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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第四話 鶏肉料理の味比べ

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王子一行の旅路と角笛亭

山間の道で、激しい羽音が空気を切り裂いていた。


三体のワイバーンが宙を舞い、その巨大な翼が作り出す風圧で周囲の草木がざわめいている。

鱗に覆われた体躯は陽光を受けて鈍く光り、鋭い牙を剥き出しにして威嚇の声を上げていた。


地上では二人の人影が、それぞれ別の敵と対峙している。


「ハァッ!」


赤髪の青年――ラファエル王子が、剣を振り上げて一体のワイバーンに立ち向かう。


ワイバーンの爪が王子の頭上を掠めていく。

間一髪で身を屈めて回避するが、風圧だけで髪が大きく乱れた。

すかさず反撃に転じ、魔力を込めた剣で翼の付け根を狙う。


「『炎よ集え』――『ファイアエンチャント』!」


詠唱と共に、剣身に赤い炎が纏われる。

炎の剣がワイバーンの翼膜を切り裂くと、飛竜は苦痛の咆哮を響かせた。


「ガァァァァ!」


しかし、ワイバーンも負けてはいない。

長い首を振り回し、鋭い牙で噛み付こうとしてくる。

王子は素早く後方に跳躍し、着地と同時に次の魔法を詠唱し始める。


「『氷の槍よ、貫け』――『アイスランス』!」


空中に三本の氷の槍が出現し、ワイバーンに向かって飛んでいく。

一本は翼に、もう一本は胴体に命中。

最後の一本は首筋を浅く切り裂いた。


一方で、エルセインの戦いは全く様相が異なっていた。


彼は落ち着き払って立ち、まるで散歩でもしているかのような余裕を見せている。

二体のワイバーンが同時に襲いかかってくるが、その表情に焦りの色は微塵もない。


「『火炎流星群メテオストーム』」


エルセインの静かな詠唱が山間に響く。

彼の周囲で魔力が渦巻き、やがて空中に十数個の火球が整然と出現した。

それらの火球は太陽のような輝きを放ち、辺り一帯を赤く染め上げる。


火球群は二体のワイバーンに向かって雨のように降り注いだ。

一つ一つが凄まじい威力を持ち、着弾するたびに轟音と共に爆炎が立ち上がる。

山肌が削り取られ、岩石が砕け散って宙を舞った。


煙と炎の中から現れたワイバーンたちは、既に傷だらけになっていた。

しかしエルセインの攻撃は止まらない。


「『氷結領域フリーズゾーン』」


今度は手をゆっくりとかざすと、周囲の大気が見る間に白く霞んでいく。

温度が急激に下がり、草木に霜が降り始めた。

広範囲に及ぶ冷却魔法に、二体のワイバーンの動きが目に見えて鈍くなる。

翼にうっすらと氷の膜が張り、自由に羽ばたくことができなくなった。


「『雷撃連鎖チェインライトニング』」


とどめとばかりに、エルセインの指先から青白い雷光が迸る。

それは一筋の蛇のようにうねりながら一体目のワイバーンを貫き、そこから二体目へと跳躍し、さらに周囲の岩石や樹木へと次々に連鎖していく。

電撃の網が辺り一帯を覆い、空気が焼ける匂いが立ち込めた。


二体のワイバーンは全身を痙攣させながら地面に墜落し、土煙を上げて動かなくなる。

その巨体は黒く焦げ、もはや息をしていない。


エルセインは軽く手を払うと、まるで埃を払うような仕草でローブを整えた。

その表情には疲労の色すら見えず、むしろどこか物足りなさそうですらある。


そして、王子はワイバーンを討つ機会を見逃さなかった。


ワイバーンが王子の魔法による苦痛に身をよじらせている隙に、一気に距離を詰める。

魔力を込めた剣を両手で握り締め、全身の力を込めて振り下ろした。


刃は正確にワイバーンの首筋を捉え、厚い鱗を貫いて深々と食い込む。

魔獣は最後の咆哮を上げ、巨体を震わせてから静かに地に倒れた。


重い沈黙が辺りを支配する。


王子は荒い息を吐きながら剣を抜き、血を拭い取った。

戦いの興奮がまだ体に残っており、心臓の鼓動が激しく打っている。

汗が頬を伝い、衣服は所々破れていた。


戦いは終わった。


静寂の中、パチパチパチと控えめな拍手の音が響く。


「さすがはラファエル王子。通常であればベテランの冒険者複数人でも苦戦は免れないワイバーンを、たった一人で倒すとは」


エルセインが穏やかな笑みを浮かべながら近づいてくる。

その白いローブには戦闘の痕跡すら見当たらない。


一方の王子はというと息は荒く、汗が頬を伝い、衣服は所々破れて土埃にまみれている。

同じワイバーンと戦ったとは思えないほどの差だった。


「……そういう君は一人で二体を相手にして圧倒していたようだが……」


ラファエルの声には困惑と、どこか諦めにも似た響きが含まれていた。


自分は全力を尽くして、ようやく一体を倒すことができた。

それでも十分に誇らしい戦果のはずだ。


しかし、エルセインは同時に二体を相手取り、しかも余裕すら感じさせていた。

その圧倒的な実力差を前にすると、自分の成果など些細なものに思えてしまう。


「私は、まあ戦闘経験が豊富だからね。このくらいは問題ないさ」


エルセインは肩をすくめながら、いかにも当然といった様子で答える。

その涼やかな態度は作られたものではなく、心底から自然に湧き出ているものに見える。


王子の疑念がさらに深まる。

ここまでの道中で、彼は何度もエルセインの力を目の当たりにしてきた。


強大な魔力、卓越した魔法技術、そして何より戦闘に対するこの余裕。

天才と呼ばれ、実際に他の宮廷魔術師たちと比較してもその通りだと自負している自分が、まるで赤子のように見えてしまう。


(――彼は、人間なのか?)


この疑問は嫉妬や羨望から生まれたものではない。

純然たる事実としての疑問。


人間の持つ魔力量の限界を超えている。

人間が一生をかけて到達できる技量の域を超えている。

そう考えざるを得ないほどの差があった。


その疑問が王子の心の中で大きくなりかけたその時、エルセインの声が響く。


「さて、目標の遺跡までまだ半分の道程といったところだ。少しペースを上げていくとしよう」


「ペースを上げては体力が続かないんじゃないか?」


王子の懸念はもっともだ。

ワイバーンとの戦闘で消耗しているし、まだ道程の半分しか進んでいない。

ここでペースを上げれば目的の遺跡に着いても探索の体力は残らないだろう。


「大丈夫だよ。近くに大規模な獣人の集落があるはずだ。そこで休息を取り、体調を整えればいい」


エルセインの返答は自信に満ちている。

まるで地図を見ているかのような正確さで、この辺りの地理を把握しているようだ。


王子の心の中で、また別の疑問が頭をもたげる。


(――例の遺跡への道のりに詳しすぎる)


そもそも、伝説の剣が安置されていると知っているのも奇妙だ。

なぜ以前から知っていたのに放置していたのか。

なぜ今になって取りに行くことにしたのか。

不審な点が次から次へと浮かんでくる。


しかも、エルセインはそれらの疑問を招くような言動を隠そうともしていないように見える。

まるで王子に気づいてほしいとでも言わんばかりに。


「どうかしたかい、王子」


エルセインが振り返る。

その穏やかな笑顔の奥に、何か深いものが隠されているような気がしてならない。


「……いや。それより王子と呼ぶのはやめてくれ。素性を誰かに知られるのは困る」


王子は話題を逸らすように答えた。

本当の疑問をぶつけるには、まだ確信が足りない。


エルセインは小さく笑みを漏らす。

その笑いには、どこか懐かしさのような感情が込められているようだった。


「了解した。ラファエル……呼び捨てか。この呼び方は」


エルセインの声が急に小さくなり、何かを呟いたが――。

その表情には、一瞬だけ遠い記憶を辿るような影が差した。


「なんて?」


王子が聞き返すと、エルセインは首を振る。


「いや、なんでもないよラファエル。行こうか」


しかし、王子は実際には聞こえていた。

エルセインが呟いた言葉を。


『この呼び方は友人のようで、少し懐かしいな』


その声音には、まるで遠い昔の記憶を思い出すような、深い感慨があった。

まるで長い年月を経て、再び親しい友人の名前を口にするかのような――。


一体どれほど昔の記憶なのだろうか。

エルセインはまだ若く見えるのに。


そう感じながら、ラファエル王子は剣を収め、エルセインとともに歩き始めた。



◆◆◆◆



一方その頃。


とある街の角笛亭で、のどかな朝が訪れていた。


「スフィアさーん」


メリアが一階の廊下で、木製のドアをコンコンとノックする。

しかし中からは何の返事も聞こえてこない。


「もう、寝坊ですか?」


仕方がないと思いながらドアノブを回すと、鍵はかかっていなかった。

そっと扉を開けて中を覗き込む。


窓からの暖かな陽光が部屋に差し込み、その光の中で小さな毛玉のような何かが丸くなっていた。


スフィアが窓際で日向ぼっこをしながら眠っている。


灰色の美しい毛並みが陽光を受けてきらめき、三角の耳がぴょこんと立っている。

小さく丸まったその姿は、まさに猫そのもの。

規則正しい寝息を立てながら時折尻尾がぴくぴくと動く。


「かっ……!」


メリアの顔が一瞬で真っ赤になる。


可愛すぎて心臓が止まりそうになるが、本人が「可愛い」という言葉を嫌がることは知っている。

なるべく口に出さないよう、必死に自分を抑え込んだ。


そこで、スフィアが寝言で小さく鳴いた。


「ンニャー……」


「かっわ……!?」


メリアの理性が限界を迎える。

両手で口を押さえ、真っ赤になりつつ起こさないように静かに悶絶していた。

器用である。


息も絶え絶えに、そっと部屋を後にするメリア。

廊下で深呼吸を繰り返し、なんとか正気を取り戻そうとする。


「メリアさんどうしたの」


宿の食堂側からやってきたブルが、廊下で呼吸を整えているメリアを見つけて声をかけた。


「死ぬかと思いました……」


メリアの返事は切実そのものである。


「本当にどうしたの」


ブルは首を傾げながら、まだ息を整えているメリアを心配そうに見つめる。

その大きな身体を屈めてメリアの顔を覗き込んでいた。


「あ、あの、ちょっと胸が苦しくて……」


メリアは慌てて適当な理由をでっち上げる。

スフィアの寝姿が可愛すぎて心臓に負担がかかったなどとは、口が裂けても言えない。


「えっと、本当に大丈夫?」


「大丈夫です、超元気です。それよりスフィアさんが起きちゃうんで離れましょう」


「そ、そう? まあ今日は依頼もないし寝かせてあげようか」


二人は連れだって食堂へ歩いて行く。

窓から廊下を照らす陽光は今日ものどかだ。


スフィアたちは王子たちの冒険とは全く無関係に、普通の日常を送っていた――。

この落差よ。

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