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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第四話 鶏肉料理の味比べ

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勝敗判定

会場を包む静寂の中、観客席がざわめいている。

期待と緊張が入り混じった空気が流れる中、審査員席だけは神妙な雰囲気に包まれていた。


七人の審査員が最後の検討を行っている。

冒険者風の男性は腕を組んで深く考え込み、若い女性は手帳にメモを取り直しており、獣人の審査員たちも、それぞれが真剣な表情で両方の料理の余韻を味わっていた。


「さあ、双方を食べ比べ、今判定が始まろうとしております!」


メリアの張り上げた声が大広場に響く。


ロイラは料理台の前で穏やかに微笑みながら審査員席を見守っている。

どんな結果でも受け入れるという心構えで臨むようだ。


「勝利の女神は、果たしてどちらに微笑むのかッ!」


一方のグラーノは勝利を確信した笑みを浮かべている。

極楽鳥という高級食材を使い、貴族の料理技術を惜しみなく注いだ自分の料理が負けるなど考えられないと考えているようだ。

白いコック帽の下で、その目は自信に満ち溢れている。


「それでは、審査員の皆様……判定をどうぞ!」


メリアの声と同時に、審査員たちがそれぞれの判定札を一斉に上げる。

赤い札と青い札が宙に舞った。


「ああっと!これは!」


冒険者風の男性と狼獣人の男性がグラーノ側の赤い札を、他五人がロイラ側の青い札を上げていた。


「5対2でロイラ側の判定勝利です!」


観客席から爆発的な歓声が巻き起こる。

拍手と歓声、口笛の音が会場全体を揺るがし、石畳にまで響いていた。


「ば、馬鹿なッ!?」


グラーノの顔が青ざめる。

まさかこれほど一方的な結果になるとは思ってもいなかったという表情だ。


「ありえんッ!いったいどういうことかネッ!?」


グラーノは叫んだ。

白いコック服が小刻みに震えて、激しく動揺している。


「そうですね、聞いてみましょう。では何故ロイラさんに票を入れたのでしょうか?」


メリアが拡声用の魔道具を持ちながら、ロイラ支持の審査員たちに向かって歩いていく。


商人風の女性が最初に口を開いた。


「グラーノ氏の料理は最初の数口は美味しかったんだけど……食べ進めていくと味が濃すぎて……」


年配の職人が続く。

その顔には申し訳なさそうな表情が浮かんでいる。


「脂が濃すぎて食べ進めるのは厳しいわい」


若い女性も頷きながら答える。


「あと量もちょっと多すぎよね」


猫獣人の女性は胸を押さえながら言う。


「ちょっと胸がむったりするわ」


熊獣人の男性も同調する。


「うんうん、俺もそう感じたぜ」


審査員たちの率直な感想が次々と飛び出す中、グラーノは必死に反論する。

その声は次第に上ずっていった。


「量が多いなら残せばよいのだ! 貴族は贅に贅を凝らした料理を食べきれないほど用意し、残すことが富の証明! 常識なのだぞッ!」


だがグラーノの主張に対し、審査員たちの反応は冷ややかなものだった。

彼らは顔を見合わせて、困惑したような表情を浮かべている。


「いやあ、残すのはちょっと……」


「もったいないよなあ」


「食べ物粗末にするのは良くないよ」


彼らの価値観は明らかに庶民のそれであった。

食べ物を残すことに対する罪悪感。

いわゆる『もったいない』の精神である。


「くっ……残さないなど、意地汚い……!」


グラーノは歯ぎしりしながら呟く。

貴族として料理を残すのは当然と考えていた。

その前提で料理を作り、審査員に料理を出した。


だが今更ながら、当然と思っていた価値観がここでは全く通用しないことに愕然とする。

だってここは貴族の邸宅ではない。

庶民の住む住宅街である。


そんな中、完食した冒険者男性が遠慮がちに口を開く。


「俺は毎日でも食べたいな。肉体労働だから味が濃いのは嬉しい」


狼獣人の男性も同調する。

その野性的な外見通り、濃厚な味を好むようだ。


「わかる。脂も多くていいよな。俺としてもこっちの方が好みだ」


その声に、グラーノの表情が少しだけ明るくなる。


「……少しは味の分かる者もいるようだが……」


しかし冒険者男性は申し訳なさそうに首を振った。


「いや、こう言うのもなんだけど俺らみたいのは庶民では少数派だと思うぞ」


狼獣人も頷く。


「庶民が皆肉体労働系ってわけじゃないし、脂っこいのダメなやつもいるしな」


「俺とかまさに脂っこいのダメだわ」


熊獣人が手を上げる。

その大きな身体に似合わず、繊細な味覚を持っているようだ。


「なん……だと……?」


審査員たちの言葉に、グラーノは完全に言葉を失う。

自分の料理に対する評価が、想像していたものと全く異なることに打ちのめされている。


猫獣人の女性が微笑みながら言う。


「ロイラさんの料理はあっさりしてて美味しくて上品な味わい。いくらでもいける感じよ」


商人風の女性も満足そうに頷く。


「あれなら毎日でも食べられるわ。身体にも優しそうだし」


その時、特別審査員席からスフィアが立ち上がった。

小さな身体から発せられる存在感が、会場の注目を一身に集める。


「つまり」


スフィアの声が会場に響く。その金色の瞳は真剣そのものだった。


「庶民の好む料理と貴族の好む料理は違うってこったな」


そして、グラーノを真っ直ぐ見据える。

その視線は鋭く、核心を突こうとしていた。


「そしてグラーノさんよ。あんたがニワトリキングの料理を不味いって言った理由……それは」


スフィアの声に力が込もる。

会場全体が息を呑んで聞き入っていた。


「味の濃い料理に慣れすぎたあんたの舌がバカになって、薄味を感じ取れなかったからだ! ……違うかい?」


「ぐぬうっ!」


グラーノは反論しようとするが言葉が出ない。

言われてみれば昔感じ取れた味が、今は感じ取れなくなっている気はしていたのだ。


「貴族の料理の濃厚さにこだわり過ぎて素材の味を感じ取れず、あげく舌がバカになってるのに気付かず料理を不味いと抜かすなんざ……美食家の名が泣くってもんだぜ!!」


スフィアの鋭い指摘に、グラーノは膝から崩れ落ちる。

その白いコック服が石畳に擦れる音が響く。


そして――グラーノは天を仰いで慟哭した。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


その叫びは苦悩と自己嫌悪、そして悔恨に満ちており、会場全体に響き渡った――。





ステージ上に四つん這いになったグラーノが、石畳に手をついたままぽつりと呟く。


「そうか……私は、濃厚さばかり追い求め、いつしか料理の味がわからなくなっていたというのか……」


その声には深い絶望と後悔が込められている。

長年積み重ねてきた自信が音を立てて崩れ落ちていくような感覚だった。


「ふっ……この体たらく、美食家の名が泣くというものだネ……」


「グラーノ……」


スフィアが悲しげにグラーノを見下ろす。

グラーノもまた、貴族の風習に囚われた被害者だったのだ――。


しかし次の瞬間、グラーノは顔を上げる。

その目には新たな決意の炎が宿っていた。

敗北を受け入れながらも、諦めない強さが滲み出ている。


「……だが、私は負けを認めんヨ」


立ち上がるグラーノの姿は、敗北を喫したとは思えないほど堂々としている。

コック帽を被り直し、背筋を伸ばす。


「いつか私は己の舌を、正しい味覚を取り戻す。そして……」


グラーノはスフィアを見据える。

その眼差しには、リベンジへの強い意志が込められていた。


「君に、再び料理を食べさせてやろう。今度こそ真の貴族の高貴なる料理をネ」


「グラーノ……!」


スフィアが感激したような目でグラーノを見る。

そうだ、あんたならきっとそう言うと思っていた――!


「なんか友情っぽいの生まれてますけど、この勝負ってこういうものでしたっけ」


「僕もなんかもうよくわかんないけど、当人同士でなんか納得してるみたいだし放っとこう」


メリアの小声にブルも小声で答えた。

お互いに冷静に事態を見据え、二人の様子を見守っている。


グラーノはコック帽を脱いでスフィアに深々と一礼する。

その動作には貴族らしい優雅さが残っていた。


「それまで勝負はお預けだ。……また会おう子猫君……いや、スフィア君」


「ああ」


スフィアの返事に満足したようにグラーノは踵を返す。

過ちに気付いた彼はただ去るのみ。

潔くステージを下り、優雅にイベント会場を後にする。


スフィアは真剣な表情で、去っていくグラーノの後ろ姿を見つめていた。


「待ってるぜ、正しい味覚を取り戻した先にある、あんたの本当の料理をな……」


真剣な表情で、口の端からよだれを垂らしながらスフィアはそう言った。


「良いこと言ってる雰囲気ですけど、スフィアさんは料理をタダで食べる気満々ですね」


「うん。何もしないで料理だけ食べる気だね、兄さん」


メリアとブルは呆れたように呟いた。


そしてメリアはひとまず観客席に向き直る。


「えー、気を取り直して」


拡声用の魔道具を高く掲げ、声を張り上げた。


「今回の勝負はロイラ氏に軍配が上がりました! よければロイラさん、コメントをひとつ」


「そうですね。今回は運が良かったというのもあるかもしれません。今後とも精進を重ねていくのでニワトリキングをよろしくお願いします」


「ロイラさんコメントありがとうございました! 皆様盛大な拍手を!」


万雷の拍手が会場を包む。

ロイラは照れくさそうに手を振って観客席に応え、その顔には安堵と喜びが混じった表情が浮かんでいた。


「なお、審査員に選ばれなかった方々にも商業ギルド所属のシェフによる少量の食べ比べセットが販売されます。ご希望者は一時間後にフードコーナーにお集まりください」


観客席から「やったー!」「食べたかった!」という喜びの声が上がる。

料理勝負を見学するだけでなく、実際に味わえる機会を得て、観客たちの興奮は最高潮に達していた。


「それでは、料理勝負はこれにて閉幕! お付き合いありがとうございましたー!」


メリアの声と共に、会場は再び大きな拍手と歓声に包まれた。

石畳の広場に響く音は、成功したイベントの証だろう。


そして、この料理勝負イベントは大盛況のうちに幕を閉じるのであった――。

庶民と貴族は食事の前提条件が色々違うという話。

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