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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第六話 迷いの森の果実狩り

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迷いの森にて

迷いの森はその名の通り、訪れる者を惑わすかのような深い緑に包まれていた。


高くそびえ立つ古木たちが、まるで巨大な緑の天蓋のように空を覆い隠す。

地上に届く陽光はか細い木漏れ日となり、湿った腐葉土の上にまだら模様を描き出している。


踏みしめる地面は落ち葉や朽ち木で、ふかふかとした絨毯のようだ。


鳥の声や虫の羽音は周囲から聞こえてくるものの、人の気配が全く感じられないせいか、どこか神秘的な静けさが森全体を支配している。


そんな隔絶された森の中を、しかしスフィア一行は比較的順調に進んでいた。


「みっつめ、いくぞー」


スフィアはその身軽さを活かして高い木々の上を飛び移り、素材リストに載っている木の実を落としていた。


ひときわ高く、周囲の木々を見下ろすような大木。

そのてっぺん近くの枝の上から、スフィアの溌剌とした声が響く。


「はーい」


地上で待ち構えていたブルが、大きな手を広げて応じる。


スフィアは登った枝に付いている、スフィアの体格で抱えられるほど大きな硬い木の実を手元のハサミで切り落とす。

それをブルは器用に受け止めると背負った袋の中に丁寧に入れた。


メリアは手元のリストにペンで印をつけながら、満足そうに頷く。


「これで四種類目、順調ですね」


「思ったより楽に見つかるね」


ブルも、予想外の順調さに少し驚いている様子だ。


『迷いの森』という名前からもっと苦労するかと身構えていたが、今のところリストに載っている素材は面白いように次々と見つかっている。


「スフィアさんとブルさんが思った以上に森歩きに慣れてるおかげですね」


メリアは海上の都会育ちであるため、こういった森歩きや山歩きには慣れていない。

対してスフィアやブルは辺境育ちのため、こういった野外活動のスペシャリストだった。


「えへへ。辺境だとよく山歩きしたからね」


ブルは照れくさそうに笑いながら、大きな手で頭を掻く。

その時、木の上からスフィアの声が再び聞こえてくる。


「そういやメリア。この木の実って食える?」


彼の手には先ほど落としたのと同じ、硬い殻に覆われた木の実が握られている。

それに対し、メリアは即座に首を振った。


「食用にはなりませんね。これはウルスの実といって、実の内部に溜まった粘り気のある果汁は木製品の艶出しに使われるんです。ちなみに食べたら口の中がかぶれて粘膜が腫れ上がり、大惨事になります」


「そっかー。残念だなあ」


ブルが心底残念そうな声を出す。


見た目は硬い栗のようで、焼けば食べられそうにも見えたのだが仕方ない。

木の上で、スフィアは食べられないと分かったウルスの実をぽいと無造作に投げ捨てる。


「しかしユグドの果実らしいもんは見当たらねえなあ」


「まだ森の浅い部分ですしね。ここで簡単に見つかるなら、とっくに村の人が見つけてますよ」


メリアの冷静な指摘に、ブルも納得したように頷く。


「もっと奥地に行かないと、ってことだね」


「そう上手くはいかねえか……なんか背中がちべたい」


スフィアが、不意に不快そうな声を漏らす。

木の上で身じろぎしながら、背中に手を伸ばそうとしている。


「え? ……あっ」


メリアがスフィアの真上の枝にふと目をやった瞬間、息を呑んだ。

ブルもまた、メリアの視線の先、スフィアがいる枝の上方を見上げて顔色を変える。


「兄さんの背中にウルスの実の汁が」


運悪く、スフィアが寄りかかっていた枝のすぐ上に熟れきって裂け目が入ったウルスの実があったのだ。

そこから染み出した粘り気のある半透明の果汁が、ぽたり、ぽたりとスフィアの背中の毛皮に染み込んでいく。


その事実に気づいた瞬間、スフィアの絶叫が森に響き渡った。


「ギニャ――――!! かゆいかゆいかゆい!」


まるで猛火に焼かれたかのような凄まじい痒み。

スフィアは太い枝の上で転げ回り、必死に背中を掻きむしろうとするが手が届かない。


「大変、水で洗い流さないと!」


「あっちに水場があったからそこに放り込もう!」


メリアが叫び、ブルが即座に行動に移る。


木から半ば落ちるように降りてきたスフィアの身体をブルは有無を言わさずがっしりと掴むと、記憶していた水場の方向へと猛然と走り出し、メリアもまた後を追うのであった――。



◆◆◆◆



森の奥、木々に囲まれた小さな窪地に澄んだ水を湛えた泉があった。

陽光が水面に反射し、キラキラと輝いている。


周囲には苔むした岩が点在し、静かで神秘的な雰囲気を漂わせている。

どうやら周囲に野生の獣の気配はないようだ。


その泉の中央で、スフィアが頭だけを水面から出してぐったりとしていた。


「ひでえ目に遭った……」


その声は、心身ともに疲れ果てた者のそれだった。

余程の痒みだったのだろう、無理もない。


「スフィアさん大丈夫ですかー?」


「なんとかなー」


岸辺からメリアが心配そうに声をかけ、スフィアからは力ない返事が返ってくる。


水が大の苦手で、風呂にすらなかなか入りたがらない彼が自ら首までどっぷりと水に浸かっている。


スフィアの水嫌いを上回るほどの痒み。

それは、どれほど痒みが凄まじかったかを物語っていた。


「回復薬用意してるんで上がってきてくださーい」


「ほーい」


メリアの声に、スフィアは随分と疲れた様子でゆっくりと水から上がってくる。


だが水から上がってきたその姿を見た瞬間、それまで心配そうにしていたメリアとブルはこらえきれずに同時に吹き出してしまった。


「「あはははは!」」


「スフィアさん……すっごいほっそりしてる!」


水に濡れた彼の毛皮はぺったりと身体に張り付き、普段のふわふわとした毛量で誤魔化されていた驚くほど細い体型があらわになっていたのだ。


ちなみに、華奢に見えて筋肉はしっかりあるので、ひ弱では決してない。

猫獣人の本当の体型は皆こんなもんである。


「うっせー! 恥ずかしいからまじまじと見るんじゃねーよ!」


スフィアは顔を羞恥で真っ赤にして怒鳴ると、必死に濡れた毛の水分を手で絞り始めた。

その仕草もまた毛づくろいをするようで、妙に愛らしく見えてしまう。


「クッソ。だから水に入りたくないんだ……」


「まあまあスフィアさん。回復薬かけたら温風が出る魔道具で乾かしてあげますから」


メリアはまだ笑いをこらえながら、懐から小さな革袋と奇妙な形状をした金属製の道具を取り出した。

それは、取っ手のついた筒のような形をしている。


「そんなの買ったんだね」


「ええ、商業連合で売ってたので。風の魔石で動くんですよ」


メリアはスフィアを近くの平らな岩の上にうつ伏せにさせると、革袋から取り出した水薬を手のひらに溜め、オイルマッサージのように彼の背中に優しく擦り込んでいく。


ひんやりとした薬の心地よい感触とメリアの柔らかな手の動きに、スフィアが気持ちよさそうに目を瞑り、微かにごろごろと喉を鳴らす。


次に、メリアは魔道具の魔石温風器を起動させる。


魔道具に嵌め込まれた小さな風の魔石が淡い光を放ち、ブォォォというやや大きな音と共に魔道具の先端から勢いよく温かい風が吹き出し始めた。


メリアはその温風を、スフィアの濡れた毛皮に満遍なく当てていく。

水分がみるみるうちに蒸発し、毛が一本一本立ち上がっていくのが分かる。


しばらくするとまだ完全ではないが、おおむね元のふわふわとした状態に戻った。


「ふー。やっと落ち着いたぜ」


スフィアは満足そうに深呼吸をすると、身体を起こす。

一応それなりにさっぱりはしたようだ。


「大丈夫ですか、背中。回復薬塗り込みましたけど、これランク高くないんで完全に治ってるかどうかわからないんですよね」


「うーん、まだちょっとかゆい気がする」


メリアがまだ少し心配そうな顔で尋ねるとスフィアは背中に手を回し、ぽりぽりと軽く掻きながら答える。

激しい痒みは治まったものの、まだ少し痒みが残っているようだ。


「そうですか……あとは日が経って自然に落ち着くのを待つしかないですかねえ」


「ちなみにどのくらいの回復薬?」


ブルはメリアが使った薬の効能について尋ねる。


「そう高くはないですよ。せいぜいちょっとした切り傷や打ち身くらいならすぐ治って傷口が塞がる程度の、一般的なものです。ウルスの果汁によるかぶれに直接効くかは分かりませんでしたが、炎症を抑える効果はあるはずなので。一瞬でどんな傷も治るような万能の高価な回復薬は、そもそも市場にほとんど出回らないですからねえ」


「それでも無いよりかは全然マシだ。ありがとな」


スフィアは素直に礼を言うと、立ち上がって二人を見回した。


「んじゃ、先に進もうぜ。いちいち村に戻るのもなんだしな」


「浅い箇所といってもそこそこ深くまで来てますもんね、了解です」


「道中でリストの素材が取れそうな箇所を経由していこうか」


メリアとブルも異論なく同意し、三人は再び森のさらに奥深くへと歩き始めた。

彼らが去った後の泉の周囲には、再び穏やかな静寂が戻っていく。


ただ、水面に残る小さな波紋だけが、先ほどまでの騒動の痕跡を留めていた――。

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