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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第四話 鶏肉料理の味比べ

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スフィアの原点とニワトリキング

あれは、まだ俺が小さかった頃の話だ。


「あんちゃーん」


幼いスフィア――もといタマの声が村の広場に響く。


背丈はまだ成人男性の膝ほどしかなく毛玉のようにふわふわな子猫獣人の姿だ。

三角の耳はまだ成長途中でまるっこく、頭に対して少し大きすぎるバランスが愛らしい。

尻尾もまだ短くて丸々としており、歩くたびにぴょこぴょこと揺れている。


「おお、タマ。良いところに来た」


振り返ったのは、タマより一回り体格の良い青年猫獣人。


黒い縞模様の毛並みに、精悍な顔つきをしている。

村では狩りの名手として知られており、いつも子供たちに慕われていた。


その腰には狩猟用のナイフが下げられ、肩には弓が担がれている。

まさに村一番のハンターという風格を漂わせていた。


「すげー良い匂いするけどなんかあったの?」


タマの鼻がひくひくと動く。


空気に漂う香ばしい匂いに、小さな身体が興奮で震えている。

その匂いは今まで嗅いだことのない、何とも言えない食欲をそそるものだった。

子猫特有の好奇心がタマの瞳を輝かせている。


「おう、この辺じゃ珍しい鳥の魔獣が迷い込んできてな。仕留めて焼いてるんだ」


あんちゃんが指差した先には、焚火の上で回転している巨大な鳥の丸焼きがある。


翼を広げれば優に四メートルは超えるであろう大きさで、黄金色に焼き上がった皮からは脂がじゅうじゅうと滴り落ちていた。


炎が肉を舐めるたびに、芳醇な香りが辺り一帯に広がる。

皮の表面には細かい切れ目が入れられ、そこから肉汁が溢れ出している。


村の他の肉食系獣人たちも匂いに釣られて集まってきており、皆が食い入るように焼き鳥を見つめていた。


「すっげー! んまそー!」


タマの目が星のように輝く。


ふわふわの小さな手を握りしめ、その場で飛び跳ねんばかりの興奮ぶりだ。

小さな足でぺたぺたと地面を踏み鳴らし、尻尾は興奮で毛が逆立っている。

まさに猫らしい、食べ物を前にした時の本能的な反応だった。


「お前にも一切れやるよ。ほら」


あんちゃんがナイフで胸肉の一部を削ぎ取り、タマに差し出す。


湯気の立つ肉片は手のひらほどもあり、表面はこんがりと焼けて中はふっくらと柔らかそうだ。

切り口からは透明な肉汁がじわりと滲み出て、それだけで充分に美味しそうに見える。


幼いタマにとっては、今まで食べた肉の中で最も上質に見える一品だった。


タマは遠慮なく齧りつく。

小さな牙で肉を引き裂き、ゆっくりと口の中で咀嚼する。


「んっめー!」


肉汁が口の中に広がり、タマの表情が一気に恍惚とした。


尻尾がぶんぶんと振られ、幸せそうな鳴き声が喉の奥から漏れる。

目を細めて、まるで天国にいるかのような表情を浮かべている。


「だろう? でも世の中にはもっと美味い肉があるそうだぞ」


あんちゃんの声が、どこか遠い憧れを含んでいた。

その目は遠くを見つめるような夢見がちな表情を浮かべている。


「マジで!?」


「ああ、竜肉なんて極上の美味さでな。格が高ければ高いほど美味いそうだが、最上級はいったいどんだけ美味いんだろうなあ……」


あんちゃんが唾を飲み込む音がした。


その音に釣られて、タマも無意識にごくりと喉を鳴らす。

二人の脳裏には、想像もつかないような美味な竜肉の幻が浮かんでいた。


――これが俺の原風景。


俺の旅の目的で、俺が村を飛び出した理由だ。


ゆえに――。



「というわけで鶏肉を食いに行こうぜ」


角笛亭の一階、窓から陽光が差し込む客室で目を覚ましたスフィアが伸びをしながら突然宣言する。


「何がというわけなのかわからないんですが」


メリアは困惑した表情で首を傾げた。


彼女は既に身支度を整えてスフィアの部屋を訪れており、今日の予定を確認するために手帳を開いていた。

スフィアの唐突な発言にはもう慣れているつもりなのだが、今回は特に脈絡がない。


「まあ兄さんの唐突さは今に始まったことじゃないけどね……」


ブルがため息を吐く。

その大きな肩が重そうに上下した。


「鶏肉を食う夢を見たから鶏肉を食いたい」


「なるほど、把握」


スフィアの説明はいつも単純明快だ。

わかりやすくて大変よろしい。


「しかし鶏肉ですかー。いつもなら、じゃあ依頼探そうぜって話になるんですが……」


メリアの口調にどこか歯切れの悪さがある。


この場合、冒険者ギルドで適当な鳥系魔獣の討伐依頼を探すのが、いつものパターンだ。

しかし今回はそうもいかない事情がある。


「孤児院の依頼で僕の鎧が一部壊れちゃったから、依頼に行くのは無しだね」


ブルが胸の辺りを指差す。


確かに群牙猪の牙で破れた部分が痛々しく口を開けていた。

皮革の鎧の胸部に、牙が食い込んだ跡がくっきりと残っている。


戦闘中は興奮で気にならなかったが、改めて見ると結構な損傷具合だった。


「あー」


スフィアはそういえば壊れていたなと思い出す。


ブルの安全を考えれば、まずは装備の修理が最優先だろう。

いくら彼が強いとはいえ、防具なしで危険な魔獣と戦わせるわけにはいかない。


「そうなると普通に飯屋に行くかな」


「僕は武具工房に修繕を頼みに行くから別行動かな。鶏肉食べないし二人で行っておいでよ」


なるほど、確かに草食のミノタウロスにとって鶏肉料理店に付き合う義理はない。

別行動は道理に沿った提案だろう。


「そだな。行こうぜメリア。良い鶏肉料理の店知ってるんだ」


「そうですね。そろそろお昼時ですしご相伴に預かりますか」


メリアも素直に同意する。


最近スフィアたちに付き合って様々な食事をするようになった彼女は、食への興味が芽生え始めていた。

スフィアが選ぶ店なら、きっと美味しいに違いない。


こうして三人はそれぞれに行動を開始するのであった。



◆◆◆◆



昼下がりの街は活気に満ちていた。


石畳の道を行き交う人々の足音が心地よく響き、商人たちの呼び声や荷馬車の車輪の音が街の賑やかさを演出している。

太陽は中天に昇り、建物の間を縫って差し込む陽光が石造りの街並みを温かく照らしていた。


その中をスフィアとメリアが並んで歩いている。


「いやー、誰かとおススメの肉料理店行ってみたかったんだよなー」


スフィアはご機嫌で歩いている。


小さな身体を弾ませるように歩く姿は、まさに期待に胸を膨らませた子供のようだ。

尻尾も機嫌の良さを表すように、リズミカルに左右に振られている。

普段のぶっきらぼうな態度とは打って変わって、今日は終始上機嫌だった。


「あー、ブルさん草食ですもんね」


肉食も草食もいける自分は、二人にとってそういう意味でも貴重だろう。


最近は冒険者としての経験も積んで、様々な食材に触れる機会も増えた。

それがきっかけで、食への関心も以前より高まっている。


食べ歩きは嫌じゃないし、自分も二人を誘っていこうかなと考える。


「着いたぜ。ここだ」


スフィアが指差した先には、賑やかな店構えの肉料理店があった。


「おー」


メリアは感心したように呟く。


結構混んでいる店だ。

入り口付近には順番待ちの客が数人立っており、店内からは楽しそうな話し声と食器の音が聞こえてくる。

人気店の証拠だろう。


店名は『炭火焼肉:ニワトリキング』。


木製の看板には力強い文字で店名が刻まれ、その下には翼を広げた鶏の絵が描かれている。

しかし、普通の鶏とは明らかに違う。

筋骨隆々とした体格に、鋭い目つき、そして何より威厳に満ちた佇まいが描かれていた。


「強そう」


メリアの率直な感想だった。


「魔獣のニワトリキングを扱ってる店なんだぜ」


スフィアが得意げに説明する。


「魔獣の名前だったんですか!?」


メリアは驚いた。


とても強そうな魔獣である。

主に名前が。


入り口で少し待たされた後、ようやく席に案内された。

店内は炭火の香ばしい匂いが立ち込み、あちらこちらで肉を焼く音がジュウジュウと響いている。

客層は冒険者から商人、職人まで様々で、皆が美味しそうに料理を頬張っていた。


二人は木製のテーブルに向かい合って座り、メニューを開く。


「メニューの威圧感が凄い」


メリアが思わず漏らした。


全部のメニューの枠詞に『ニワトリキングの~』と付いている。


『ニワトリキングの炙り焼き』


『ニワトリキングの香草蒸し』


『ニワトリキングの血合い炙り』


『ニワトリキングの燻製盛り』


『ニワトリキングの串刺し三種』


『ニワトリキングの塩釜焼き』


『ニワトリキングの滋養スープ』


他多数――。


どれも物々しい名前が延々と続いている。

一体どれだけのバリエーションがあるのか見当もつかないほど、多種多様な調理法がずらりと並んでいた。


普通の鶏料理店のメニューとは雰囲気が明らかに違う。

料理名だけで戦えそうな雰囲気のメニューだ。


「俺のおススメでいいか? 店長、最強のニワトリキング二人前」


「あいよー」


スフィアの注文に厨房から力強い返事が響く。


「名前から内容がわからない……」


メリアは不安そうに呟いた。


最強という響きは頼もしいが、具体的に何が出てくるのか想像がつかない。

まさかニワトリキング一匹丸ごと出てくるのではないだろうか。

戦って勝ったら食べられるとかそういうんじゃなかろうな。


そんな心配をしていると――。


程なくして、店員が大きな木製の盛り皿を二つ運んできた。


出てきたのは焼き鳥、グリル、スモークチキン他色々の盛り合わせセット。

鶏肉を思う存分贅沢に食べつくすセット内容である。

一つの皿に、ニワトリキングのあらゆる部位が様々な調理法で盛り込まれていた。


まず目を引くのは、中央に鎮座する豪快な胸肉のグリル。

炭火でじっくりと焼き上げられた表面は香ばしい焼き色が付き、切り口からは透明な肉汁がじわりと滲み出ている。

厚みは指三本分ほどもあり、見るからに食べ応えがありそうだ。


その周りを取り囲むように、色とりどりの焼き鳥が串に刺さって並んでいる。

もも肉、手羽、せせり、ぼんじり――どれも素晴らしい焼き加減で、表面は軽く焦げ目がついて香ばしい。

串から立ち上る湯気が、食欲をそそる香りを運んでくる。


皿の端には、薄くスライスされたスモークチキンが美しく扇状に盛り付けられている。

しっかり熟成された鶏肉は香りが段違いだ。

そして刷り込まれた色とりどりのスパイスが肉に更なる香ばしさを加えている。


さらには手羽先の煮込み、砂肝の炒め物、皮のパリパリ焼き――。

一皿でニワトリキングのあらゆる魅力を堪能できる、まさに贅沢の極みのような内容だった。


メリアは感嘆の声を上げる。


「おお、なるほど。これは最強なだけはありますね……」


これだけの種類と量があれば、確かにこれは「最強」だ。

見た目の迫力もさることながら一つ一つの料理から立ち上る香りが、それぞれが絶品であることを物語っている。


「よし食おう、すぐ食おう!」


スフィアは早速手を伸ばす。


まずは焼き鳥のもも肉から。

一口齧ると、ジュワッと肉汁が口の中に広がる。

ニワトリキングの肉は普通の鶏よりもはるかに味が濃厚で、噛むほどに深い旨味が感じられた。

炭火の香りと絶妙な塩加減が、肉本来の美味しさを最大限に引き出している。


「んまっ!」


スフィアの表情が一気に緩む。


メリアも恐る恐る胸肉のグリルを食べてみる。

ナイフで切り分けると、中からさらに肉汁が溢れ出る。

口に入れた瞬間、柔らかい食感と共に濃厚な肉の味わいが広がった。


「これはどれも美味しいですねえ」


メリアは頬を緩ませながら感想を述べる。

ニワトリキングという魔獣の肉質の良さもさることながら、調理技術の高さも相当なものだ。


今度はスモークチキンに挑戦してみる。

薄くスライスされた肉を口に含むと、表面の煙の香ばしさと肉の旨味が絶妙なコントラストを描く。

刷り込まれたスパイスの辛味が肉の味にアクセントを加えてくれる。


「スモークチキンもスパイスが絶妙ですね。……美味しいです」


「だろー?」


スフィアはご機嫌だった。


手羽先を豪快に齧りながら、満足そうに尻尾を振っている。

骨についた肉まで綺麗に食べ尽くし、一本の手羽先から最大限の旨味を抽出していた。

その食べっぷりは、まさに肉を愛する者といった姿だ。


二人は夢中になって料理を平らげていく。

砂肝のコリコリとした食感、皮のパリパリとした香ばしさ、どれも絶品だ。


スフィアはもう一本焼き鳥を取ろうとしていた。

メリアも残りのスモークチキンを味わおうと手を伸ばす。

二人とも、この美味しい時間がいつまでも続けばいいと思っていた。


この瞬間までは。


「不味い。最強といってもこの程度かネ」


冷たい声が響いた。


「……あ?」


スフィアの動きが止まる。


そこに座っていたのは神経質そうな貴族の男だった。


細身の体に高価そうな服を身に纏い、鼻にかけた眼鏡の奥から冷ややかな視線を向けている。

テーブルの上には同じ「最強のニワトリキング」が置かれているが、ほとんど手をつけていない様子だった。

その表情には明らかな不満と軽蔑の色が浮かんでいる。


お気に入りの料理を貶され一瞬で不機嫌になったスフィアと、料理を貶した貴族らしき男。

一触即発の空気が店内に漂ったのだった――。

作者的には夢の中のふわふわ子猫のタマちゃんめっちゃ可愛いなと思ってます。

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