イベント開催
一週間後、街の大広場は見違えるような光景に変貌していた。
普段は商人たちが露店を広げるだけの石畳の広場が、今や立派なイベント会場として生まれ変わっている。
中央には特設ステージが組まれ、その周囲を取り囲むように観客席がずらりと並んでいた。
メリアは会場を設立させるにあたって商業ギルドを巻き込んでおり、あちこちに商品の広告が点在している。
木製の観客席は三段構造になっており、最後尾からでもステージがよく見えるように計算されたものだ。
観客席の近くには露店が立ち並び、商人たちはたくましく客を呼び込んでいる。
会場の入り口では、様々な種類の獣人たちが来場者に整理券を配っていた。
「はい、整理券どうぞー」
狼獣人の青年が人懐っこい笑顔で紙切れを手渡すが、受け取った商人風の男性が首をかしげる。
「これは何のための整理券だ? なんか番号書いてあるけど」
「さあ? 俺らもよくわからねえ」
狼獣人は肩をすくめた。
「主催のメリア嬢ちゃんに言われた通りに配ってるだけだからな」
「へー?」
入場者たちは不思議そうな顔をしながらも、素直に整理券を受け取って会場内に向かっていく。
現場の設営や運営を実際に担当しているのは、角笛亭の常連の獣人たちだ。
「おい、そっちの幕もう少し左だ」
「看板の位置はこれでいいか?」
筋骨隆々の熊獣人が仲間たちに指示を飛ばし、機敏そうな猿獣人が確認を取る。
「ああ、バッチリだ。メリア嬢ちゃんの依頼だからな、手は抜けねえぜ」
皆の表情は満足げで、自分たちの作り上げた会場の出来栄えに誇りを持っているようだ。
商業ギルドを巻き込んだこともあって依頼料もかなり弾んでもらったし、何より顔見知りのメリアからの頼みとあって、全員が張り切って作業に取り組んでいた。
しかし、会場を見回していた一人の犬獣人が首をかしげる。
「なあ、審査員席に誰もいねえけど大丈夫か?」
そう、ステージ前方に設けられた審査員用のテーブルには、まだ誰も座っていない。
立派な椅子が七脚並んでいるが、すべて空っぽのままだ。
「そういえば審査員の人たち、誰か見たか?」
「いや、全然見てねえな」
「準備してる間も姿見なかったし……」
獣人の常連たちは顔を見合わせた。
「まあ、そつのないメリア嬢ちゃんのことだ。きっと別口で雇ってるんだろうよ」
年配の鹿獣人が手を振る。
「そうだな、俺らが心配することじゃねえや」
皆はそれぞれ納得したように頷き、再び自分たちの仕事に戻っていく。
そして――ついに時間がやってきた。
「レディース、エーンドジェントルメーン!」
ステージ上から、メリアの張り上げた声が大広場に響き渡る。
彼女の手の中には拡声用の魔道具が握られており、観客席にも声が届く仕様だ。
「いよいよこの時がやってまいりましたァァァァァ!!」
観客席からは大きな歓声が上がった。
予想を遥かに上回る人数の観客が詰めかけており、会場は熱気に包まれている。
「いったい誰がこのような大規模イベントになると予想したでしょうか!? 煽った私もびっくり! 司会を担当させていただくメリアでございまぁぁす!!」
メリアは両手を大きく広げて自己紹介をすると、再び観客席が沸いた。
「メリアー!」
「嬢ちゃーん!」
「頑張れー!」
様々な声援が飛び交う中、観客席の一角で魔法使い風の冒険者が隣の仲間に声をかける。
「あれは……」
「知らねえのか?」
盗賊風の冒険者が得意げに答えた。
「最近話題の冒険者……『モンスターマスター』の、メリアだ……!」
周囲の観客たちも、興奮したように声を上げ始める。
「モンスターマスター!」
「モンスターマスターメリアー!」
「伝説の調教師!」
いつの間にか、メリアに新たな二つ名が付いていたのだった。
以前付いた『モンスターテイマー』がなんかパワーアップしている。
ステージ上のメリアは、その呼び声を聞いて額に青筋を立てた。
「ご声援ありがとうございます! でも誰ですかそれ広めたの! ぶっ飛ばしますよ!」
ステージ袖で控えているブルは、苦笑いを浮かべながら心の中で呟いた。
(この一週間、メリアさんは会場設営の指揮を執って、角笛亭の常連の獣人さんたちにあれこれ指示出してたからなあ……)
その姿を見た周囲の人々が「魔獣も人も思いのまま」といった印象を抱いたとしても、不思議ではない。
人間の少女が様々な種類の獣人たちを的確に動かしている光景は、テイマーという名称を超え、モンスターマスターという呼び名にふさわしく見えただろう。
「オーケー、時間も押してますしサクッといきましょう!」
モンスターマスター云々は一旦流し、イベントの進行を優先するようだ。
メリアは勢いよく手を振り上げるとステージ上に設けられた赤と青のゲートのうち、赤に手を向ける。
「赤コーナー! 本イベントの発起人の一人! これが貴族の料理だ! 美食家、グラーノ・ヴィスコンティ子爵ゥ!」
赤いゲートから、白いコック帽と調理服に身を包んだグラーノ子爵が堂々と現れる。
普段の高価な貴族服とは打って変わった姿だが、その気品ある立ち振る舞いは健在だ。
観客席からは大きな拍手と歓声が上がる。
「おおー!」
「本物の貴族だ!」
「料理できるのか!」
「子爵は美食家であると同時に、料理人でもあるそうです! 手ずから生み出す美味はどれほどのものかァ――!!」
メリアの煽りに、会場の熱気がさらに高まった。
グラーノは鼻を高く上げ、得意げに胸を張る。
「フン、今日は庶民どもに至高の美味を味わわせてやるとしようかネ」
その堂々とした態度に、観客たちはさらに沸き立った。
「子爵は自信満々だ! これは期待できそうですねえ!」
メリアは観客の反応を確認しながら、続いて青いゲートに向き直る。
手に持ったカンペを見ながら青コーナーから出てくる人物の紹介を行う。
「続いて青コーナー! 発起人スフィアの代理人――代理人?」
青いゲートから出てきたのは、中年くらいの料理人だった。
がっしりとした体格に料理人らしい風格を漂わせているが、どこか戸惑ったような表情を浮かべている。
「料理人、ロイラ・コーチン氏……誰っ!?」
メリアから困惑の声が漏れた。
誰だこの人。
自分は何も聞いてない。
当のロイラ氏も困った顔をしている。
青コーナーから出てきたは良いが、どこか居心地悪そうに立っていた。
「どうも。鶏肉料理屋ニワトリキングの店主をしております、ロイラです……」
ロイラの自己紹介に、観客席がざわめいた。
あの人気店の店主だと認識した客たちから、期待の声が上がる。
「ああ、あのお店の……なんでここに?」
メリアは眉をひそめながら尋ねた。
ニワトリキングは有名な店だが、なぜスフィアの代理人として出てきたのかよくわからない。
「それが、今朝方に牛獣人の方に担がれて、いきなりここに連れてこられて……」
「ブルさーん!?」
メリアは慌ててステージ袖のブルを見つめる。
ブルは大きな身体を縮こまらせながら、申し訳なさそうに手を振った。
「え、僕は兄さんに連れて来いって言われただけで……」
「スフィアさーん!?」
審査員席の近くで腕組みをしていたスフィアが、のんびりと手を振る。
「まあ聞けよメリア」
スフィアは至って冷静だった。
まるで何も問題がないとでも言うような態度である。
「俺は肉は焼くか煮るかしかできねえんだ。代理人立てるのはおかしいことじゃないだろ?」
スフィアの論理はまあ一理ある。
しかし、メリアの表情はますます険しくなった。
「その理屈はわかりますが、事前に今回の話を説明して連れてきたんですよね?」
メリアの問いに、スフィアの表情が微妙に変わった。
「……ブルが連れてくるとき説明してるんじゃ?」
「僕が事情詳しく知ってるわけないじゃない」
ブルの当然すぎる反論に、会場に微妙な空気が流れる。
メリアはふっと笑い、深呼吸。
そして観客席に向き直る。
その顔には司会者としてのプロ意識と、内心の焦りが入り混じっていた。
「すみません皆様! 事故発生のため十分ほどお時間を頂戴いたします!!」
メリアの宣言に、観客席からは苦笑いと「頑張れー」という温かい声援が飛ぶ。
ありがたすぎて涙が出てくる。
イベントは開幕すぐに超ド級の事故が発生したのであった――。
報連相しない猫。




