海上の大宴会
海竜リヴァイアサンを狩猟した後、その日の豊漁祭は前代未聞の事態をもって早々に終了となった。
各船は商業連合の指示のもと、興奮冷めやらぬまま続々と港へと帰還していく。
港に到着すると、そこは既に大騒ぎとなっていた。
巨大な海竜が討伐されたという知らせは、魔法の通信によって瞬く間に商業連合全体へと広まっていたのだ。
桟橋にはお祭り騒ぎを一目見ようと、仕事を放り出してきた商人や住民たちが山のような人だかりを形成している。
そして、複数の船に牽引されて港に運び込まれたリヴァイアサンの巨体が姿を現した時、群衆の興奮は最高潮に達した。
その巨大さは、もはや生物というよりも、ひとつの浮島と呼ぶにふさわしい。
商業連合の顔役たちが協議した結果、この歴史的な獲物の解体は衆人環視のもとで行われる「解体ショー」として執り行われることが決定した。
港で最も広い区画が急遽確保され、大型のクレーンや魔法駆動の巨大な鋸といった、普段は船の修理や建設にしか使われないような大掛かりな機材が次々と運び込まれる。
その様は、もはや解体というよりも巨大建造物を取り壊す大工事に近い光景だった。
熟練の職人たちがリヴァイアサンの巨体に取り付き、その硬い鱗を一枚一枚、慎重に剥がしていく。
ガイン! ガイン! と、魔法の鋸が鱗に当たるたびに、甲高い金属音が港中に響き渡り、慎重にヒレを切り取るために解体職人同士で大声を出し合う。
――今回の討伐は、その大半をスフィアとブルの功績が占めている。
そのため、魔術師たちの協力分などを商業連合に一部素材で支払った後、残りの素材の所有権は、ほぼスフィアに帰属することが決定していた。
そして、解体後の処遇について顔役の一人がスフィアに尋ねたところ、彼は口の周りについた魚のフライの衣を舐め取りながら、実に単純明快に答えた。
「皆で食えばよくね?」
その一言で、全てが決まった。
商業連合は、リヴァイアサン肉の大盤振る舞いを決定。
港は解体ショーと、それに続く空前絶後の大宴会の会場へと姿を変えた。
巨大な鉄板がいくつも設置され、解体されたばかりの新鮮な肉が次々と焼かれていく。
香ばしい匂いが港を満たし、人々の食欲を際限なく刺激する。
スフィアは、その光景を特等席で眺めながら運ばれてくる料理に舌鼓をうつ。
彼の目の前では巨大なリヴァイアサンの鱗がクレーンで吊り上げられ、ゆっくりと運ばれていく。
その光景を肴に、スフィアは満面の笑みを浮かべていた――。
そんなスフィアの元に、ピエールとアレッタが近づいてくる。
「やあ、友よ。今回の活躍は見事だったね!」
「おー、ピエール。お前も水上歩行の案出したんだって? お手柄じゃん」
「いやいや。水上戦のことはわからないが魔法のことは少しわかってね。上手くいってよかったよ」
未だ興奮冷めやらぬのか、ピエールはうんうんと頷いてあの光の奔流を思い返す。
「しかし、あの剣の輝きは素晴らしかった。まるで英雄譚の中にいるようだったよ!」
「凄かったですよねー」
ピエールは目を輝かせ、アレッタも興奮気味に同意する。
「あんがとよ。まあ俺もあれどういう理屈で出てんのか知らんけど」
スフィアは口いっぱいに魚を頬張りながら、もごもごと答えた。
「ふーむ。僕も力んだら出るだろうか。なんかこう、ピエール波! みたいな」
「なんか無駄に派手な変なもん出そう」
ピエールが真剣な顔で両手首を合わせて、手のひらから波動を撃ちそうなポーズを取る。
「それはそうと、我々も解体ショーに参加できるらしいが行かないかね? 人手が足りないらしいぞ」
ピエールが指差す先では、ゼノと数人の執事が、職人たちに交じって何やら交渉をしているようだ。
「あー、わり。俺腹減ったから飯食いたいんだよな。あれ撃つとすっげえ疲れるしよ」
スフィアは少し残念そうにしながらもあっさりと断った。
あのスーパー必殺剣は彼の体力と精神力を根こそぎ奪っていく。
一回こっきりしか使えないとはそういう事だ。
今はただ、失われたエネルギーを食欲で満たすことしか考えられないのだ。
あと、美味そうな料理の匂いに我慢が利かなくなったのもある。
「ふむ、そうか。残念だが無理強いするものではないしな」
ちょうどそこへ、ゼノが報告に戻ってきた。
「ピエール様、申請通りました。参加は問題ないそうです」
「おお、そうか! では我々は行くよスフィア君。武運を祈っていてくれたまえ!」
解体に武運は必要なのだろうか?
よくわからないがスフィアはとりあえず頷いておく。
「お、おう。じゃあここから見守ってるわ」
「うむ。さらばだ!」
ピエールは高笑いを残し、アレッタと共に解体の現場へと向かっていく。
その背中を見送るスフィアの元へ、まるで入れ替わるように新たな料理が運ばれてくる。
「やあ兄さん。また料理が来たんだね」
「まあな。じゃあ食うか」
ブルもまた、大きな皿に山盛りの野菜料理を抱えてスフィアの隣に腰を下ろす。
まず運ばれてきたのは、弾丸魚の塩焼きだった。
細長いその魚体は、例えるならば秋刀魚に近い。
こんがりと焼き上げられた皮はパリパリで、匙を入れるとその下から純白の身が湯気と共に現れる。
スフィアは頭から尻尾まで、骨ごとバリバリと貪り食った。
じゅわっと染み出す上質な脂の甘みと、ほんのりとした苦みを持つ内臓の風味が口の中で混じり合い、たまらない美味さを生み出している。
続いては、水晶海老の酒蒸し。
その名の通り、殻の一部が水晶のように透き通っている美しい海老型魔魚だ。
強い酒で蒸し上げられた身は鮮やかな紅色に染まり、ぷりっぷりの食感が歯を押し返す。
噛むたびに上品な甘みが広がり、殻から染み出した濃厚な磯とアルコールの強い香りが鼻腔を抜けていった。
さらに、岩牡蠣のグラタン。
岩のようにゴツゴツとした殻を持つ巨大な牡蠣の身に、たっぷりのチーズとホワイトソースを乗せて焼き上げた背徳的な一品である。
スプーンですくうと熱々のチーズがとろりと伸びる。
濃厚でクリーミーな牡蠣の旨味とソースの塩気が渾然一体となり、頭の中を蕩かすような味わいだ。
スフィアは味わうというより、まさしく「がっつく」という言葉がふさわしい勢いで、次々と料理を平らげていく。
その姿は冬眠前の熊のように、ただひたすらにエネルギーを身体に蓄えているかのようだ。
一方のブルは、色鮮やかな野菜料理に舌鼓をうっていた。
七彩パプリカと数種類の海藻を、柑橘系の爽やかなドレッシングで和えたサラダは、シャキシャキとした食感とつるりとした喉ごしが楽しい。
そしてデザートには、太陽の実と呼ばれる、真っ赤な果物が供された。
それはマンゴーの濃厚な甘さと、桃の芳醇な香りを併せ持った、まさに太陽の恵みと呼ぶにふさわしい果実。
魔法国にあるというエルフの森でしか採取できない貴重な果物も商業連合では取り扱っているようだ。
ブルはレナック王国では味わえない美味に舌鼓をうつ。
そんな二人の元へ、ロゼが穏やかな笑みを浮かべて近づいてきた。
「スフィア様、ブルズウルグス様。今回は見事な釣果でしたね」
「あ、ロゼさん。いらっしゃい」
「むぐ。メリアの父ちゃんか」
ブルが丁寧に挨拶し、スフィアは口に食べ物を入れたまま応じる。
「それでスフィア様。失礼ながら早速商談なのですが」
「むぐ?」
「スフィア様は今回のリヴァイアサン素材をどのように取り扱うご予定でしょうか。もしよろしければ一括で我がマーガレット商会にお売りいただきたいのですが……」
ロゼは流石に商人らしく、スフィアの所有している大量の超高級希少素材に興味津々のようだ。
しかし、こういう時にスフィアが答える言葉は決まっている。
「むぐむぐ。もがむぐもが」
「……彼はなんと?」
「多分ですけど、『そういうのはメリアに一任してるからそっちと話してくれ』だと思います」
ブルが完璧な通訳を披露する。
そう、スフィアはそういう面倒なやり取りは全てメリアに任せているのだ。
自分が下手に何か考えるより、メリアに任せた方が上手く行くと考えての丸投げだ。
あと、スフィアが勝手に変な売約したら超怒りそうで怖いし。
メリアは怒ったら怖いので。
「はあ、娘に。……娘はどこに?」
ロゼが辺りを見回すと、スフィアとブルは揃って港の一角を指差した。
その先ではメリアが即席で設えた台の上に立ち、集まった商人たちを相手に声を張り上げていた。
「さあ次はヒレ素材の売約権行きますよ! 金貨1000枚からのスタートです!」
「1200!」
「1350!」
彼女は、なんとリヴァイアサン素材の売約権オークションを始めていたのだ。
その姿は生き生きとしており、水を得た魚のようにノリノリである。
リヴァイアサンだけに。
「あいつ何してんの」
ロゼが呆れたように呟いた。
思わず素の口調である。
「なんでもリヴァイアサン狩猟の興奮を冷まさないうちに次の熱をぶち込んで燃え上がらせて、できるだけ高く売るんだとかなんとか」
「何してんだあいつ。いや効果的だろうがよ」
娘の商魂たくましい姿に、ロゼは呆れと感心が入り混じった味わい深い表情を浮かべる。
「そういえば、メリアさんからロゼさんが来たら伝えてほしいって伝言預かってます」
「私に?」
ブルは、メリアから託された言葉を、そのままロゼに伝えた。
『遅きに失したね、お父さん。身内だからって売約権は残してないから。リヴァイアサン素材欲しかったら自分でオークションに参加して勝ち取ってね』
「あの娘ェッ! 重鎧もっとぼったくればよかったぜ!!」
伝言を聞いたロゼは絶叫すると、愛娘が仕切る戦場へと、大慌てで全力疾走していった。
「いってらっしゃーい」
その背中を尻目に、スフィアとブルは食事を再開する。
やがて、本日の主役がジュウウウウウという食欲をそそる音と、むせ返るような香りと共に運ばれてきた。
「スフィア様、お待たせいたしました。こちらがリヴァイアサンの厚切りステーキ。部位は最上級の腹身でございます」
リヴァイアサンのステーキ。
それも、最も上質とされる腹身の部分を、人の頭ほどもある大きさに分厚く切り出した、巨大なステーキ。
鉄板の上で踊る肉の表面には、美しい焼き色が格子状につき、きめ細やかな霜降りから溶け出した脂が、青白い煙となって立ち上っている。
魚の大トロのようにとろりと柔らかく、それでいて獣肉のように筋があり、脂が筋に沿ってゆるやかに流れる。
光を受けて、表層が銀と琥珀のまだらに輝く。
香りが、強い。
まず鼻を打つのは、潮を含んだ甘い脂の香り。
続いて、焼けた肉の香ばしさが追いかけてくる。
呼吸をすれば、それだけで唾が溜まる。
ナイフが入る。
刃の重みで沈むほど柔らかく、それでも芯にはわずかに弾力がある。
切り口から乳白色の脂がじゅるりと溢れ出し、皿の上で琥珀色の筋を描く。
口に運ぶと、まず脂が舌に溶けた。
大トロのように口の中の体温で融け――次の瞬間、獣脂の濃厚な旨味が爆ぜる。
魚の甘みと肉のコクが同時に広がり、舌の上でせめぎ合う。
飲み込む前にすでに喉が鳴り、口の中が溶けた脂で艶やかに満たされる。
噛むたびに繊維の隙間から、旨味が滲み出す。
塩気がそれを引き締め、獣の香りが深みを与える。
脂が口の端にまとわりつき、呼吸するたびに香ばしい匂いが喉から抜けるようだ。
長い時間が過ぎたように感じられたが、実際には数分も経っていなかっただろう。
気がつけば、巨大だったステーキは跡形もなく消え失せていた。
「んまかったぁ……」
スフィアは満ち足りたため息をつくと、解体作業がまだ続いているリヴァイアサンの巨体を見つめる。
「まだあんなにあるんだよな……」
食べたばかりだというのに、彼の口の端からは、キラリと光る一筋のよだれが垂れていた――。
弾丸魚が秋刀魚ベースの描写なのは秋刀魚食べながら書いてたからです。
秋刀魚は塩焼きが美味いよね。




