進め! 飛べ! ピエール号!!
「わー、お久しぶりですアレッタさん」
「ゼノさんもお久しぶりです」
メリアが明るい声でアレッタに駆け寄り、ブルも大きな身体を少し屈めながら丁寧に挨拶する。
どちらも思わぬ場所で知り合いに会えて嬉しそうだ。
女性二人は楽しそうに笑い合い、男性二人は静かに頷き合う対照的な光景が微笑ましい。
そしてスフィアは率直に尋ねた。
「ピエールも久しぶりだなー。お前も豊漁祭目当てか?」
「如何にも! 聞けばこの時期にしか捕れない魚が味わえるというではないか。釣りというものもやってみたかったし、これは参加するしかないと思ってね!」
ピエールが以前と同じように大仰な身振りで答える。
貴族冒険者は保守的なのか、あまり遠出せず近場で活動するのがほとんどなのだがピエールは違うらしい。
珍しいものを見るのが好きなのだろうか、相変わらずの冒険心だ。
それに、どう見ても貴族のお坊ちゃんであるピエールは、魚釣りどころか生きている魚を見ることすら稀だろう。
魚釣りを楽しめるこの催しに興味津々というワケだ。
「あー、お前釣りしたことなさそうだもんな」
「まあね! そちらは?」
「メリアがここの商業連合の出身なんでな。里帰りがてらな」
「ほほう。行事に詳しいというわけか!」
スフィアの返答にピエールが興味深げな顔をする。
地元出身者がいるというのは、初めての場所を訪れる際には大きな安心材料となる。
一緒に行動するのもいいかもな、とスフィアが考えたところで、メリアが近況の報告がてらアレッタに尋ねた。
「アレッタさんたちはピエールさんの護衛をずっとやってらっしゃるんですか?」
以前会った時は一時的な雇用だと聞いていたが、一緒にいるということはその後も雇用関係にあるのだろうか。
メリアの質問にアレッタが嬉しそうに答えた。
「ええ。有難いことにあれから継続雇用契約を結んでいただいて……」
冒険者の栄達として、貴族の専属雇用となるのはよくある話である。
貴族の専属となれば依頼がなくとも高額の定期収入が入り、安定した生活が送れるのだ。
危険な依頼に命を懸ける必要もなく、ちょっとした護衛など決まった仕事をこなすだけで十分な報酬が得られる。
通常、第三位などの実力者がなることが多いが、第四位なども人柄を見込まれて雇用されることは珍しくない。
実力だけでなく、忠誠心や人間性も重視される職だからだ。
雇う貴族次第では汚れ仕事をする場合もあるが、善良なピエールに限って汚れ仕事はないはずだ。
冒険者としてのキャリアにおいて、これは大きな前進だろう。
「おー! 出世ですね! おめでとうございます!」
「まだ本契約じゃないんですけどね」
メリアが心からの祝福を口にし、アレッタが照れ笑いを浮かべる。
頬が少し赤くなり、謙遜しながらも内心では喜んでいる様子が見て取れた。
「ピエール様もちょっと変わってるけど良い方だし、このまま本契約になれたらいいね、ゼノ」
「ああ。……俺とアレッタは同じ孤児院の出でな。この前に姉さん……姉貴分のシスターに話したら喜んでくれていた」
ゼノが静かに語る。
その声には普段の寡黙さとは違う、温かな感情が込められていた。
ブルが興味深そうに聞き入る。
「へえ~」
「それまでは孤児院の依頼をこなしつつ手頃な依頼を受けていたんだが、それでは孤児院への仕送りも厳しくてな……」
ゼノの表情に少し苦労の色が浮かぶ。
世話になった孤児院に仕送りをして弟分や妹分たちの生活を楽にしたいが、経済的な現実との板挟みになっていたのだろう。
「孤児院の依頼?」
「いつも私たちが孤児の皆の護衛をして山菜を採りに行くんですけど、直近のはピエール様の護衛で行けそうになくて。幸い親切な街の冒険者さんたちが護衛をしてくれたそうで事なきを得ました」
アレッタが説明し、続いてゼノが補足する。
「これを機に街の冒険者に依頼を頼むそうだ。なんでも報酬に山菜料理を付けることで少しでも支出を抑えることにするとか」
「……どこかで聞いた話ですね……」
メリアが少し遠い目をする。
確か以前、自分たちが話と似たような依頼を受けた記憶があった。
世間は意外に狭いものである。
「それで姉さんが『こっちはなんとかするから栄達のチャンスを逃すな』って。姉さんも大変なのにこっちを気遣っちゃって」
アレッタの声が少し震える。
姉代わりのシスターへの愛情と感謝が感じられる。
「良いお姉さんですねー」
ブルが感心したように言う。
家族の絆の温かさに感銘を受け、彼はうんうんと頷いている。
そして、話がひと段落したところでスフィアが話題を変えた。
「そういやピエール。お前も当日受付組か?」
「そうだね。釣竿も船もある。君たちも一緒に行くかね?」
ピエールが提案する。
豊漁祭は別に釣果を競うイベントではないし、一緒に行動するのは良いだろう。
しかし。
「そりゃいいが……船ないじゃん」
スフィアが周囲を見回す。
そう、確かにピエールの馬車はあるが、船らしきものは見当たらないのだ。
「あるさ。見ていたまえ!」
ピエールが自信満々に宣言。
何か大きな秘密を明かす直前にも思える高揚感を感じる。
そして宣言と同時に、執事たちとメイドたちが一斉に動き出す。
どこからともなく楽器を取り出し始める彼らの動きは、まるで訓練された軍楽隊のようだ。
トランペット、トロンボーン、ドラム、ヴァイオリンetc……。
様々な楽器が次々と現れ、瞬く間に即席のオーケストラが形成される。
どこに隠していたんだ、そんな楽器。
そして一組の執事とメイドが前に出て、歌い手の位置につく。
同時に流れ始める熱いイントロダクション。
力強いドラムのビート、高らかに響くトランペット、疾走感のある美しいヴァイオリンの音。
まるで英雄譚の主題歌のような壮大な音楽が港に響き渡った!
「さあ! 我が愛しき馬車ピエール号! 変形だ!!」
ピエールが天を指差しながら叫ぶ!
その声は音楽に負けじと朗々と響き、スフィアたちが思わず顔を見合わせる。
――変形? なにそれ。
その瞬間だった。
豪華な馬車――ピエール号の後方で、突如として激しいジェット噴射が巻き起こる。
轟音とともに青白い炎が噴き出し、馬車全体が浮き上がり始めた!
「うおおおっ!?」
スフィアが驚愕の声を上げると同時に馬車は弧を描きながら空中を飛翔し、大海原へと射出される。
その軌跡は美しく、さながら海原に飛び出す流星のよう。
そして流れるテーマソング。
執事とメイドの歌い手が、力強く歌い上げる――!
◆◆◆◆
ピエール号のテーマ
「ロイヤル・チェンジだピエール号!!」
大地を蹴り上げ 走りゆくのだ
豪華絢爛 ピエール号
(ピエール!)
ガラスの窓 黄金の車輪
この旅路に 終点は無い!
だけど見てくれ あの海の青さ
馬車じゃ行けない 広がる大洋
(WOW WOW)
常識なんて シルクのハンカチのように飛ばせ!
今こそ見せろ その姿を!
変形!
海原だろうと止まらない!
今こそ 大海を行く船となれ!
(ピエール! ピエール!)
進め! 舵を取れ! 波を斬り裂け!
進め! 帆を張れ! 嵐を乗り越え!
勇者を乗せて海を越えて!
豪華絢爛! 我らが ピエール号!
ピエール号は!
(ピエール!)
どこまでも進む!
(進む!)
永遠に!
◆◆◆◆
歌が最高潮に達する中、空中の馬車が次々と変形していく。
車輪が折りたたまれ、車体が展開し、マストが立ち上がる。
金属同士がぶつかり合う音、魔法陣が発光する光、そして機械仕掛けの精密な動作。
全てが完璧なタイミングで進行し、まるで魔法と技術の結晶のような変形が完了していく。
そして歌と曲が終わると同時に、完全に船の姿となったピエール号が海面に着水。
水しぶきが優雅に上がり、陽光を受けて虹色に輝いた。
さっきまで確かに馬車だったものが、今は立派な外洋船として海に浮かんでいる。
装飾の施された船体、高く掲げられたマスト、美しい帆。
――どこから見ても一流の船がそこにはあった。
スフィア、ブル、メリアの三人は、まるで宇宙を見た猫のような表情で立ち尽くしている。
口はぽかんと開き、瞳は驚愕で見開かれ、思考が完全に停止していた。
「………………」
一方、アレッタもゼノも演奏を終わらせた執事やメイドたちに交じって、何事もなかったかのように船に普通に乗り込んでいく。
流石は継続雇用関係。
このような状況に、完全に慣れている姿だ。
「さあ行こう。友たちよ!」
ピエールが爽やかな笑顔で三人に手を差し伸べる。
その表情は、素晴らしいものを見せた! とばかりの輝くような笑顔だ。
――ツッコミどころは山ほどある。
馬車がなんか射出していったこと。
馬車が船に変形すること。
それを歌とともに演出すること。
執事とメイドたちの完璧な演奏技術。
そして何より、これを当たり前のように受け入れている同乗者たち。
だがこれらは、三人の理解の許容限界を完全に超過していた。
脳が処理できる情報量を大幅にオーバーフローし、もはやツッコむ気力すら失われている。
「……そだな」
「……うん」
「……そう、ですね……」
スフィアが力なく頷き、ブルも同様に従い、メリアも諦めたように答える。
――なんか、もう、なんかどうでもいいわ。
三人の思いは一つとなる。
そしてツッコミは完全に放棄されたまま、船となったピエール号は、豊漁祭の参加者たちを乗せて大海原へと乗り出していくのであった――。
ロボにしようかとも思いましたが、ロボは流石に世界観から脱線するのでボツに。
船ならギリギリ許容範囲内です。




