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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第五話 商業連合と豊漁祭

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冒険者ギルドでの攻防と豊漁祭

冒険者ギルドは今日も活気に満ちていた。


床に響く冒険者たちの足音、木製のテーブルで酒を酌み交わす戦士たちの笑い声、依頼書を吟味する魔術師の呟き声――様々な音が混じり合い、ギルドの賑わいを作り出している。


しかしその日常的な光景の中で、異様な緊張感を漂わせる一角があった。


受付カウンター前で、二人の人物が静かに対峙している。


「ふふふ、タマちゅあ~ん♡ 警戒しなくても大丈夫でちゅよ~♡」


猫好きの受付嬢マチルダが、人懐っこい笑顔を浮かべながらゆっくりとスフィアに近づいている。

彼女の瞳は完全に猫を見つめる愛好家のそれだ。


一方、猫獣人スフィアは明らかに警戒態勢を取っていた。


三角の耳がぺたんと後ろに倒れ、尻尾は緊張で真っ直ぐに立っている。

小さな身体を低く構え、いつでも逃げ出せる態勢だ。

灰色の毛並みが逆立ち、金色の瞳は鋭く光っている。


「信用できねえ……!」


スフィアの声は警戒心に満ちていた。

後ずさりしながら、マチルダとの距離を保とうと必死になっている。

その様子はまさに野良猫が人間に警戒している様を思わせる。


「警戒してる姿もきゃわゆいけど、今日は警戒しなくても大丈夫でちゅよ~♡」


マチルダの声は甘く、目尻が下がりっぱなしだった。

彼女の顔は完全に緩んでおり、スフィアの警戒する姿にさらに愛らしさを感じているようで、じりじりと距離を詰めてくる。


「いいや、警戒するね。以前そう言って近づいたら抱きしめられたからな……!」


スフィアの声には明らかなトラウマが感じられ、小さな手を前に突き出して見えない壁でも作るように動かす。


「あ、一回は騙されたんですね」


「スフィア兄さんは素直な性質だからね」


メリアは少し離れた場所で状況を見守っており、ブルも大きな身体を少し屈めて二人の様子を見ている。


いつものようにその巨躯からは想像できないほど優しい表情で、まるで子供の喧嘩を見守る大人のような雰囲気だ。

一応彼が弟分なのだが。


「ええ~、悲しい~。じゃあそんなタマちゃんには……」


マチルダが演技がかった悲しそうな表情を浮かべる。

しかし、その目の奥には何やら計算高い光が見えた。

彼女は後ろ手に何かを隠し持ちながら、ゆっくりとそれを前に持ってくる。


「これあげまちゅね~♡」


彼女が差し出したのは、魚の干物と煮干しだった。


干物は美しい飴色に仕上がっており、良い匂いがふわりとギルド内に漂う。

煮干しも小さいながら艶やかで丁寧な作り。

どちらも上質な品物のようだ。


それを見たスフィアの表情が一変する。


「……」


警戒していた表情が緩み、口元からよだれが垂れ始める。

金色の瞳が魚の干物に釘付けになり、鼻がひくひくと動いている。

三角の耳がぴくぴくと反応し、尻尾が小刻みに震え始めた。


そして、まるで磁石に引き寄せられるように、ふらふらとマチルダに近づいていく。


「意志よわっ」


「食い意地に負けたね」


メリアの突っ込みが容赦なく飛び、ブルも困ったような笑みを浮かべながら呟く。

大きな手で頭を掻きながら、兄貴分の情けない姿に苦笑いしている。


スフィアは魚を受け取ると遠慮なくはぐはぐと食べ始めた。


小さな口で一生懸命に咀嚼しており、時折「んー」という満足そうな声を漏らしている。

干物の塩加減が絶妙なのか、表情が蕩けそうになっていた。


マチルダはそんなスフィアの頭を優しく撫でている。


彼女の手は慣れた動きでスフィアの頭や耳の後ろを撫でており、猫の扱いに長けているようだ。

その表情は至福に満ちており、念願が叶った喜びに震えていた。


スフィアは一瞬だけちらりとマチルダを見たが、食べている間くらいは良いと判断したのか、特に抵抗することなく食事を続けている。

その姿は完全に飼い猫のそれにしか見えない。


「今日は戦略的に来ましたね」


「いつもの追いかけっこはギルドの体面悪いって怒られたらしいよ」


メリアの呟きにブルが小声で解説する。

そして二人は以前の騒動を思い出して同時に苦笑いを浮かべた。


しかし、メリアの表情が急に真剣になった。


「とはいえ、あれはいけませんね。ちょっと行ってきます」


「うん?」


彼女は立ち上がり、スフィアの元へ向かう。

その足取りは何やら毅然とした大人のようだ。


ブルは首を傾げながらメリアの後を見送った。


そしてメリアはスフィアの隣に立つと、まるで母親が子供を叱るような口調で話し始めた。


「こら、スフィアさん。ダメですよ物を貰ったらお礼言わないと。すみませんねマチルダさん。こんなものをいただいてしまって」


「いいえ~。いいのよ、タマちゃん……スフィアちゃんのためだもの。ね~タマちゃん♡」


マチルダは嬉しそうに答えながら、まだスフィアの頭を撫で続けている。

その表情は至福に満ち、実に楽しそうだ。


スフィアは魚を咀嚼しながら、口の中に食べ物が入ったまま答える。


「んぐんぐ……ありがとな……もぐもぐ」


その様子を見ていた周囲では、様々な視線が注がれていた。


ブルは心の中で(お母さんかな?)と素直な疑問を抱く。

どう見ても子供を躾ける母親のようだ。


また、周囲の冒険者たちも似たような感想を抱いていた。


(母ちゃんみてえ)


(ママみある)


(メリアママァ……)


最後の冒険者の思考は明らかに危険だったが、幸いにも心の中に留まったため事なきを得た。

口に出してたらヤバかったぞ、運がよかったな。


「まだいくつかあるから持っていってね。じゃあねタマちゃん♡ またね♡」


マチルダは小さな包みをスフィアに渡しながら手を振る。

その笑顔は満足げで、今日の成果に大いに満足しているようだ。


「おお、ありがとな」


スフィアも包みを受け取りながら、珍しく素直にお礼を言う。

魚効果で機嫌が良いのか普段のぶっきらぼうさが影を潜めている。


「いっぱいもらったからって食べ過ぎたらダメですよ。スフィアさん」


「はーい」


メリアが母親のような口調で注意し、スフィアの返事も素直である。

そして周囲は再び「親子みたいだ」と感想を抱くのであった。



◆◆◆◆



ギルドからの帰り道は、午後の陽光が石畳を暖かく照らしていた。


街の通りには商人たちの声が響き、荷車が石畳の上を転がる音が聞こえてくる。

建物の隙間からは洗濯物が風に揺れており、日常的な街の風景が広がっていた。


三人は並んで歩きながら、のんびりと会話を楽しんでいる。


「兄さんよかったね。この辺内陸だから魚は珍しいでしょ」


「だなー」


ブルが大きな歩幅を小さくして、二人に合わせながら話しかけ、スフィアは包みを大事そうに抱えながら、上機嫌で歩いている。

時折包みの匂いを嗅いでは、満足そうな表情を浮かべていた。


「やっぱりスフィアさん魚好きなんです?」


メリアが興味深そうに尋ねる。

彼女は歩幅を小さくして、一番小柄なスフィアに合わせながら歩いていた。


「そうだな。村にいたときは近くに湖も川もあってよ。川魚をよく食べたもんだぜ」


スフィアは懐かしそうに語る。

故郷の美味しい思い出に浸りながら、よだれを垂らしそうな表情だ。


「しかし干物や煮干しもいいけど、久々に焼いた魚とかも食いたいもんだ」


そう言いながら、スフィアの目が遠くを見つめる。

想像の中で焼き魚の匂いを思い浮かべているのか、鼻がわずかに動いている。


ブルは歩きながら呟いた。


「でもこの辺内陸だしねえ……王都に港あるらしいけど魚は出回らないのかな?」


「港があるからといって、必ずしも魚が手に入るわけじゃないんですよ」


 メリアが得意げに人差し指を立てて解説を始めた。


「この国唯一の港である王都港は、観光と交易に特化しているんです。他国の船や貴族の出入りが激しいから港湾利用は厳格に管理されていて、許可された少数の漁船しか出港できないそうで」


「へえ、世知辛いねえ」


「その数少ない漁船が獲った魚も、王宮や貴族、一部の高級料理店に卸されて終わりです。一般市場や地方にはまず出回りませんね」


港のキャパシティには限界がある。

大型の貿易船や外交船が頻繁に出入りする重要拠点で、無数の小型漁船が活動すれば事故のリスクや航路の混雑を招くだろう。


『国で唯一の港』かつ『王都』であれば、国益に直結する交易や外交を優先するのは理にかなった都市計画である。


「川魚はねえの?」


スフィアが首を傾げるが、ブルが首を振る。


「たくさん魚が獲れるような大きな川もこの辺には無いかな。遠出すれば海には行けるらしいけど」


その言葉を聞いた瞬間、メリアの表情がぱっと明るくなった。


「じゃあ行きます? 海。時期もちょうどいいですしね」


「え、海?」


「時期?」


スフィアが驚いたような声を上げ、包みを抱えた手が一瞬止まる。

ブルも首を傾げながら大きな身体を少し屈めて、メリアの説明を聞く態勢に入る。


「そろそろこの時期、私の故郷の商業連合で『豊漁祭』ってのをやるはずなんです」


メリアの言葉にスフィアとブルが顔を見合わせる。

石畳の向こうに見える街の出口が、まるで新たな冒険への入口のように見えていた。


次なる舞台はメリアの故郷たる海上の街、商業連合へ――。


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