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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第六話 迷いの森の果実狩り

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村長の家にて

村長の家の中は、古びた外観とは裏腹に驚くほど綺麗に掃除が行き届いており、静かで落ち着いた空気が流れている。


中央に設けられた囲炉裏には静かに赤い火が燃え、パチパチと心地よい音を立てていた。

壁には古いが丁寧に手入れされた農具や、村の歴史を物語るような古い写真などが飾られている。


「いやあ、そうかそうか。ワシに用があったか!」


その中で村長はケラケラと、実に楽しそうに笑っていた。

その顔は悪戯が成功した子供のような笑顔だ。


「村長の家の場所聞いたら、普通は村長に用があると思うでしょう……」


メリアは体力的な疲労と、精神的な徒労感がない交ぜになった半眼で老人を睨みつける。


「知らんなー。ワシ村長の家がどこか聞かれたから家の場所教えただけだしのー」


村長はどこ吹く風といった様子で、しれっとした顔だ。

明らかに確信犯である。


その白々しさに、スフィアの額にぴきりと青筋が浮かんだ。

低い唸り声と共に、スフィアの尻尾が不機嫌そうに左右に揺れる。


「ジジイ……」


「まあまあ兄さん抑えて」


今にもその小さな拳が飛び出しそうなスフィアを、ブルがそっと前に立ってなだめる。

まるで暴れ馬を宥めるかのようだ。


「ま、とにかく詫びじゃ。茶でも飲みなさい」


村長は来客用と思われる大きめのテーブル席に三人を座らせると、手際よく、しかしどこかゆったりとした動作で茶を差し出した。


ふわりと、独特の薬草の香りが立ち上る。


「あ、猫さんと牛さんの茶は冷ましてぬるくしておるからの。熱いのダメそうじゃろ」


差し出された湯呑みは、確かにメリアのものよりも温度が低い。

猫舌や熱さに弱いであろう獣人にはありがたい配慮だ。


「あ。ありがとうございます」


「気が利くじゃねーか爺さん」


意外な心遣いにブルは素直に礼を言い、スフィアも先ほどの怒りが少し和らいだのか少しだけ機嫌を直す。


「スフィアさん、ちゃんとお礼言わないと……」


メリアはそう言いながら自分の湯呑みにそっと口をつけ、スフィアとブルも湯呑を手に持って、動物が水を飲むようにそっと舌を茶の中に含ませる。


その瞬間――。


「「「にっが!!!!!」」」


三人の絶叫が静かな家の中に、まるで雷鳴のように響き渡った。

口の中に広がったのは、およそ飲み物とは思えないほどの強烈な苦味と舌を刺すような刺激。


まるで濃縮された薬草のエキスをそのまま飲んだかのような、形容しがたい衝撃的な味だった。

有体に言って、クソ不味い。


「ウチの村の薬草茶じゃ。健康に良いんじゃぞ」


村長は三人の反応を楽しむかのように、平然とした顔で自分の湯呑みの茶を美味しそうにすすっている。

メリアは顔を引きつらせながらも、なんとか平静を装おうとする。


「な、なるほど……」


「舌が痺れるかと思ったぜ……おい爺さん。茶に何入れてんだ」


スフィアは湯呑みをテーブルに置き、村長を睨みつけながら問い詰める。


「うん?」


村長は自分の湯呑みに、これ見よがしに砂糖をサラサラと放り込み、カランカランと匙でかき混ぜながら不思議そうに首を傾げた。


「何を言っとる。こんなクソ苦いお茶、砂糖なしで飲めるわけなかろ」


「砂糖入れて飲むものなら先に言ってくださいよ!」


「このクソジジイ!」


メリアとスフィアが、理不尽な仕打ちに再び声を荒げる。


「おうおう、そんなに声を荒げんでおくれ。ワシは心臓が弱いんじゃ。びっくりして心臓が止まって……うぅっ!」


村長は突然胸を押さえ、顔を歪め苦しそうな表情を浮かべると、まるで糸が切れた人形のように、そのままテーブルの上にがっくりと突っ伏した。


ピクリとも動かない。


静寂が部屋を支配する。

囲炉裏の火がパチリとはぜる音だけが、やけに大きく聞こえた。


「おいジジイ……?」


スフィアの声から先ほどまでの怒気は消え、不安に震える。


メリアは血相を変え慌てて村長のそばに駆け寄ると、テーブルに投げ出された彼の手を取り、震える指で脈を測ろうとした。


そして、その顔がみるみるうちに青ざめていく。


「あの……脈、無いんですけど……」


「は?」


「……えっ?」


スフィアとブルの動きが、完全に凍りついた。

家の中が一瞬にして、墓場のような静寂に包まれる。


三人の顔から、急速に血の気が引いていくのが分かった。


「ちょ、村長さん!?」


「兄さんが声を荒げるから!」


「いやこれ俺のせいか!? ジジイーー!」


三人がパニックに陥り口々に叫びながら村長の身体を必死に揺さぶる。


――その時。


突っ伏していた村長が、おもむろに顔を上げた。

その顔には先ほどまでの苦悶の表情は微塵もなく、悪戯が成功した子供のような満面の笑みが浮かんでいる。


「「「う"わ"ーーーー!!!!」」」


村中に響くかのような三人の絶叫。

それは恐怖と安堵と、そして怒りが複雑に入り混じった魂の叫び。

村長は普通に生きていた!


「びっくりした?」


村長はまたも悪びれる様子もなく、ケラケラと笑っている。


「物凄いびっくりしたわ!!」


「いやあれ、メリアさん脈が無いって」


「え、あれ。確かに無かったはず」


スフィアが本気で怒鳴りつけ、ブルがメリアに確認する。

メリアも自身の感覚を疑うように首を傾げていた。


「これじゃよこれ」


村長は、したり顔で懐から小さな木の球を取り出して見せた。

表面は滑らかに磨かれ、手のひらにちょうど収まるほどの大きさだ。


「なにコレ」


「これを脇に挟んでの。脈を一時的に止めとったんじゃよ」


村長は得意げに、木の球を自身の脇の下にぐっと挟み込んでみせる。

そして倒れる時にさりげなく手を三人の側に突き出し、脈を測らせるように仕向けたのだ。


無駄にやり口が凝っている。


「いやードッキリ大成功じゃな」


「二度とすんな!」


「そのうち本当に死んでも誰も信じてくれませんよ!」


「あと百年は生きるつもりじゃよー」


「そこまで生きたら魔物だよ!」


スフィアが本気で怒り、メリアも心底呆れ果て、村長は全く反省していない様子であっけらかんと言い放った。


「凄い、ここまで話が一ミリも進んでいない……」


ブルが疲れ切った声で、この不毛なやり取りの現実を呟いた。

これはひどい。


「そうですね。そろそろ本題に入ってよろしいですか」


メリアが深いため息をつきながら、半ば強制的に話を軌道修正しようとする。


「そうじゃの。じゃあ話をするからそこの窓の外を見てくれんか」


村長の言葉に促され、メリアが半信半疑ながらも窓の外に視線を送る。

そこには家の庭先にある大きな切り株に腰掛け、休憩している若い精悍な男の姿があった。


筋肉質のしっかりとした身体つきに、日焼けした肌。

顔立ちは純朴で、真面目そうな印象を受ける。


男はメリアと目が合うと軽く会釈をして立ち上がり、そのままどこかへ静かに去っていった。


「……彼は?」


「わしの孫。嫁入り先にどうかね」


「じゃあスフィアさん、ブルさん。この村での用事は済みましたので帰りましょうか」


メリアが一切の感情を表情から消した後に即座に立ち上がり、踵を返そうとする。

もう付き合ってられんわ、という感じだ。

是非もないね。


「あ、俺この村でさっき解体してた鹿肉買っていい?」


「野菜の一夜干しもあったね。お金払ったら分けてもらえるかな」


「いいですね。お土産買っていきましょうか」


スフィアとブルもその流れに全く疑問を抱かず、ごく自然に帰り支度を始めようとした。


もう全員依頼を放って帰る気満々である。

さもありなん。


「待って待って。すまんかった。ほんのジョークじゃから帰らないで」


村長が、今度こそ本気で慌てた様子で三人を引き止める。

流石に悪戯が過ぎたと思ったようで反省しているらしい。


三人はその必死な様子に顔を見合わせ、渋々といった様子で再び席に着く。

部屋には気まずい沈黙が流れる。


「次はねえぞジジイ」


スフィアが、低い声で念を押す。


「悪かったて。ちょっとした悪ノリじゃよ」


村長はばつが悪そうに頭を掻く。

そして、ようやく真面目な顔つきになると再び窓の外を指差した。


「では、改めて窓の外を見てくれるかね。そこが今回の話に関わるのはマジなんでの」


「ふむ」


スフィアが、まだ疑いの目を向けながらも窓の外に視線をやる。

そこには先ほど村長の孫が腰掛けていた、大きな切り株があるだけだった。


年輪を重ねた立派な樹の跡。

その切り口は滑らかで、さぞ大きな樹があったのだろうと思わせるものだ。


「あの切り株は?」


「今回探して欲しい果実。その樹の跡じゃよ」


「村に果実の樹が生えてたってこと?」


ブルの問いに村長は静かに、そして少し寂しそうに頷く。


「うむ。順を追って話そう」


そして、村長は窓の外の切り株を見つめながら、ゆっくりと昔話を語り始めた――。

ジジイの流れるような悪戯。

最後の孫紹介は偶然孫がそこにいたのでノリに任せただけ。

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