


――なにそれ?

少なくとも私はそんな超パワー知らないんだけど。


「なるほど、言われてみりゃそうか」


「そうだねえ」


あろうことかスフィアとブルは、そのメリアの説得力があるように聞こえる謎理論にあっさりと納得してしまった。

今までのメリアの実績や活躍に裏打ちされた説得力である。

付き合いが長いのも善し悪しだ。


(ええ……)


ルミナは、今更『ははは。実は君たちに振舞ったのはそこらへんの果物や穀物じゃなくて、神域でしか採れない物凄い希少素材の食事だったんだよー。びっくりしたかい』とは、とても言い出せない雰囲気になってしまった。


ここで「実はね……」と種明かしをするのは簡単だが、それはまるで盛大にスベった芸人が自分からその芸の意図を必死に解説しているようであまりにも寒々しい。

そんな悲しい芸人の末路は彼女のプライドが許さない。


ゆえに――。


「そうだね。きっとそうなんじゃないかな」


――お前らの中ではな。


ルミナは完璧な笑顔を浮かべながらそう答え、悔し紛れにそっと心の中でそう付け足すしかなかったのだった――。



◆◆◆◆



一行が、そんな間の抜けた会話を交わしながらさらに森の奥深くへと進んでいくと不意に空気が変わった。


それまでの湿った土と植物の匂いに混じって、どこか生命力を感じさせる不思議な匂いが風に乗って漂ってきたのだ。


木々の密度も徐々にまばらになり、やがて目の前が大きく開ける。


――そこが、ユグドの樹の群生地だった。


「着いたよ、ここだ」


「おー」


ルミナに促され、スフィアが感嘆の声を上げる。


そこは、村で見た切り株が小さく見えるほどの巨大な樹が何本もそびえ立つ広大な空間。


それぞれの樹は天を覆い尽くさんばかりに枝葉を広げ、その無数の枝が絡み合い、まるで巨大な緑色の天蓋を形成している。


その枝という枝に、村長の話にあった通りに薄黄色の表皮が木漏れ日で黄金に輝き、更に表面がほのかに虹色に煌めく不思議な果実。

それがたわわに実っていた。


「あれがユグドの果実、だね」


「黄色い表皮で虹色に煌めいている……聞いた特徴通りです」


「やっと見つけたな」


ブルとメリアが村で聞いた特徴を持つ果実に息を呑み、スフィアがようやく目的地に辿り着いたことに安堵の息をつく。


三人がその神秘的な光景に見入っていると、突如として周囲の木々の間から強烈な殺気と、複数の視線と巨大な魔獣の気配が迸った。


スフィアが即座に反応する。


「来たか。メリアは下がってろ」


「はい」


「ルミナさんはどうします?」


ブルが腰の手斧と棍棒に手をかけながらルミナを振り返る。


「ヒュドラと戦うなんて、とてもとても。私は戦闘型じゃないんだ。素直に下がって観戦させてもらうよ」


ルミナはまるでピクニックにでも来たかのように、あっさりと傍観に回ることを宣言する。


とはいえ、今回のこれはこちらの依頼であり、ルミナはあくまで善意の現地協力者だ。

彼女の案内があってようやく果実に辿り着けたうえ、ここで更にヒュドラと戦わせるのは酷というものだろう。


「そっか。それじゃ行こうか兄さん」


「おう」


ブルは大きく息を吸い込むと、腹の底からの咆哮を上げる。


「ブモォォォォオオオッッ!!!」


その雄叫びと同時に彼の右腕に巻かれた黒い腕輪が禍々しいオーラを放ち、漆黒の重鎧が瞬時に彼の巨体を包み込む。


そしてスフィアもまた、静かに自分の腕輪に意識を集中させる。


「――変身」


彼の呟きと同時に、蒼い水のようなオーラがスフィアの全身を包み込む。


オーラは高速で彼の周囲を回転し、やがて弾けた。


パァン、と澄んだ音が響いた後、そこに立っていたのは先ほどまでの軽装の皮鎧ではなく、リヴァイアサンの素材をふんだんに使用した、流線形の美しい蒼鱗の鎧兜を身に纏った小さな剣士の姿だった。


その鎧はリヴァイアサンの鱗が持つ特性を活かし、軽量でありながらもアダマンタイトに匹敵する強度を誇る。


本来、斬撃に弱いとされるリヴァイアサンの鱗は魔法国の特殊な技術によって何層にも重ねて加工され、弱点であった斬撃への耐性をも克服している。


打撃にも斬撃にも強く、魔法への耐性も極めて高い。


まさに、ブルの重鎧とは対極の「軽さ」と「頑強さ」を両立させた奇跡のような軽鎧だ。


「あれは――」


「ええ。あれはリヴァイアサンの鎧です」


ルミナが驚きの声を上げるのも無理はない。


メリアは折角仕立てるのならば、と儲けをかなりこの鎧に注ぎ込んだ。

金銭を惜しまず注ぎ込まれ、厳選された素材も最高、使用する技術は最新鋭。

そんな鎧がそうそうその辺にあるはずもない。


出来上がった鎧の出来にスフィアは大喜びし、思わず小躍りをしたほどだ。

その姿はメリアの心の倉庫に保存されている。


スフィアは、木々の影からゆっくりと姿を現しつつある敵――ヒュドラに対し、その蒼い鎧の兜の下で不敵な笑みを浮かべた。


(俺、超かっこいい)


違った。


彼はこれから始まる死闘に対してではなく、鎧を装着した自分自身の格好良さに思わず笑みがこぼれていたのだった。


「兄さん」


「わかってる。まず相手の出方を――?」


ブルの冷静な声に、スフィアが意識を戦闘へと引き戻す。


ブルが自分ではなく、はるか上空を見上げていることに気づき、スフィアもまたその視線を追う。


自分たちの頭上を覆う、巨大な影。

そして木々の天蓋に近しい場所から、こちらを冷ややかに見下ろす五つの巨大な頭。


「――」


なんか、ものすごく大きい五本頭の蛇竜が、そこからこちらを見下ろしている。


「……マジ?」


シュルルルル、と、五つの喉が同時に威嚇の唸り声を上げる。


ヒュドラが己の縄張りを侵した侵入者に向かって五つの顎を大きく開き、凄まじい咆哮を放つ。


ユグドの果実を巡る多頭毒竜との戦いが今、始まった――。

なんか負けた気分のルミナさん。

そして思ったよりデカい。

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