村での商売
チート無しのこういう商売描写って他所だとあまり見ませんよね。
うちもかなり簡略化してはいますが。
村を訪れる前夜。
三人は馬車の中でランタンを囲んで話し合っていた。
メリアが明日の計画について切り出す。
「村に着いたらまず商売を始めましょう」
「相変わらず金稼ぎに目がねえな」
スフィアが呆れたような、それでいて感心したような声で言う。
しかし、メリアの思惑は今回は少々異なっていた。
「いえ、今回のこれはお金が目的ではないですよ」
「うん?」
ブルが不思議そうに首を傾げる。
「こういった辺鄙な村は閉鎖的で、見慣れない余所者を歓迎しません。厄介ごとを運んできて平穏を乱すお邪魔虫ってイメージですね」
そんなメリアの言葉に、スフィアが反論する。
「ウチの村はそうでもなかったけどなあ」
「察するにスフィアさんの故郷は、ブルさんも含め複数の種族が暮らすコミュニティだったからじゃないですかね。種族ごとに常識が違うので、結果的に余所者に寛容な気風が育まれたのでしょう」
彼らは知る由もないが、ラファエル王子とエルセインがスフィアたちの故郷たる獣人村を訪れた際、特に拒絶されなかったのはそういう事である。
「話を戻しますが」とメリアは続ける。
「余所者だからって警戒されたり、一方的に目の敵にされると依頼を進める上で面倒極まりないので、まずはこちらからあちらにとってのメリットを提示します」
「それがあの塩と砂糖?」
ブルが、荷台に積まれたいくつもの大きな壺を見ながら尋ねる。
「ですね。ああいった場所で調味料、特に塩の確保は難しいですよ」
メリアは村についてからの戦略を話し始める。
「塩は生活必需品であり需要は決して途切れません。砂糖は嗜好品なので、村によっては少し高級品扱いですね。こちらも村落では手に入りにくい貴重品です。どちらも保存が利き、腐らず、湿気にさえ気を付ければ比較的運びやすい。村にこれを売ることで顔を覚えてもらい、有用な商人として認識してもらうことで警戒心を下げて村内で動きやすくします」
「売れ残ったらどうすんだ? すげえ量だぞ」
スフィアが、最も気になる点を指摘する。
「腐らないですし最悪自分たち用に使っちゃいましょう。幸いブルさんは漬物を作りたいようですし。他所の村に行ったときに売り捌くのもいいですね。塩は特に良いですよ、扱いやすくて潰しが効いて。塩をはじめとした色々な流通が多い、大きめの街を出発点にして馬車があるなら運ぶのは断然塩ですね。運ぶ量を多くすると重量はありますがゴーレム馬車なら問題ありませんし」
「そういうもんか」
聞いた限りメリアの計画は合理的で隙がないように思える。
スフィアたちも商人でもあるメリアがそう言うなら異論はない。
自分たちは商売に関しては門外漢なのがわかっているからだ。
「そんなわけで、村に着いたら依頼の話を聞く前にさっさと売っちゃいましょう。明日は忙しくなりますよ」
◆◆◆◆
そして現在、村の入り口はメリアの予想通り、いや予想以上に人でごった返していた。
村ではちょうど塩が切れかかっていたらしく、行商人の到着を待ち望んでいたところに現れた救世主、行商人メリアたちの登場に村人たちは喜んでいたのだ。
「はい、塩の代金銅貨50枚です。ありがとうございます!」
メリアは実家で鍛えた愛想の良い笑顔と丁寧な言葉遣いで、次々と客を捌いていく。
その手際の良さは、まさに熟練の商人に見える。
ちなみにこいつ、冒険者です。
「えっとえっと、塩がこんくらいで砂糖がこのくらいだから……銅貨で40枚だな!」
一方のスフィアは慣れない計算に四苦八苦しながらも、一生懸命に接客を手伝っている。
小さな身体で頑張って算盤を弾く姿はどこか微笑ましく、村の女性たちの母性本能をくすぐっているようだった。
「塩を壺ごと買いたいんだが……」
「毎度ありがとうございます! ブルさん塩壺ひとつ!」
「はぁい! ただいま!」
ブルはというと、その巨体と怪力を活かして裏方として在庫の補充や重い壺の運搬を担当。
次々と売れていく塩や砂糖の壺を、彼は軽々と持ち上げてはスフィアやメリアの元へと運び、空になった壺と交換していく。
メリアの洗練された接客はその美しい容姿も相まって村の男衆の心を掴み、スフィアの猫獣人特有の愛らしさと慣れない接客のたどたどしさは女衆や子供たちのハートを鷲掴みにする。
そしてブルは、その圧倒的な力で重量のある塩と砂糖の壺を迅速かつ正確に運び、商売の効率を劇的に向上させていた。
三人の連携により、ひっきりなしに訪れる村の住人相手の商売は徐々に落ち着きを見せ始める。
そして人の出入りがようやく落ち着くころには朝だったはずの空は高く昇り、昼時を示す陽光が村を照らしていた。
人の出入りが無くなったころ、スフィアとブルは慣れない肉体労働と接客に完全に疲れ果てて休んでいた。
「疲れた……」
「同じく……」
二人は馬車の荷台にぐったりと腰を下ろし、肩で息をしている。
「お疲れさまでした。お二人とも砂糖水飲みます?」
メリアが、労うように砂糖水の入ったコップを差し出す。
あいにく氷が無いので常温の水だが、疲れ果てた状況では生命の水のように思える。
「飲む……」
スフィアは両手でコップを受け取ると、まるで子猫がミルクを飲むように、ちびちびとコップの中の砂糖水を舐めるように飲み始めた。
疲れた身体に砂糖の甘さがじんわりと染み渡る。
「物凄い売れたねえ。あんなに仕入れたのにもうほとんどないや」
ブルも同じくコップの中の砂糖水を舌ですくい飲みながら、空になった壺が並ぶ荷台を見回して感心したように言う。
「普段この村に来てる行商の方が、今回何かの事情で遅れてるようですね。塩も本当に切れそうで助かったとか、皆さんおっしゃってました」
メリアは、村人たちから聞いた情報を付け加えた。
まさに絶好のタイミングでの訪問だったようだ。
「すげえ儲かったけど、これを機にもっと仕入れていっぱい運ぶとか言うなよ?」
スフィアが、釘を刺すようにメリアに言う。
メリアが今回の成功に味を占めて、本格的に行商を始めようなどと言い出しかねないと思ったのだ。
しかし、メリアは意外にもあっさりと首を振った。
「言いませんよ。人手が足りなさすぎます。三人って隊商として成立しないレベルの人数ですしね。これ以上商売の規模を大きくするには人手が必要ですが、人手が増えると今度は食料の確保とか、メンバー間の信用とか、別の問題も出てきます。人を増やすつもりがない以上、三人だと今みたいに移動ついでにちょっと稼ぐのが精いっぱいでしょう」
「そっか、ならいいや」
スフィアは安心したように息をつく。
やはり、彼らの本分は冒険者なのだ。
移動しながら行商も稼ぐには良いが、やはりそれは副業に留めて本業の冒険――もとい肉を食う方針を維持したい。
「じゃあそろそろ村長さんのところに依頼を聞きに行く?」
そしてブルが本来の目的を思い出したように提案し、それを聞いたスフィアが億劫気に腰を上げる。
「ああ、そうだな。行くか」
「すいませんお爺さん、村長さんのお宅はどこですか」
メリアが最後に塩を購入した鉢巻姿の老人に尋ねた。
老人は視線を塩からこちらに移して、にこやかに答える。
「村長の家かね。あっちの坂を上がったところじゃよ」
「ありがとうございまーす」
三人は老人に礼を言うと、教えられた方向へと歩き始めた。
「依頼の話だけ聞いて、探索は明日からにするか……」
「賛成……」
スフィアとブルは、もうすっかり疲労困憊の様子だ。
道すがら、先ほど塩や砂糖を買ってくれた村人たちが親しげに声をかけてくる。
「よう、商人さん。塩助かったよ」
「おお、商人さん。砂糖ありがとうねえ」
「商人さんだー」
「牛さんでかーい。猫さんかわいー」
すっかり三人は『塩と砂糖を売ってくれた親切な商人一行』として村に受け入れられているようだ。
「いえいえ、どーもどーも」
「冒険者なんだけどなあ」
「まあまあ」
メリアは愛想よく応え、スフィアは少し不満げに呟き、ブルがそれをなだめる。
村の子供たちまでもが物珍しそうに、しかし警戒心なく彼らに近づいてくるあたり、メリアの作戦は大成功と言えるだろう。
「嬢ちゃん良かったら野菜少し持っていくかい」
「わ、良いんですか? ありがとうございます」
「おい父ちゃん、若い子にデレデレしてんじゃないよ!」
「し、してねーだろ!」
「あはは」
メリアが中年の男から野菜を貰い、それを妻らしき女性が軽くたしなめる。
その様を見てブルはぽつりと呟いた。
「……メリアさん完全に馴染んでるよ」
「入り込んでるな……俺たまにあいつ怖い。怒ってなくても怖い」
ブルが感嘆の声を漏らし、スフィアはメリアの交渉力の底知れなさに若干の恐怖を感じているようだった。
メリアの警戒心下げ作戦、成功しすぎて怖い。
そうこうしているうちに坂の上に立つ、村で一番立派な家が見えてきた。
あれが村長の家だろう。
家の近くでは屈強そうな身体つきの男が、ちょうど薪割りをしているところだった。
「すいません、村長さんに会いに来たんですが……」
メリアが代表して声をかけると、男は素直に答える。
「村長? 留守だよ」
「え、どこに行ったか分かります?」
「会ってないのかい? おかしいなあ」
男は斧を地面に刺して腕を組み、不思議そうに首を傾げる。
「商人が来てるみたいだから見に行くって、さっき村の入り口に行ったんだぜ。頭に鉢巻巻いた爺さんなんだが見なかったかい」
その言葉を聞いた瞬間、三人の頭の中に先ほどの光景が鮮明に蘇った。
村の入り口で道を教えてくれた、あの鉢巻姿の老人。
『村長の家かね。あっちの坂を上がったところじゃよ』
じゃよ……
じゃよ……
じゃよ……
三人は、まるで示し合わせたかのように一斉に後ろを振り返ると、村の入り口に向かって絶叫した。
「「「ジジイ!!」」」
彼らは今来た坂道を、猛烈な勢いで逆走し始める。
どうやら、この村の村長は相当な悪戯好きのようであった――。
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以下、余談のメリアさん商売論。
読み飛ばし可。
ブル「そういえばメリアさん。普通、塩の交易って海辺の街から各所に運ぶものじゃないの? 今回内陸の街から運んでやってるけど」
メリア「テンポが悪くなるんでいくらか説明を端折ったんですが……折角ですし解説しましょうか」
メリア「まず最初に言いますが、海辺の町から塩を運び出して売るのは正道ですが、同時に下策ですね。何故なら、商売に詳しくない人が思いつく時点で、商売に携わっていれば当然誰でも思いつく商売だからです。恐らく文明黎明期の頃から同じことを考える人はいたでしょう」
メリア「なので、当然海辺の町から塩を運び出す商人は他に何人もいますし、塩の太い交易ルートはいくつもあるでしょう。1トン単位で取引しているようなルートに、馬車で運ぶレベルの行商は意味を成しません。塩を取り扱う窓口にはお得意様もいるでしょうし、我々が運んでも見向きもされませんね」
メリア「ですので、やるべきは『大量に塩を輸送された大きな内陸の街』で塩を仕入れて『さらに内陸の他所』へ運ぶ手法ですね。目指すは販路の細い田舎や農村。そういったところに大きな商会は販路を持っていません。儲けの割合が少ないですからね。個人レベルや小規模隊商ならば狙い目です」
メリア「しかし当然、競合相手のいない販路開拓をやる場合はリスクがあります。まずは輸送効率とリスク。田舎や農村ですからね。当然距離はありますし、道も整備されているとは言えません」
メリア「なので運搬に時間と手間がかかり、その間の魔獣や盗賊対策に護衛料金がかかります。運ぶための人員や馬にも食事や水のお金がかかってきますから、距離が遠ければ遠いほどこのリスクは上がり、塩を割高で売る必要が出てきます」
メリア「次にこれも当然ですが、内陸の街で塩を買って仕入れるという事は、海辺から運ばれた塩の利益を上乗せされた価格で買うことになるということ。つまり仕入れの原価が高くなるという事ですね。利益を出すには、田舎や農村ではもっと高く売らねばならないという事です」
メリア「こういった理屈から、田舎や農村にただ運べば丸儲け、というわけにはいかなくなり、そういった場所に塩は行き届かなくなるわけです。しかし、我々に限って言えばある程度これらの問題は無視できます」
ブル「というと?」
メリア「まず輸送効率とリスク。長距離移動としても我々の馬車はゴーレム馬車です。馬の休憩も食事も水も不要となれば、休憩時間の分の時間は短縮され、馬用の荷物はほぼ不要となります。加えて言えば馬はゴーレムなのでパニックとは無縁。突然の魔獣や盗賊にも怯えることはなく、馬が暴れた衝撃で馬車が横転し、荷物がダメになる危険が減ります」
メリア「そして護衛戦力。これも本来は別途雇う必要がありますが、我々にはスフィアさんとブルさんという自前の戦力があります。身内なので護衛代金が不要となるわけです」
メリア「最後に塩の利率ですが、本来は割高にしないと元が取れません。しかし我々の場合、本命の目的は村人の警戒心を下げて活動しやすくすること。利益は二の次でいい。がめつくやる必要は無いわけです。先の通りこっちのリスクは大幅に削減されていることもあって、塩の売値は低くできますしね。ありえない仮定ではありますが、警戒心さえ下げることができれば最悪赤字ですら問題になりません。『警戒心の強いであろう村落の入場料』と考えれば安すぎるほどですね」
メリア「普通より安く売れるという事はこちらの大きな武器です。競合者がいてもこちらより安くして集客させることはほぼ不可能と言っていい。あらゆる意味で勝ち確な状況なわけです」
メリア「今回は安い仕入れ値よりも手間を優先して内陸の街で塩を仕入れ、ついでに塩ほど必須ではないですが娯楽用として有用な砂糖も用意してバリエーションを増やし、購買者数をより増やして村民の警戒心を下げる。これが今回の輸送計画の全容です」
ブル「そこまで考えてたんだ……」
メリア「そこまで考えてみました。一応商家の出ですからね。ここらでそれっぽいところは見せないと。スフィアさんはわかりました?」
スフィア「理論はわかった」
ブル「わかってない顔してる……」




