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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第六話 迷いの森の果実狩り

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高難易度の採取依頼受注

翌朝の冒険者ギルドは、新たな一日を始める者たちの活気に満ちていた。


重厚な扉が開かれるたびに街の喧騒と朝の爽やかな光が差し込み、石造りの広間を明るく照らす。


受付カウンターでは、昨夜の酒をまだ引きずっている様子の冒険者たちが新しい依頼を求めて気怠げに列を作っている。


壁際にずらりと並んだ掲示板の前では、腕利きの戦士たちが羊皮紙を指差しながら次の仕事について仲間と真剣な議論を交わしていた。


そんな日常の風景の中、ひときわ賑やかな一角があった。


「というわけで、昨日の夜にスフィアさんが鍛錬してたんですよ」


メリアが身振り手振りを交え、昨夜の部屋での出来事を実に楽しそうに語っている。


その聞き手はギルドの敏腕受付嬢のマチルダだ。

彼女は頬杖をつき、うっとりとした表情でメリアの話に聞き入っている。


「何それ超見たかった! 呼んでよ!」


話を聞き終えたマチルダは、カウンターを乗り出すほどの勢いで身を乗り出す。

そのあまりの剣幕に、近くで順番を待っていた屈強な冒険者がびくりと肩を震わせた。


「呼ぶわけねーだろ。何言ってんだお前」


当のスフィアはカウンターの隅にちょこんと座っており、心底うんざりした顔だ。

その後ろでは、ブルが「また始まった」とでも言いたげに深いため息をついている。


「いや、でもですねスフィアさん。あれはお金取れますよ保証します。どうです一度広場で集客して鍛錬など」


しかしメリアは、マチルダの興奮を鎮めるどころか、さらに油を注いだ。

その頭の中では既に「スフィアさんスペシャル鍛錬ショー」の企画書が猛烈な勢いで作成され始めている。


人の鍛錬を見世物にする気満々である。

なんだこいつ。


「いいわね! 是が非にでも駆けつけるわ!」


マチルダがその企画の最初の、そして最も熱狂的な顧客として力強く名乗りを上げた。


需要と供給、こうやって金は回っていくのである。

勉強になりますね。


「鍛錬は人目のある場所でやるもんじゃねーし、見世物でもねーよバカ!」


「珍しく兄さんが正論言ってる」


スフィアが至極真っ当な反論を入れる。

しかし一度燃え上がったマチルダの情熱の炎は、もはや誰にも止められない。


「やだやだタマちゃんの鍛錬見たい! みーたーいー!」


彼女はカウンターをばんばんと叩き、本気で駄々をこね始めた。


周囲の冒険者たちは何事かと遠巻きにその奇行を眺め、あるいは苦笑し、あるいは呆れ果てたように生暖かい視線を送っている。

もはやこの程度の奇行には慣れっこだ。

それでいいのか受付嬢。


「駄々こねてんじゃねーよ。良い大人がみっともねえな」


「メリアさんどうしよう。依頼受けに来たのに……」


スフィアの言葉も、今の彼女には馬の耳に念仏だ。

ブルは困り果てたようにメリアに助けを求める。


このままでは依頼を受けるどころか、ギルドから叩き出されかねない。

マチルダも一緒に。


「うーん、スフィアさんがマチルダさんの顔に手のひらを押し付ければ多分落ち着くかと」


「え……なんで?」


「いいからやってみなよ兄さん」


スフィアが心底理解不能といった顔でメリアを見るが、メリアは自信ありげに頷くのみだ。


半信半疑のまま、スフィアは恐る恐るマチルダに近づくとその顔に向かって、そっと手のひらを――すなわち、猫科の獣人特有のピンク色をした柔らかな肉球を押し付けた。


ぷにっ。


柔らかく、そして温かい、極上の感触がマチルダの頬に伝わる。

スフィアは言われるがまま、何度かぷにぷにとその至高の肉球を押し付けてみる。


すると、なんということでしょう。


あれほど荒れ狂っていたマチルダの表情が、まるで春の陽光に雪が溶けるかのようにみるみる蕩けていくのです!


その顔はにへらっ、と締まりなくにやけ、やがて嵐が過ぎ去ったかのように完全に落ち着きを取り戻した。


「うわ、ほんとに落ち着いた」


「猫の肉球は人間の精神を落ち着ける効能がありますからね」


驚くブルに、メリアは物凄く偏った謎の豆知識を、さも科学的根拠があるかのように解説する。

どこで仕入れて検証した知識なんでしょうねえ。


「人間の嗜好意味わかんねえ……」


スフィアは自身の肉球を不思議そうに見つめながら、理解不能な現象に首を傾げるしかなかった。


ともあれ、ようやく正常な精神状態を取り戻したマチルダに、一行は本来の目的である依頼の相談を始めることができた。


「でもそうねー。タマちゃんたちに回せる依頼ねえ……」


マチルダは先ほどの恍惚とした表情の余韻を顔に残したまま、受付の依頼書の束をめくるがどうにも歯切れが悪い。

準二位や第三位たる高位冒険者のスフィアたちの実力に見合うような、やりがいのある依頼は出払ってしまっているようだ。


「先輩、あの依頼どうですか。ほら今まで四組が失敗したやつ」


悩んでいるその時、隣にいた新人らしき若い受付嬢が分厚いファイルの中から一枚の依頼書を指差した。

その羊皮紙は他のものより少しだけ古びており、何度も手に取られた痕跡がある。


「あー、これかー。そうねえ……」


マチルダの表情が少しだけ曇る。


「難しい依頼なんですか?」


メリアが尋ねると、マチルダはファイルを手に取りながらその内容を説明し始めた。


「難しいというか、採取の依頼なんだけどね。実在を確認してくる系なのよ」


「実在を確認してくる系?」


ブルが不思議そうに聞き返す。


――依頼の内容はこうだ。


ここから馬車を使って数日かかる辺鄙な村、その近くにある広大な森のどこかに『あるかもしれない』という果実を採取してきてほしい、というもの。


「詳しいことは村長に聞く感じだけど、どうする?」


マチルダが、まるで厄介事を押し付けるかのように依頼書をカウンターの上に滑らせた。


「曖昧な依頼ですねー」


メリアが依頼書を手に取り、その内容に目を通しながら呟く。


「といっても高難度の採取依頼ってそんなもんだよね。どこにあるかもわからない植物を探せ、みたいな」


ブルの言うように、高難度の採取依頼ではこうした曖昧さは決して珍しくない。


魔獣の多く住む森にある幻の薬草を探せだの、渓谷にあるかもしれない珍しい草花の実在を確認して発見したら持ち帰れ、といった類の曖昧な話はよくあるものだ。


なにしろ依頼主が行けない危険地帯の珍しい素材だから確認と採取の依頼が来るのだ。

正しく存在が確認できるほどの安全地帯にある素材ならば、依頼など回さずとも自分で行くなり市場に出回るなりするだろう。


だが、そういった危険な場所にある草花は、そもそも実在するかどうかを確認する方法自体が乏しい。

ゆえに実在するとされるどこかの伝聞が、本当に正しいのかはわからないまま依頼が来る。


貴重な花が危険な森の奥地にあるらしい。


書物に書いてあるが実在は定かではない薬草。


伝承の中にのみ存在する、誰も見たことがない大樹。


もちろん、そんなものはただの伝説だったりで存在せず、結果としてほぼ無報酬となる場合も往々にしてある。

存在すると記録された書物の情報がデマだった、噂は噂だった、見間違えもある。


それでも実在が曖昧なものを確認して持ち帰る依頼は常に絶えず、冒険者の高難度の厄介な依頼としていくつも未処理で存在している。

これもまた、そのひとつだろう。


「近くの森を探すってことならまだマシそうだな。受けるぜ」


スフィアが、いつもの調子であっさりと決断を下す。


村の近くの森、と場所がはっきりしているうえ、森の中ならば食べるものもあるだろうという魂胆が透けて見える。

相変わらずの食いしん坊魂である。


「はーい。ところで馬車を使って行かないと結構距離あるけど、どうするの?」


マチルダが依頼書の控えをファイルから取り出しながら、依頼での問題を提示する。


「徒歩はめんどくせえな……」


「また商人の護衛して行く?」


「辺鄙な場所にあるから乗り合わせあるかしら?」


スフィアが顔をしかめ、ブルが代替案を出すが、マチルダは難しい顔で首を傾げる。


――その時。


「ふっふっふ」


それまで黙っていたメリアが、どこか悪巧みを考えているかのように自信ありげな笑みを浮かべた。


「どーしたメリア。気持ち悪く笑って」


「気持ち悪くないでしょ! え、ないですよね?」


「それはそれとしてどうしたの」


「否定してくれないのちょっと悲しい……ま、ともかく」


ブルからの容赦ない無自覚な追い打ちに少し肩を落としながらも、メリアは気を取り直して自身の腕を誇らしげに掲げてみせた。


「こちらをご覧ください」


彼女の腕には少し無骨なデザインの、しかし精巧な魔法の紋様が刻まれた腕輪が鈍い光を放っている。

今まで彼女が身に付けていなかったものだ。


「なんだこれ?」


「ゴーレム馬車の腕輪です」


「ゴーレム馬車?」


メリアは得意げに、その魔法の道具の機能を説明し始めた。


「この腕輪を起動させると馬車とゴーレム馬が出てきて乗って移動ができます。この前のリヴァイアサンの稼ぎで買ってみました」


「ゴーレム馬ってことは石人形か? 馬の休憩も飯の用意も水も要らねえのか?」


スフィアの目が、子供のようにキラキラと輝く。


「ですね! ただし馬車に荷物載せてると腕輪にできない欠点もありますが」


「あ、荷物は腕輪に収納できないんだ。それでも便利だね」


ブルも感心したように腕輪を眺める。

これさえあれば、彼の巨体を受け入れてくれる乗合馬車を探す手間も省ける。

何より、自分たちのペースで自由に旅ができるというのは、冒険者にとって大きな利点だろう。


「ふふふ、自分の馬車があれば街から街への移動に交易品積んで売り捌くことも……」


メリアの瞳が、再び金貨のマークへと変わる。

移動するついでに更に儲けようという魂胆だ。

この女、何でもすぐ金儲けに使おうとするやつである。


「それ冒険者じゃなくて行商人じゃない?」


「やってもいいけど、それやると腕輪にできないんだから気を付けろよ? あとやりたがってるのお前なんだから、やるなら荷物の管理もしろよな」


ブルとスフィアの冷静なツッコミに、メリアは「はっ」と我に返る。

ついつい、商人の血が騒いでしまったらしい。


「とりあえず大丈夫そうだから受理しとくわねー? 詳しい話は村長に聞くのよ?」


マチルダが呆れたように言いながら、依頼の受理手続きを完了させる。


こうして、スフィア一行は新たな魔法の乗り物という心強い相棒と共に、果実を探すために辺鄙な村へと旅立つことになったのであった――。

ゲームとかだと「ここにあるかもしれない」は100%そこにありますが、実際はそうじゃないよねって話。

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