マーガレット商会
少し落ち着いてから、改めて自己紹介の時間となった。
商会の奥にある応接スペースで、四人は木製のテーブルを囲んで座っている。
ロゼが淹れてくれた茶の香りが立ち上り、先ほどまでの混乱も少しずつ和らいでいた。
「というわけで、こちらがうちのお父さんです」
「メリアの父のロゼと申します。娘がお世話になっているようで」
メリアの紹介にロゼが丁寧に頭を下げる。
客商売用の上品な商人としての顔でスフィアとブルに丁寧に接する。
「いや、まあ、うん。むしろお世話になってんのこっちっつーか」
スフィアが慌てたように手を振る。
そして、ふと思い出したようにスフィアがメリアに質問を投げかけた。
「なあメリア。おまえん家、商会潰れたっつってなかったっけ?」
「そうそう。グランディア商会? だっけ?」
ブルも記憶を辿るように付け加える。
メリアは三人とパーティーを組むことになった日、確か実家のグランディア商会が借金で潰れたようなことを言っていたのだ。
「そうだよお父さん。マーガレット商会って何? お母さんの名前じゃん」
メリアがロゼを見つめる。
どうやらマーガレットとはメリアのお母さん――ロゼの妻の名前らしい。
「良い名前だろ?」
そういう話ではない。
「良い名前っていうか……お母さんの許可取ってるの?」
「取ってるわけねえだろ? 内緒だ内緒」
まさかの無許可であった。
名前の権利とかどうなっているのだろう。
だが花の名前でもあるため、いくらでも言い逃れできそうなのがいやらしいところだ。
「……お母さん怒るよ?」
「ははは、それは構わねえよ。マーガレットは怒った顔も可愛いからな」
「あれを可愛いって言い切るお父さんはどうかしてると思う」
メリアは呆れ、ロゼは楽しそうに笑う。
どうやら商会の名前の件は、ロゼの妻に対する溢れる愛情が暴走したのが原因のようだ。
ロゼの妻にしてメリアの母であるマーガレットが知ったらどうなるのか――それを知るのは少し未来のことなので、ここでは一旦置いておこう。
「ともあれ順を追って話そう。グランディア商会時代にアホみたいな運の悪さで破産したのはお前も知ってるよな?」
「うん。買った島が五十年くらいで水没する島だったんだよね」
そう、メリアが聞いた話によれば、当時商業連合を商業圏としていたグランディア商会。
それが更なる飛躍を遂げようとして商業連合で唯一の土地持ちになるべく、全財産賭けて大きな島を買ったところ――実は地盤沈下しやすい土地であり、五十年後にはほぼ海に沈む土地だったとのことだ。
まさに太陽に向かって飛んだら羽根が燃えた、というような話である。
「あん時は思わずマーガレットと爆笑したなあ。どんな運の悪さだよ!ってな」
土地の測量技術さえありゃあなあ!とロゼは笑う。
海上都市である商業連合には土地の正確な測量技術はなく、そもそも海に沈む土地があるなど当時は想像もしていなかったのだ。
「剛毅な親父だなあ……」
「一緒に笑えるお母さんもね……」
普通なら絶望するような状況で笑い飛ばせる夫婦が強すぎる。
メンタルがオリハルコンかな?
「その直後、お前が金持ちの変態オヤジを吟味して嫁入りしようとしてたの知った時は流石に俺もマーガレットも笑いが引っ込んだがな」
「大変申し訳ありませんでした」
メリアが深々と頭を下げた。
オリハルコンのメンタルが砕けるほどの衝撃だったらしい。
まあ最愛の娘が借金返済するべく、自分から金持ち変態貴族の吟味をしていたら真顔にもなるだろう。
「借金コンパクトにしたらしたで飛び出していっちまうしなあ……誰に似たんだその行動力」
ロゼがため息をつき、ブルとスフィアが小声で会話を交わす。
「お父さん似かな」
「いや一緒に爆笑してたっつう母親似かもしれねえな」
母親とはまだ会っていないが、聞く限りどっちに似ててもおかしくはない。
「んで、あれが二年前か? 同じくらいの時期にマーガレットが魔法国に資金稼ぎに行ってな。一旦商会を破産させた後に、そこの金を元手に『立て直した』」
さらりとロゼは言うが、一度ダメになった商会を一から再度立て直す時点で、かなりの離れ業である。
「立て直したって……借金で縁切られてたじゃん」
「知らねえのかよメリア」
ロゼがニヤリ、と少し得意げな表情を見せる。
「金の切れ目は縁の切れ目だが、金で繋がってた縁は金で再構築できるんだぜ?」
「お、おう」
そういうものなんだろうか。
しれっと言うが、並みの技量ではこうはいくまい。
スフィアとブルは顔を見合わせる。
(メリアの親父だなあ……)
(言い回しそっくり)
二人の心の声が重なった。
「ま、再構築できたのは6割程度だったが上々だろ」
ロゼが満足そうに頷く。
「そんでまあ色々こねくり回して現状マーガレット商会は運営してるわけだ。近々魔法国メギストスに拠点を移す計画もしてる」
「ん? なんで?」
メリアが首を傾げる。
順風のように見えるが現状で何か問題でもあるのだろうか。
「前のグランディア商会の名前がデカすぎてなあ……商会でっちあげるにはよかったが、運営し続けるには警戒されててやり辛えんだよ」
メリアは思い当たる節があるのか「あー」と声を出す。
「商業連合でも大きめの商会だったもんね……」
「妬みとかも多かったしなあ」
ロゼがため息をつく。
「ここで大きめだったのかよ」
「思ってたより凄い実家だったね」
スフィアとブルが驚きの声をあげる。
それなら、三人が初めて会った日にメリアが得意気に実家のグランディア商会の名前を出したのも頷けるというものだ。
まあ、辺境の田舎者二人には特に効果を発揮しない名前ではあったが。
かつて商業連合でも大きい商会が没落したと思いきや、名前を変えて再スタートし業績をどんどん上げていく。
それはライバル商会たちも気が気ではないだろう。
「商会でっちあげる前から拠点移す予定でな。マーガレットには先行してもらって売れ筋とか調べてもらってんだよ」
「へー……ところで資金稼ぎって何してんのお母さん」
メリアが興味深そうに尋ねる。
「カジノ荒らし」
ロゼはあっさりと合法だが合法っぽくない業態を明かした。
思わずメリアの表情が心配そうになる。
「え、お母さん大丈夫なのそれ」
「昔からあいつ博打に強かったからなあ……地元のギャンブラー相手に無双してるらしいぞ」
ロゼ曰く、たまに届く手紙には妻マーガレットの武勇伝が書いてあるという。
イカサマ使いのイカサマを見破り、己はイカサマを使わず堂々と勝負し、颯爽と勝利する様に惚れ込む男たちが多くいるようだ。
誘いがあっても既婚者だと断っているようだが、それでもと言い寄る男が多いらしい。
しつこいマナー知らずの男はギャンブル勝負を持ち掛け、勝って素寒貧にしたうえで叩き出すというから凄まじい。
まさに『女傑』という言葉が相応しいだろう。
「魔法国メギストスはマーガレットの故郷でもある。外国からの参入じゃなく、妻の地元に帰郷して事業展開って筋書きにするわけだ。これなら普通に事業展開するより反発は少なくなるだろ。ついでにマーガレットは賭場に出入りする貴族相手に派手に顔を売って縁を作る。初期の人脈作りもばっちりだ」
なるほど、妻の出身地というアドバンテージを利用するわけだ。
その場合、現地の信頼構築が容易になり、様々なリスクを回避できるという見込みだ。
そしてカジノを派手に荒らすことで賭場に出入りする貴族に顔を覚えさせ、お得意様になりえる高位貴族との渡りもつける。
商業参入は極めて容易となるだろう。
「つまりだ。マーガレットがギャンブルで現地の連中と縁を繋ぎつつ稼いだ金で新しい商会を興して再スタート。軌道に乗ったところで拠点を魔法国メギストスに移して、事前に調べた需要に沿って商業連合から再構築した縁で商品を仕入れて売り捌くと、そういう戦略だな」
ロゼはテーブルの上で湯気を立てる茶に手を付ける。
その姿は子持ちの男とは思えぬほどに美しく様になっている。
「嫁さんの博才に頼ってる時点で策としちゃあ下の下だが、借金まみれから脱却するなら手段選んでいられねえし、こんなもんだろ」
一流商人かくあるべし。
パッと見では合理的だがその実ぶっ飛んだ策を軌道に乗せているあたり、この男の商才は並ではない。
妻の博才に頼るあたり確かに完璧な商業戦略でこそないが、追い詰められて限られた選択肢の中では最善手、と言ったところだろう。
「なんていうか……凄いね」
「メリアの親父だなあ……」
ブルは驚き、スフィアが納得したように頷く。
それにしても、ここの親子三人の精神力と行動力が凄まじすぎる。
これは前の商会が大きくなるわけである。
メリアは呆れて言葉もなく、天を仰いでため息をついているが、スフィアとブルは改めて血の繋がりの強さを感じ取る。
冷静さ、現実を受け入れる強さ、そして商才に、いざという時の思い切りの良さと度胸。
メリアの人格を形成する要素が、両親から確実に受け継がれていることを理解したのだった――。
間違いなくメリアさんの父親。
母親についてはまたいずれ。




