メリアと父親の商談
「ともあれ、娘のお仲間という事で今後ともご贔屓に。必要なものがあれば用立てますよ……っと」
ロゼが商人らしい営業トークを口にしかけた時、その視線がスフィアの背中に向けられた。
わずかに眉が上がり、美しい顔に微かな驚きの色が浮かぶ。
メリアが父親の表情の変化に気づいて首を傾げる。
「どうしたのお父さん」
「いや……」
ロゼの瞳が捉えたのはスフィアの背負う純白の剣だった。
長年商人として様々な品物を扱ってきた彼の目には、スフィアの背負う剣がただの剣ではないことがわかる。
剣から漂う独特の雰囲気、研ぎ澄まされた美しさ、そして何より滲み出る格の高さ。
「スフィア様、でしたか。その剣を少々拝見させていただいても?」
「ん?いいぜ。ほい」
メリアの父親であることもあり、スフィアは何の疑いもなく剣を背中から外し、ロゼに手渡す。
まるで本人が剣の価値が全く分かっていないような扱いだ。
実際問題、まるでではなく本当に全く分かっていないのであるが。
「では失礼して……」
ロゼは剣を受け取ると、慎重に鑑定を始める。
まず重量バランスを確かめ、次に刃の状態を目を凝らして観察する。
指先で柄の材質を確かめ、全体の造形美を品定めしていく。
その表情は真剣そのものだ。
美しい顔に集中の色が浮かび、商人としての経験と知識を総動員して剣の価値を測ろうとしている。
(とんでもねえ業物だな……一介の冒険者が持つ剣じゃねえぞ。剣身以外は普通だが……)
ロゼの心の中に驚愕が広がる。
この剣の真価は、おそらくスフィア自身も理解していないだろう。
しかし確実に言えるのは、これが途方もない価値を持つ逸品だということだ。
(もし、仮にこいつを上手く転がせば物凄い財産に……)
一瞬、商人としての本能が頭をもたげる。
このような業物を適正価格で取引できれば、それこそ一生遊んで暮らせるような利益が生まれるだろう。
だが、ロゼはすぐに自分を戒めた。
(いや、ダメだな。扱いきれそうにねえ。そもそも娘の仲間の持ち物で皮算用なんざどうかしてる)
商人として成功してきた彼だからこそ、手を出すべきでない品物の見極めもできる。
そして何より、娘の仲間を相手に悪どい商売などできるはずもない。
「どした?」
ロゼの表情があまりにも真剣だったゆえに、スフィアが不思議そうに尋ねる。
自分を見るスフィアに対し、ロゼは内心を悟らせず穏やかな微笑みを浮かべながら剣を返した。
「――いえ、とても良い剣ですね。大事にした方がよろしいかと」
その表情からは先ほどまでの複雑な感情は読み取れない。
メリアは先ほどの父の心情を知ってか知らずか、ぽつりと呟いた。
「やっぱり凄い剣なのかなあ」
目利き鑑定はロゼの方が上らしく、彼女には剣の真価までは見抜けないようだ。
そのあたりはまだまだ発展途上といったところだろう。
そして、メリアはふと思い出すように、ここに来た本来の目的を口にした。
「そうだお父さん。こっちのブルさんの鎧を見繕って欲しいんだけどどうかな?」
先ほどまで考えていたスフィアの剣のことは振り切り、ロゼはブルの巨体を改めて見回し、考え込むような表情を見せた。
「ふむ。重戦士……となるとひょっとして」
何かを思いついたようで、ロゼは机の上の小さなベルを鳴らす。
澄んだ音色が応接間に響き、すぐに従業員の女性が現れる。
「お呼びでしょうか」
「ああ。例のあの鎧をここに」
「かしこまりました」
従業員は一礼すると、足音を立てずに部屋から出ていく。
メリアが首を傾げる。
「あの鎧……?」
しばらくすると、従業員が荷台に載せた巨大な物体を運んでくる。
それは黒い布に覆われており、中身は見えないが相当な重量があるようだ。
従業員が布を取り除くと、そこには漆黒の巨大な重鎧が鎮座していた。
「うお……」
スフィアが思わず声を漏らす。
その鎧は確かに立派だが、同時に禍々しいほどの威圧感を放っていた。
全身を覆う厚い装甲は深い黒色に輝き、まるで闇そのものを纏ったような印象を与える。
肩当ては鋭角的で、胸当ては威圧的な厚みを持っている。
兜は獰猛な獣のような造形で、見る者を威圧するデザインだ。
「見た目はこれですが、呪われているわけではないのでご心配なく」
ロゼが苦笑いを浮かべながら説明する。
よく知らなければ呪いの装備にも見えそうな威風の鎧なので無理もない。
「……これ、アダマンタイト?」
「ああ。全部位にアダマンタイトを惜しみなく使ってる」
メリアの声にロゼが誇らしげに説明する。
――アダマンタイト。
重厚な漆黒が特徴的な魔法金属だ。
ミスリルを凌ぐ魔法に対する親和性を持ち、様々な魔法を刻んで強化できる素材として知られている。
その硬度は他の金属の追随を許さないが、代償として物凄い重量を持つ。
金属としては人の使う武器や防具より、拠点防衛用などの兵器等の方が適性が高い。
この鎧は重鎧としては対物理、対魔法ともに完成度が高く作られているが、同時に装備者に相当の筋力が必要となる鎧であった。
「うわー、かっこいい!」
ブルが目を輝かせて鎧に近づく。
彼はこういった威圧感ある鎧が好みだった。
トゲトゲとか、角とか、漆黒とかかっこいいじゃん。
「……そうか?」
スフィアの美的感覚では、この禍々しい外見はあまり好みではないらしい。
「先に申し上げた通り、希少金属のアダマンタイトを惜しみなく使った逸品です。物理防御に加え、魔法にも強く、喰らった衝撃も分散してほぼ通りません。問題は重量ですが、ブルズウルグス様の体格であれば使いこなせるかと」
「へえー、よさそう」
ロゼの説明に、ブルは興味を惹かれて興味深そうに鎧を見回している。
見た目も気に入り、実用性もあるという事でかなり好印象だ。
「……でもお父さん、これお高いんじゃないの?」
メリアが当然の疑問を抱いた。
アダマンタイト製となれば、相当な価格になることは想像に難くないからだ。
「そうだな……大特価で金貨2000枚でどうだ?」
「金貨……えーと」
スフィアは指を折って計算しようとする。
確かここに来る途中に見た鎧――上質なミスリルの全身鎧で金貨500枚だった。
「たっけえ!?」
「やっす!?」
だが、スフィアが声を出すのと同時にメリアの声が響く。
「え、安いの?」
ブルはアダマンタイトの相場がわからないため、安すぎて驚くメリアに尋ねる。
ブルからすれば金貨2000枚は法外といってもいい値段に見えるのだが。
「目玉が飛び出るほど安いですね。半額以下かな? ……何か事情でも?」
メリアの鋭い指摘に、ロゼの表情が悪戯っぽく変わった。
娘の商人としての成長を試すように意地悪な笑みを浮かべている。
「当ててみ」
「むむむ」
メリアは立ち上がると、鎧の周りを歩き回って詳細にチェックし始めた。
傷や欠陥がないか、隠れた問題があるのではないかと、注意深く観察している。
装甲の継ぎ目、金属の質感、魔法の刻印の状態。
あらゆる角度からメリアは鎧を検分する。
「鎧に問題は……ないのかな?」
しかし、いくら調べても明確な欠陥は見つからないらしく、メリアの表情に困惑の色が浮かぶ。
「まあな。買うか? 買わねえか? どっちか答えたら安い理由教えてやるよ」
ロゼが挑戦的な笑みを浮かべる。
娘の判断力と決断力を試しているのだろう。
メリアは長い間悩んでいたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「……買います!」
力強い宣言だった。
その声には迷いはなく、鎧の出来を見て買うべきと告げる己の直観に従うことにしたようだ。
この鎧、良い仕事してますね!
娘の決断に、ロゼが満足そうに頷いた。
「まいどあり。金は一括が難しければローンでもいいぜ?」
「いいよ。一括で払うから」
メリアはそう言うと、ブルの持っていたカバンから金貨の詰まった大袋を二つ取り出し、ドン!と机の上に置いた。
重い音が響き、金貨同士がぶつかり合う音が小さく聞こえる。
「こりゃまた。お前も相当稼いでやがるなあ」
ロゼが感心したような声を上げる。
メリアが商人としてこの金額を荒稼ぎしていたことに誇らしさを感じているようだ。
とはいえ、彼女の本業は商人ではなく冒険者なのだが。
この資金は普段からの堅実な貯蓄と、鶏肉料理イベントでの大成功による荒稼ぎの成果である。
この女、冒険者としての稼ぎより商人としての稼ぎのが多い。
「まあいい。ローンより一括の方が取引も簡易で済むし、こっちとしちゃ助かるしな。寸法を合わせていこう」
「それより安い理由教えてよ」
メリアが催促するように父親を見つめる。
鎧が問題ないように見えるのに、何故か安い理由をはっきりさせておきたいらしい。
「ん? 単純だぜ。移転予定の魔法国メギストスじゃアダマンタイトの鎧なんてもんは売れねえんだ」
「そうなの?」
「あっちの騎士は飛行魔法をよく使うんだが、鎧が重いと余計な魔力使うってんで軽いミスリルが好まれる。重い鎧に需要はねえな」
なるほどー、と三人は納得した。
空を飛ぶのにアダマンタイトの重い鎧は、そりゃ需要が無いのは当たり前である。
「ついでに言えばこんなデカい体格の重戦士なんてそうそういねえ。在庫抱えるのも嫌だしこの機に手放しておきたかったんだ。娘の仲間だし色を付けたのもある。な? 単純な理由だろ」
ロゼの説明に、メリアは苦笑いを浮かべた。
「言われてみればそうなるかあ……」
娘の仲間だからという理由を除けば、需要と供給、移転――つまり店側の都合という価格設定だった。
そういう事情が裏にあれば、なるほど納得できる話だ。
しかし自分では思いつかなかった視点に、少し悔しさも感じているようだ。
「お前はもうちょい視野を広げた方が良いぜ。注意を払う必要があるのは品だけじゃねえぞ? ま、今回はちょっと意地悪だったかもしれねえがな」
「むう」
商品の品質を把握する力はあれど、市場の動向や商品の需要の変化を読む力はまだまだということだ。
商人として大成するには、そういった裏を読む力もまた必要なのだろう。
――重ねるが、メリアは商人ではなく今は冒険者なのではあるが。
「着てみたよー。見て見て」
そんな時、ブルの声が響いた。
振り返ると、そこには物凄く禍々しい立派な鎧を着た、まるで牛頭の邪悪な騎士のような姿のブルが立っていた。
「うわ。雰囲気出てますね」
「うはははは! 物語の魔王軍の将軍みてえ!」
メリアは感嘆し、スフィアが腹を抱えて笑っている。
スフィアの言う通り今のブルは邪神に仕える騎士や、魔王軍の幹部のような容貌となっていた。
しかし当の本人は大変満足そうで、鏡に映る自分の姿を嬉しそうに見つめている。
鎧はとてもお気に召したようだ。
「大変良くお似合いですよ、本当に」
「へへへ」
ロゼの言葉にブルは照れたように笑う。
実際、ロゼの言葉は割と本音である。
まあ方向性がスフィアの言う通り物語の悪役方向としてではあるのだが。
「多少サイズ調整をして納品とさせていただきますね。三日後でどうでしょう」
「あ、はい。お願いします」
ブルが丁寧に頭を下げた時、本来の目的を忘れかけていたのだろうスフィアが思い出したように口を開く。
「そーだ。メリアの父ちゃんよ。豊漁祭に使う釣竿も欲しいんだ」
「ああ、先ほども言っておられましたね。一括払いで鎧をご購入していただきましたし、ウチで扱っている高級釣竿の値段も勉強させていただきましょう」
「おー、助かるぜ」
ロゼの言葉にスフィアが嬉しそうに答える。
「その代わり、今後とも我がマーガレット商会をご贔屓に」
ロゼは片目をウインクしながら、ちゃっかりと自分の商会の宣伝も忘れない。
美しい容姿と相まって、その茶目っ気を出す姿は世の女性が放っておかないだろう姿だ。
――大きな娘がいる年齢のはずだが、この男はいったい幾つなのだろうか。
「いいぜ! メリアの家だしな!」
スフィアも快く承諾する。
満面の笑みで、尻尾が機嫌良さそうに動く。
こうしてスフィア一行は、目的のブルの鎧と釣竿を手に入れることとなる。
商業連合での買い物は、思いがけないメリアの家族との再会という形にて完了したのであった――。




