舞台裏
短めでごめんなさいね。
場面は青コーナーの舞台裏に移る。
大きな木製の装飾パネルで仕切られた控え室では、メリア、スフィア、ブル、ロイラの四人がいた。
外からは観客のざわめきが聞こえてくるが、ここは比較的静かである。
メリアはスフィアの顔を両手で挟み、頬をこねくり回していた。
「というかスフィアさん。私代理人立てるって話すら聞いてなかったんですけど? こういう時『当然分かってるだろう』ってノリで連絡省くのやめてもらえませんか?」
笑顔で怒りながら、容赦なく頬を揉み続けている。
「しゅ、しゅみ、しゅみまひぇんでひた……」
スフィアの声が完全に潰れている。
頬が伸びたり縮んだりして、まともに発音できない状態だった。
「ほっぺぐりぐりするのやめてくらはい。お願いひまふ……」
メリアはまだスフィアの顔をこねくり回しながら、ロイラに話しかけた。
「ロイラさんすみません。事情も説明せず……」
「いえいえ、事情は分かりましたからもう大丈夫ですよ」
ロイラは苦笑いを浮かべながら手を振る。
突然連れてこられた割には、意外にも落ち着いた様子だった。
「というか、ロイラさんのお店で起こった出来事ですが把握されてなかったんですか?」
「厨房にずっといましたから現場見てませんし、荒っぽいお客もおりますので従業員から聞いた時は『ああ、いつものか』って感じでしたねえ」
ロイラは肩をすくめた。
「内容が料理のことだったのが印象に残ったくらいでしょうか」
「あー、冒険者のお客もいましたしね……」
メリアも納得したような表情を見せる。
冒険者向けの店なら、多少のトラブルは日常茶飯事だろう。
ようやく解放されたスフィアは、毛が乱れた頬を手で撫でつけながら口を開いた。
「で、悪いんだけどあんたの力を貸してくれないか。このままだと勝負の舞台にも立てねえ」
「でもスフィアさん。今回の件は無理に連れてきたようなもんですし……」
メリアは申し訳なさそうに眉をひそめる。
いくらなんでも、事情も説明せずに連れてきて料理勝負に参加させるのは理不尽すぎる。
「構いませんよ」
ロイラの即答に、メリアは驚いた。
「えっ」
「いつも通りの料理をすればいいのでしょう? それならできますし」
ロイラは自信ありげに胸を張った。
料理人としてのプライドが、その表情に表れている。
「しかし負けたらお店の評判が落ちるかもしれませんが……」
「そうなったらそうなったで仕方ありませんな。どのみち例の食通のお客様にこき下ろされてしまっていますし、彼が勝てばどっちにしても評判は少なからず下がるでしょう」
「それはそうかもしれませんけど……」
ロイラは笑顔で肩をすくめる。
「それより貴族様の料理を勉強させてもらう機会と思って励みますよ」
「ロイラさん……ありがとうございます。ギャラは多めにお支払いしますね」
メリアは心からの感謝を込めて頭を下げた。
こんな無茶な状況でも引き受けてくれるロイラはとても器が大きいと思う。
短気なスフィアも見習ってほしい。
「スフィアさんは何か言う事は?」
「あ、うん……評判とかは考えてなかったな……巻き込んじまってすまねえ」
スフィアらしからぬ素直な謝罪に、ロイラは豪快に笑った。
「ははは、店の宣伝になれるように頑張りますよ」
その時――。
「ふっ……それでこそだネ。料理もできない子猫君をいたぶっても仕方がないというもの」
控え室の入り口から、聞き覚えのある声が響いた。
「お前は……!」
スフィアが振り返ると、そこには白いコック服に身を包んだグラーノが立っていた。
「あんたなんでいんの?」
「ここ青コーナーの舞台裏なんですが……」
メリアの困惑した声に、グラーノは鼻を鳴らす。
「フン、くだらんことを聞くもんだネ」
グラーノはメリアの疑問に対し、キメ顔で言い放つ。
「ステージの上に一人ぽつんといるのは寂しいじゃないかネ」
「……寂しかったのか」
「寂しかったんですね……」
寂しかったらしい。
「とにかく、勝負が中止にならんと知って安心したヨ。――いい勝負をしようじゃないかネ」
グラーノは優雅に踵を返すと、控え室から去っていく。
その後ろ姿は、どこか品のある貴族らしい威厳を漂わせていた。
グラーノが去った後、スフィアはぽつりとつぶやいた。
「……ここで俺らが出ていかなかったら、あいつ寂しくなって戻ってくんのかな」
「やめたげてください。私もそれ気になったけど観客の皆さん待たせてますし行きましょう」
メリアは苦笑いを浮かべながら立ち上がる。
既に十分ほど経過している以上、今はイベントの進行が最優先だった。
そして、料理勝負が始まる――!




