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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第六話 迷いの森の果実狩り

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果実の在処

食事会が一段落した頃。


ルミナは、今度は透き通るような琥珀色をした温かい紅茶を、磁器のカップに注いで三人の前に差し出した。


ふわりと、これまで嗅いだことのないような清らかかつ、それでいて奥深い香りが立ち上る。


メリアは、まず作法通りにその高貴な香りを楽しむ。

そして静かに紅茶を口に含めてから味わった。

実に育ちがわかる味わい方である。


ちなみにスフィアとブルは特に香りなど気にせず、ルミナが特別にぬるめに淹れてくれた紅茶を舌先でぺろぺろとすくい取るようにして飲んでいる。

実に育ちがわかる味わい方である。


「あ、このお茶美味しいですね。銘柄はどちらで?」


上品な所作で紅茶を飲むメリア。

苦味や渋みは一切なく、舌の上を滑る液体は、まるで上質な蜜のようにまろやかだ。ほのかな甘みが、口の中にいつまでも続く。


「『アヴァロン・ティー』っていうんだけど、知らないかい」


「うーん。残念ながら……」


「そっかー」


少なくとも、メリアの知識の中にそんな名前はなかったようだ。


――アヴァロン・ティー。


遥か昔、とある古王国の全盛期において時の王が紅茶葉の重量の、実に百倍もの純金で買い取ったと伝えられる、幻の紅茶葉である。


大陸のどこか、人の踏み入ることのできない聖域と呼ばれる霊山。

その山頂でしか収穫できないとされ、一年にわずか数グラムしか採れないと言われている。


その茶葉には神聖な魔力が宿り、この世のあらゆる呪いを解呪できるという伝説があるという。


しかし、そのような途方もない伝説や奇跡的な効能も、今この場でそれを味わっている面々には、特に関係のないことであった。


三人とも「なんか妙に美味いなー」としか考えていない。

時の王もびっくりである。


「しかし、ユグドの果実かあ……」


ルミナは自身も紅茶を一口飲むとカップをソーサーに戻し、ふと考え込むようなそぶりを見せ、その美しい指先がカップの縁を静かになぞる。


現在は食事も終わり、ユグドの果実の情報が得られないものかとルミナに聞き込みをしているところであった。


「ええ。何かご存じありませんか?」


メリアが、本題とばかりに身を乗り出す。

その表情は真剣そのものだ。


それに対し、ルミナは思い出すように言う。


「森の近くにある村にも樹があったはずだけど」


だが、それに対しスフィアが村長から聞いた情報を付け加える。


「あ、それ五年前に折れたって」


「え、マジ? なんで?」


「五年前の嵐で飛ばされた納屋の屋根が直撃したらしいです」


「五年前……あー、そういえば来てたね、大きな嵐。あの時か、そうか、それで……」


ブルが、村長から聞いた話を正確に伝え、ルミナは納得したように頷いた。

どうやら村にユグドの樹があることは知っていたが、折れたことは知らなかったらしい。


「あんたが知らなかったらまた森の中をしらみつぶしかなあ」


スフィアが、早くも面倒くさそうな顔をする。

あのウルスの実の一件もあり、これ以上森を彷徨い続けるのは御免被りたかった。


「それは流石に困るよね。この森、意外と広いし」


ブルもまた、あの広大な森をもう一度探索し直すことを想像し、うんざりした表情を浮かべる。

奥地は方位磁石も効かないとなれば、探索は困難を極めるだろう。


「というわけで知りませんかねえ、ユグドの果実。この森にあるっぽいんですけど」


メリアの切実な問いかけに、ルミナは先ほどまでの考え込む様子から一転、実にあっさりと答えた。


「あるよ」


「あんの!?」


スフィアが、テーブルから身を乗り出す勢いで叫ぶ。


「うん、ある。あそこの花畑を抜けた先に、群生地があるんだ。良ければ案内、してもいいんだけど……」


しかし、ルミナの言葉は、どこか歯切れが悪い。

その美しい顔に、わずかな懸念の色が浮かんでいる。


「何かあるんですか?」


ブルが、ルミナの微妙な変化を敏感に察知して尋ねた。


「うん。その群生地にね、ヒュドラが棲みついてしまったのさ」


「ヒュドラ?」


スフィアが、聞き慣れない名前に首を傾げ、メリアの顔がわずかに引きつった。


「あー、聞いたことあります。確か複数の頭を持つ、かなり強力な毒竜だとか」


――ヒュドラ。


その名の通り、複数の蛇のような頭を持つ、竜種の中でも特に危険とされる魔獣である。


その血液は触れるだけで肌を爛れさせる猛毒であり、牙にも強力な神経毒が仕込まれ、さらには致死性の毒液を吐き出す、まさに歩く災厄。


その上、非常に生命力が高く、討伐は困難を極めるとされていた。


「そんなのが棲みついてて、ユグドの果実は大丈夫なんですか?」


ブルが、目的の果実の安否を心配する。

猛毒の竜の住処とあれば、果実も毒に汚染されているのではないだろうかというものだ。


「え? うん、まあね」


「ユグドの樹には、それ自体に強力な治癒と浄化の魔力があるはずですから、ヒュドラの毒なら樹が浄化してしまうんじゃないですかね」


「そうそう。そういうこと」


メリアの推測に、ルミナも同意する。

どうやら毒竜がいてもユグドの果実は大丈夫らしい。


「ふーん。で」


スフィアは紅茶が入ったカップをことりと置くと、テーブルから身を乗り出した。


その金色の瞳は、ヒュドラという未知の強敵への好奇心――ではなく、全く別の、彼にとってこの世で最も重要な関心事で爛々と輝いている。


「――そいつ、食えるのか?」


「え……食べる気なのかい?」


ルミナが、そのあまりにも予想外で冒涜的な質問に目を丸くする。


彼女の隠遁生活の中で、毒竜ヒュドラを前にして「食べられるか」と尋ねた生物は恐らくこの猫獣人が初めてだろう。

他にいても困る。


「毒血ですよ? 肉にも当然毒が回ってますし、そんなものの毒抜きの方法が確立されてるなんて、聞いたことがありません」


メリアが、常識的な観点から即座に否定する。

しかし、スフィアはまだ諦めきれないようだ。


「……焼いたら毒消えたりしねえの?」


「生魚食べたらダメとかとは次元が違いますよ? 焼いても煮ても、食べたら普通に死ぬと思います」


メリアの冷静で非情な宣告に、スフィアの肩ががっくりと落ちた。


「なーんだ」


スフィアは毒竜が食べられないとわかるや否や、一瞬で興味を失った顔になると再び紅茶をちびちびとすすり始めた。

実に素直で現金だねキミ。


「……強力な竜種を食べようと考えるとは、その、変わってるね」


「すみませんね。なんでも格の高い竜を食べたいらしくて」


「格は高ければ高いほどいいな!」


ちょっと引いているルミナに対して、メリアが苦笑しながら謝罪する横で、スフィアが紅茶を飲みながら元気に言い放つ。


何気にスフィアは格がどんなに高くとも倒せる前提で話をしている。

ちょっと怖い、なんだこいつ。


「そ、そう……」


ルミナの顔がわずかに引きつり、ブルはふと好奇心から無邪気に首を傾げる。


「格が最高に高い竜ってどういうのだろう。神様とか?」


「流石に神様殺して食べるのは猟奇的過ぎません?」


「すげー加護貰えるか、もしくは呪い喰らいそうだな! まあ美味そうなら食うかもだけど!」


スフィアは、ケラケラと、全く悪びれもせずに笑う。

ルミナはそんなスフィアにますます顔を引きつらせると、軽く咳払いをして言った。


「話を戻そう。ね? とにかくヒュドラが棲みついているんで、ユグドの果実を採取するには、そのヒュドラを駆除しないといけないわけなんだけど……」


ブルが、できるだけ戦闘を避けようと慎重な案を提案する。


「寝てるところをこっそり盗むとかは?」


「多頭竜だよ? 一つの頭が寝ていても、他の頭が起きているかもしれない。それに、あれだけ強力な毒を持つ警戒心も強い生物の縄張りに音もなく忍び込むなんて、ちょっとおススメしかねるね」


ルミナの分析に、ブルは「そっかあ」と残念そうに肩を落とす。


「わかりやすくなってきたじゃねーか。つまりヒュドラを倒せば目的の果実が手に入るって事だろ?」


スフィアが、単純明快な結論に飛びついた。

彼の頭の中は、すでに「ヒュドラ討伐」で固まっているようだ。


食えないのは心の底から、本当に、誠に残念だが、目的の果実を手に入れるためには避けて通れない道だ。

それにしても食べられないのは本当に残念だが。


「うーん、戦闘だと私はお手伝いできませんね……」


メリアが自身の非力さを嘆くように言うが、二人は気にした様子もない。


「いいよ。こういうのは実動部隊に任せて」


「そうそう。戦闘以外だとメリアを頼りにしてるから、このくらいはな」


ブルが力強く頷き、スフィアも当然といった顔で応じる。


スフィアは、ふと自分の腕にはまっている、商業連合で手に入れたばかりの金属製の腕輪を愛おしそうに撫でた。


「竜種なら、こいつのデビュー戦にも不足はねえしな」


それは商業連合でのリヴァイアサン討伐の際、メリアにおねだりして買ってもらった最新式の換装型アーマーだ。


ロゼの店にあったブルのものとは違い、スフィアの体格に合わせて作られた特注品で、極めて頑丈な美しい軽鎧である。

実は商業連合に長めに滞在していたのは、この鎧を制作していたからでもあった。

――それはそれとしてリヴァイアサン美味しかったです。


本当は、あの禍々しいブルの重鎧とは違って軽量なため普段から身に付けっぱなしでも何の問題もないのだが「かっこよく換装してデビュー戦にしたい」という、少年的ロマンな理由で、ここぞという時まで使わずに温存しているのだ。


鎧としてはそれでいいのだろうか。

鎧の価値が、実用性よりも格好良さに傾いている気がしないでもないが、本人が満足そうなのでひとまず良しとしよう。


「そこまで自信があるなら、早速案内しようか」


ルミナは、スフィアたちの瞳に宿る確かな闘志を認め、席を立つ。


「ああ、頼む」


しかし、スフィアは立ち上がりかけたところで、その動きを止める。


「……と言いたいところだが、ちょっと待ってくれ」


「どうしたんだい?」


「――食いすぎて腹いっぱいだから、ちょっと休んでからにしよう」


スフィアが、いかにも苦しそうに膨れた自分のお腹を押さえながら言った。


「賛成」


「異議なし」


ブルだけでなく、普段は呆れる側のメリアまでもが深く、そして苦しそうに頷いた。

三人は満たしすぎた満腹感で顔が青ざめかけている。


デザートは別腹とは言うが、いくらなんでも食べすぎた。

だって美味しすぎるんだもの。


「そ、そう……まあいいけどね……」


こうして、三人はユグドの果実を求め、凶悪な毒竜ヒュドラ退治に赴くこととなった――。


もちろん、お腹の膨れが治まってから。

第六話を最後まで読んでから読み直すと会話が味わい深くなります。

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