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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第五話 商業連合と豊漁祭

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船上での挑戦

大海原をゆくピエール号。


青い空と青い海が水平線で溶け合い、どこまでも続く壮大な景色が広がっている。

波は穏やかで、船は心地よいリズムで揺れながら航行していた。


潮風が甲板を吹き抜け、帆が風を受けて膨らんでいる。

周囲にはちらほらと、同じく豊漁祭で釣りをする船が見える。


大小様々な船が点在し、それぞれが自分たちの釣り場を目指して進んでいるようだ。

遠くからは他の船の参加者たちの楽しそうな声が、風に乗って届いてくる。


甲板では、中年の魔術師が一同に向かって丁寧に説明を始めた。

青いローブを纏った彼は商業連合に所属する魔術師で、海上に慣れたベテランだ。


今回の豊漁祭では、彼がピエール号に同乗し魔法のサポートを行っていくこととなる。


「それでは、この船の魔法担当は私が務めさせていただきます。何か魔法が御用命の際はどうぞ」


「よろしくおねがいします」


メリアが礼儀正しく頭を下げる。

商業連合では出航の際、海に慣れた魔術師が必ず同乗するルールだ。

海はそれだけ危険なのである。


「魔法が御用命の際ってどういう時だろう」


ブルが素朴な疑問を口にし、メリアがそれに答える。


「釣りあげようとした際に魚の力が強くて引き込まれそうになった時、水上歩行の魔法かけたりとかですね。あれはある程度水上に身体が出てる時じゃないと効果ないですし」


「魚って引き込まれるほど力強いのか?」


メリアの説明にスフィアが驚く。

彼の知る魚といえば、湖や川にいる中型の魚がせいぜいだ。

とても釣り人を引き込むほどのものとは思えない。


「海には魚の魔獣……いわゆる『魔魚』ってのがいますからねえ」


魔魚は攻撃性が総じて強く、肉食である場合が多い。


人を食べたり食いちぎるほどのものは流石に稀だが、噛まれると痛かったり魔法じみた攻撃方法を持つものもいる。


鋭い歯で釣り糸を切断する魚、小さな電撃を放ったり、弱い毒を放つ魚さえいるのだ。

そういった魔魚と遭遇し、攻撃され誤って海に落とされる釣り人や漁師は多い。


海の危険度は陸上のそれとはまったく異なるものだ。

なにしろ船が沈むだけで足場がなくなり、魔法無しでは溺れて死ぬ危険すらあるのだから。

ゆえに船で魔術師の同行は必須なのである。


「事前に言ったと思いますが、集まる魚目当てに魔魚も集まる傾向にあるので気を付けて」


「はーい」


メリアが念を押すように言い、ブルとスフィアが素直に返事をした。

その声は明るく、危機感はあまり感じられないが、海の危険を実体験していないので無理もないだろう。

ひとまず危険性を伝えられただけで良しとする。


「良いお返事ですね。お二人は釣りの経験は?」


「僕は結構釣りの経験あるよ。沢釣りや湖だけど」


ブルは意外と結構釣りの経験はあるのだ。

小舟に乗って湖の中央付近で釣り糸を垂らした経験もある。


「おや、意外ですね。魚を釣っても食べないのでは?」


「そうなんだけど、単純に釣り糸を垂らしてのんびりするのが好きなんだよね。釣った魚は兄さんが焼いて食べてた」


彼はゆったり釣り糸を垂らして過ごすのが好きなのだ。

釣れた魚自体にあまり興味はない。

捕れた魚はおこぼれ目当てに同乗したスフィアの胃の中に納まるのが常であった。


「目に浮かびますねえ……」


メリアの脳裏には、湖のほとりで釣り糸をのんびり垂らすブルの巨体と、そのそばで焚火を起こして魚を次々と焼いて食べるスフィアの小さな姿が鮮明に浮かんでいた。

実に微笑ましい光景である。


「俺はあんまり釣りしたことないんだよな」


「スフィア兄さんは落ち着きないから……」


「ほっとけ」


ブルのからかうような声にスフィアが少し拗ねたような声で返す。

メリアはそのやり取りに微笑みながら袋から木箱を取り出した。


「じゃあ釣り針に餌付けるのも慣れてますかね。はいどうぞ」


メリアは取り出した手のひらサイズの木箱を開ける。

蓋が開くと同時に、独特の土の匂いが漂ってくる。


「うげっ」


中身を見てスフィアの全身の毛が嫌悪で逆立った。

三角の耳がぺたんと後ろに倒れ、尻尾も緊張で硬直している。


木箱の中には、白くてぷよぷよとした虫がうじゃうじゃと蠢いていたのだ。

餌用の虫は箱の中で絶え間なく動き続けていて生きが良い。


ブルは慣れた様子で大きな手を伸ばし、虫を一匹摘まみ上げる。

その動作は実に手慣れたもので、迷いがない。

そして自前の高級釣り具の針に、器用に虫を取り付けていく。


一方、スフィアは嫌そうに木箱の中の虫を見つめていた。

金色の瞳には明らかな嫌悪が浮かんでおり、触りたくないという感情が全身から滲み出ている。


しばらく逡巡した後、スフィアはブルに話しかけた。


「なあブル」


「なんだい兄さん」


スフィアは「俺の釣り針にも虫付けてくれ」と言おうとした。

口を開きかけたその時、ピエール一行のいる場所から大声が響く。


「うおおっ! 蠢いている! 虫がいっぱい入っていると気色悪いな!」


ピエールの声は嫌悪に満ちており、船の上に響き渡る。

まるで恐ろしい魔獣でも見たかのようだった。


「まあ虫ですしね……」


ゼノが冷静に答える。

そりゃ貴族がこんなに生きの良い虫の詰まった箱など見るはずがないのである。

もしこれを見たのが貴族の息女であれば冗談抜きで気絶しかねない。


「ピエール様は虫を釣り針に付けた経験は……ないですよね」


アレッタが少し心配そうに尋ね、ピエールが堂々と即答した。


「ないな!」


その声には恥じる様子は一切なく、むしろ誇らしげですらあった。

なんで胸を張っているのだろうか彼は。


ゼノは少し考えて、高貴な出自のピエールにある提案をした。


「……ピエール様。もしよければ俺が虫を付けましょうか」


ゼノは貴族なら嫌なことは別の誰かにやらせるだろうと察してのことだ。

女性であるアレッタにやらせるより自分がやった方が良いだろう。


だがピエールの返答は、予想外のものだった。


「不要ッ!」


「えっ」


力強い拒否の声が響き、ゼノが困惑した声を出す。


「確かに虫は気持ち悪い。だが、嫌だからといって嫌なことを全て他人にやらせるのは如何なものかッ!」


ピエールが胸を張って宣言する。

そこには、ピエール独自の誇り高さがあった。


「高貴なるものとして、嫌だからという理由で逃げ、自分は楽しいことだけ享受することなどせんッ! 虫の取り付け。いいだろう。これは僕への挑戦と受け取ったッ!」


その声は凛々しく、まるで決闘に臨む騎士のような気迫。

周囲のメイドや執事たちも、おおー、と主人の言葉に感動した様子を見せていた。


実際とても立派な発言である。

これからやるのは単なる虫の取り付けであるが、嫌なことを進んでやろうとする姿勢はたいしたものだ。


「……高貴だからこそ嫌なことは他人にやらせるもんだと思ってましたが……まあピエール様がやるってんなら」


ゼノが少し呆れたような、しかし尊敬の念を込めた表情で木箱を差し出す。

ピエールは深呼吸をしてから、恐る恐る木箱に手を伸ばす。


その手は微かに震えており、本当に嫌がっていることがわかる。

そして指先で虫を摘まむと――。


「うおおッ! ゆ、指の中で虫が動く! うねうねしている!」


ピエールの声が悲鳴に近くなる。

全身に鳥肌が立っているのがよくわかる。

虫に触るのも初めてなのかもしれない。


そんなピエールにアレッタが冷静にアドバイスをした。


「ちょっと強めにつままないと動いて逃げますよ、虫」


「な、何ィ!? おのれ逃がすものかッ!」


だが、そのアドバイスは少し余計だったようだ。

ピエールが強く指に力を込めてしまった。


それを見てゼノはぽつりと言った。


「あ、潰れた」


「ぬおおおおおおおおッ!!!」


ピエールの絶叫が海原に響き渡る。


そこから先は、まさにドタバタ劇だった。

虫を落としては拾い、潰しては新しい虫を取り、針に刺そうとしては外れる。


その度にピエールは悲鳴を上げ、アレッタとゼノが励ましの声をかける。


「もう少しです、ピエール様!」


「頑張ってください!」


「そうです、その調子です!」


その様子を見て周囲のメイドや執事たちも、主人を応援する声援を送る。

まるで競技場の選手を応援しているかのような熱気が、船上に満ちていく。


そしてついに――。


「付けたぞ、虫を……!」


ピエールの声が、達成感に震えている。

付け外しを繰り返して虫はボロボロになっており、もはや原型を留めていない。


しかし確かに生餌が釣り針についていた。

歪な形ではあるが、餌としては機能するだろう。


「おめでとうございます! ピエール様!」


「……嫌なことをやり遂げる姿、ご立派です。本当に」


アレッタが心からの祝福を送り、普段口数が少ないゼノも感情を込めて言う。

二人の声には、本心からの尊敬が込められていた。


二人と、周囲にいるメイドや執事たちは一斉に拍手をする。

パチパチパチと響く温かい拍手の音が、ピエールの偉業を讃えている。


やったことは釣り針に虫を取り付けただけ。

客観的に見れば、慣れれば子供でもできる簡単な作業だ、たいしたことではない。

しかし嫌なことを率先して行い、最後までやり遂げた姿は確かに輝いていた。


「ははは、ありがとう。我ながらコツを掴んだ気分だ。次はもっとうまくやってみせよう!」


ピエールの笑顔は爽やかで、達成感に満ちていた。

その表情には、自分自身の成長を実感する喜びが浮かんでいる。

彼の宣言に、周囲の拍手は更に強くなる。


アレッタとゼノもすっかり馴染んでおり、メイドや執事たちに交じっても違和感がない。

この馴染みっぷりが継続雇用の要因なんだろうか、とメリアは思った。


ピエールは変人ではある。

だが、貴族であることを抜きにしても彼は高潔で誇り高い人物のようだ。


そしてスフィアは、その一部始終を見ていた。

自分と同じように虫を嫌がりながらも、人に頼らず自分でやり遂げたピエールの姿。


達成感に満ちた爽やかな笑顔。

周囲からの心からの称賛。


そして、スフィアは――。


「……悪い、なんでもねーわ」


スフィアが小さな声で呟く。

ピエールの姿を見て、弟分に嫌なことをやってもらおうとした自分がちょっと恥ずかしくなったらしい。


小さな身体を引き締めると、スフィアは意を決して木箱に手を伸ばす。

虫の取り付けという小さな挑戦に、スフィアもまた立ち向かうのであった――。


スフィアさんと旅するのは楽しそうですが、ピエールとの旅も楽しそうだなと思ってます。

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