表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第三話 子供たちと山菜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/76

群牙猪

山菜採りも一時間ほど経ち、子供たちは各々相当な収穫を上げていた。

修道女の声が山間に響く。


「みんな、一度ここに集まって!」


指定されたのは小さな渓流のそばの開けた場所。

平らな石が点在しており、座って休憩するのに適している。

清らかな水音が心地よく響き、木陰が涼しげな風を運んでくる。


子供たちは三々五々集まってきた。

手には思い思いの山菜を抱えており、それぞれが今日の戦果を誇らしげに見せ合っている。


「僕のフキノトウ見て!すっげー大きいんだ!」


黒髪の男の子・リューが手を広げて見せたのは、確かにフキノトウ。

しかし、そのサイズは――。


「でけぇなオイ」


スフィアが木の枝の上から呟いた。


普通のフキノトウの三倍はありそうな巨大なものである。

山の魔力の影響なのか、それとも品種が違うのか。


「私はワラビがいっぱい〜!」


金髪の女の子・エミリーが籠いっぱいのワラビを見せている。

こちらは標準的なサイズだが、量が凄まじい。

一体どこからこんなに見つけてきたのか。


「俺はタラノメ!めちゃくちゃ美味そうだろ?」


「キノコも発見したぞー!」


「これ何だろう?食べられるかな?」


次々と報告される収穫物。

子供たちの観察眼と行動力は大人の想像を上回っていた。


メリアは手持ちの野草図鑑を広げながら、一つ一つの山菜を確認していく。


「これはコゴミですね。間違いありません」


図鑑のページを指差しながら、丁寧に照合していく。

生来の几帳面さで、ひとつひとつを記録していた。


「あの、メリアさん」


修道女が遠慮がちに声をかけた。


「はい?」


「もしよろしければ、私も少し知識をお分けできるかと思うのですが……」


「おお、助かります!」


メリアの目が輝いた。

図鑑だけでは分からない実地の知識は貴重だ。

何しろメリアは海上の商業連合出身。

山菜の知識は皆無に等しい。


「この地域のフキノトウは魔力の影響で大型化しやすいんです」


修道女は先ほどの巨大フキノトウを手に取りながら説明する。


「味は通常のものと変わりませんが、一つで普通の三個分の分量があります」


「なるほど! それは面白いですね」


メリアは図鑑の余白にメモを取り始めた。

彼女らしい実用性を重視した記録の取り方である。


「それから、このキノコですが……」


修道女の山菜解説が続く。


一方、水辺の石に腰掛けたブルは、数人の子供たちに取り囲まれていた。


「ねえねえ、牛さん!」


「力持ち?」


「角触らせて!」


子供たちの容赦ない攻撃が始まっていた。


「え、えーと……」


ブルは困ったような表情で、大きな手をもじもじと動かしている。

巨体とは裏腹な弱腰な反応が、子供たちの興味をさらに引いてしまった。


「弱っ! こんなに大きいのに!」


「やーい、弱虫牛〜」


「泣きそうな顔してるー」


子供たちの容赦ない指摘に、ブルの肩はさらに縮こまった。


「ひ、ひどい……」


涙目になるブル。

その様子を見て子供たちはますます面白がった。


「あの、僕だって……」


ブルが何か言いかけた時――。


「ブルお兄ちゃん」


小さな声が聞こえた。


振り返ると、一人だけ離れた場所に座っている女の子がいた。

年の頃は六歳ほど、他の子より控えめな性格らしく集団から少し距離を置いている。


「えっと……」


ブルは困惑した。


「私、このお花すっごくきれいだと思うんだけど、ブルお兄ちゃんはどう思う?」


女の子が差し出したのは、山で摘んだ小さな野の花だった。

白い花びらに薄紫の斑点が入った、確かに可憐な花である。


「あ……うん、きれいだね」


ブルは素直に答えた。


「でしょ?みんなは食べられるものばっかり探してるけど、私はきれいなものも好きなの」


女の子は嬉しそうに笑った。


その純粋な笑顔に、ブルの表情も和らいだ。


「僕も……そういうの、好きだよ」


「本当?」


「うん。村にいた時も、よく野の花を見てたんだ」


二人の間に、穏やかな時間が流れた。


一方、その様子を見ていた他の子供たちは――。


「あ〜、アンナちゃんばっかりズルい〜」


「僕たちも牛さんと話したい〜」


「お花なんてどうでもいいから遊ぼうよー」


再び集団でブルに向かってくる。


「わ、わああああ」


ブルは完全にパニックになった。

高所から見ていたスフィアは呆れたように頭を振る。


「あいつもっと堂々としてりゃいいのに」


尻尾を木の枝に巻き付けながら、スフィアは空を見上げた。


「ま、人には人のやり方があるか」


そんなスフィアの独り言を聞きつけた一人の男の子が――。


「猫さーん! 降りてこーい! 僕たちと遊ぼう!」


「やだね」


即答である。


「つまんない! ケチー!」


「しょうがねーだろ。お前ら容赦ないんだから」


「だって猫さん可愛いんだもん」


「成人に向かって可愛いとか失礼すぎんだろ」


「え? 成人なの?」


子供の素直すぎる疑問に、スフィアの動きが止まった。

大人に見られていないという事実にちょっとショックを受けたらしい。


「……当たり前だろうが」


「でも小っちゃいよ?」


「種族の違いってやつがあるんだよ」


「ふーん、でも可愛いのは変わんないよね」


納得したような、していないような曖昧な反応の後、さらに追い打ち。

スフィアは深いため息をついた。


「ハァ……まあいいか」


諦めたように呟きながら、何気なく遠方へ視線を向ける。


その時――動く影が目に入った。


「ん?」


スフィアは目を凝らした。

木々の陰から、ちらりと大きな影が見える。

茶色い毛皮、ずんぐりとした体型――。


「猪だ! 不味いぞ興奮してる! 身体の大きさからして多分魔獣だ!」


スフィアの緊迫した声が山間に響いた。


その瞬間、水辺の平和な空気が一変する。

修道女の表情が青ざめ、メリアが慌てて立ち上がり、子供たちがきょろきょろと辺りを見回した。


そして――。


「ブオオオオオッ!」


獣の咆哮と共に、巨大な影が木々の間から飛び出してきた。


猛烈な勢いで突進してくる魔獣。

その衝撃でせっかく集めた山菜が宙を舞い、子供たちの籠が次々とひっくり返る。

フキノトウ、ワラビ、タラノメ――今日一日の成果が無残に散らばった。


「あれは、群牙猪!?」


メリアが青ざめた顔で叫んだ。


――群牙猪。


その名の通り、複数の巨大な牙が群生するように生えた猪型の魔獣である。

通常の猪より一回り大きく、筋骨隆々の体躯に厚い毛皮を纏っている。


最大の特徴は、口から突き出した四本の巨大な牙。

まるで槍のように鋭く尖ったそれらは、岩をも砕く威力を持つとされていた。


メリアの声が恐怖に震える。


「まずい、縄張り意識の強い結構好戦的な魔獣です! まともに突進喰らったら死傷者が出かねません!」


「きゃあああああ!」


「怖い!」


「助けて!」


子供たちの悲鳴が響く中、修道女とメリアは必死に彼らを木陰へと避難させようとする。


「みんな、こっちよ! 木の後ろに隠れて!」


「慌てないでください! あっちの二人が何とかしてくれるから!」


一方、スフィアは素早く木から飛び降りると背中の剣を抜き放った。

純白の剣身が陽光を受けて白く輝く。


「チッ、面倒くせえのが出やがった」


ブルも慌てて大きな斧と棍棒を構えた。

しかし、その手は小刻みに震えている。


群牙猪は勢いを落とすことなく一直線に彼らに向かってくる。

地面を蹴る度に土煙が上がり、その重厚な足音が大地を震わせていた。


「オォオオオ!」


スフィアが剣を振るって迎撃する。

刃は確かに群牙猪の肩口を捉えたが――。


ガキンッ!


まるで岩を斬ったかのような手応えと共に、鋭い金属音が響いた。

突進の勢いに加え、厚い毛皮と筋肉に阻まれて致命的な傷を与えることができない。

剣に走る振動がスフィアの手首まで痺れさせる。


「チッ、硬てぇ!」


続いてブルの斧が唸りを上げて振り下ろされる。


ガンッ!


巨大な得物が群牙猪の背中に叩きつけられたが、やはり表面を掠めただけに終わった。

重い衝撃音と共に、ブルの両腕に強烈な反動が走る。


「うわっ!」


思わずバランスを崩すブル。

その隙を突いて群牙猪が振り返る。


「ブオオオッ!」


激昂した群牙猪が四本の巨大な牙を向けてブルに突進した。

地面を削りながら迫る槍のような牙。


「やばっ!」


ブルは慌てて横に飛び退くが、左の牙が彼の腕を掠めていく。


「くっ!」


肌が裂ける音と共に、ブルの上腕部に鋭い痛みが走った。

血が滲み、赤い筋が腕を伝って流れ落ちる。


「ブル! ……野郎ォッ!」


スフィアが叫びながら群牙猪の側面に回り込む。

剣を逆手に持ち替え、腹部の柔らかそうな部分を狙って突き上げた。


しかし――。


ガシッ!


群牙猪が素早く体をひねり、横向きの牙でスフィアの剣を挟み込んだ。


「なんだと!?」


スフィアは剣を引き抜こうとするが、牙の間に挟まった剣身はびくともしない。

そのまま群牙猪が首を振ると、スフィアの小さな身体が宙に舞った。


「うわああああ!」


遠心力で弾き飛ばされたスフィアが、近くの木の幹に背中から激突する。


ドンッ!


「ギニャッ!」


強烈な衝撃に息が詰まり、スフィアは木の根元に崩れ落ちた。


「兄さん!」


ブルが駆け寄ろうとした瞬間、群牙猪が再び向きを変える。

今度の標的は、木陰に隠れている子供たちだ。


メリアが必死に叫ぶ。


「危ない!」


「みんな、もっと奥に!」


修道女が子供たちを押し込むように木の奥へと避難させようとするが、群牙猪の突進は速い。

巨大な体躯が地面を蹴り、土煙を上げながら一直線に向かってくる。


「させるか!」


ブルが群牙猪の進路に割って入った。

しかし、負傷した腕の痛みで動きが鈍い。


群牙猪の突進を受け止めようと身構えるが――。


ドガァンッ!


正面衝突の衝撃にブルの巨体が後方に押し流された。

足を踏ん張るも、群牙猪の勢いは止められない。


「うあああああ!」


ブルは両手を前に突き出して群牙猪の頭部を押さえつけようとするが、四本の牙が彼の胸部に迫る。


鎧の一部が壊れ、牙の先端が肌に食い込んだ。

まだ致命傷ではないが、このままでは胸部を貫かれてしまう。


「くっ……そ……」


ブルの足が地面に深く食い込む。

必死に踏ん張るが、群牙猪の力は強大だった。


その時――。


「おらぁっ!」


回復したスフィアが、群牙猪の後頭部めがけて飛び蹴りを叩き込んだ。


しかし、厚い毛皮に阻まれて有効なダメージは与えられない。

それでも、群牙猪の注意を引くことはできた。


「ブオッ!」


群牙猪がスフィアに向き直る。

その隙に、ブルは距離を取ることができた。


「ハァ……ハァ……」


二人とも既に息が上がっている。

スフィアの背中には木に激突した痛みが走り、ブルの腕と胸からは血が滲んでいた。


「やるな、こいつ……」


スフィアは剣を構え直すが、その手は微かに震えている。


群牙猪は二人を交互に見比べながら、次の攻撃のタイミングを図っていた。

その挙動には明らかに知性が見え隠れしている。

単純な猛獣ではなく、戦術をある程度理解する魔獣らしい。


ブルも傷の痛みに顔を歪めながら、武器を握り直す。

しかし、どちらも決定的な一撃を与える手段が見つからずにいた。


「クソ、動きを止められれば首筋を斬ってやるんだが……」


スフィアは歯噛みした。


群牙猪の防御力は想像以上に高く、二人の攻撃では表面を傷つけるのが精一杯だった。

このままでは体力の消耗戦になり、確実に不利になる。


「兄さん、動きを止めれば斬れるの?」


「あ? ああ。牙で止められるし、胴体斬る時も多分突進の勢いで弾かれてるとこはあると思うんだ。だから動きを止めれば……」


その時、ブルがちらりと子供たちの方を見た。

木陰に隠れて震えている小さな姿。

特に、あの花を見せてくれた女の子――アンナが怯えている様子が目に入る。


(あの子を……みんなを守らなければ)


ブルの心の中で、何かが変わった。


「僕が止めるよ」


「え?」


ブルの静かな声に、スフィアが振り返った。


その瞬間、スフィアはブルの目の奥に宿る光を見た。

いつもの怯えは消え、代わりに強い決意が宿っている。


「わかった。やれるかは聞かねえ。絶対に止めろ」


スフィアの信頼に、ブルは無言で武器を地面に置いた。

それが、彼の答えだった。


――怖くない。怖くない。


ブルは心の中で繰り返した。


そして、記憶の奥底からあの声が蘇る。

スフィアの――いや、タマ兄さんの声が。


『……んー、そうだな。お前の場合……よし、考えることをやめろ』


ブルは大きく息を吸い込んだ。

考えることをやめる。


『戦わないといけないときは一旦何も考えるな。そんで唸って吠えて、地面を何度も足でダンダンと踏みしめろ』


「ウオオオオオオオッ!」


ブルの咆哮が山間に響いた。


それは今まで聞いたことのないような、力強い雄叫び。

巨体から発せられる音は、まさに猛獣……否、怪物のそれ。


ドンドンドンドン!


大きな足が地面を踏み鳴らす。

その振動は地面を通して伝わり、群牙猪の足を震わせた。


――怖くない。怖くない……そうだ、全然怖くなんかない。


群牙猪が、突然の威嚇に動きを止めた。

今まで向かってくる一方だったのに、目の前の巨大なミノタウロスの迫力に圧倒されている。


『そしたら相手が怖くなくなるぞ』


――僕の威嚇にビビる相手なんて、全然怖くない!


ブルは恐怖を完全に振り切っていた。

代わりにあるのは、守りたいものを守る強い意志。


「うおおおおおおっ!」


もう一度の咆哮と共に、ブルは素手で群牙猪に向かった。


再度、群牙猪は突進を敢行し、巨大な牙が迫る。

しかし、ブルは怯まない。

両手を広げて、群牙猪の大牙を掴み取る。


「止めた!」


メリアの驚嘆の声が響く。


「すげー!」


「牛さんカッコイイ!」


「がんばれー!」


子供たちの歓声が上がる。


群牙猪は必死にもがくが、ブルの怪力には敵わない。

後ずさりながらも、確実にその動きを封じられていく。


そして――。


「よくやった」


一瞬で肉薄し、距離を詰めたスフィアが群牙猪の首筋に刃を当てていた。


「『対獣解体術』」


シュパッ


鋭い音と共に重要な血管が切り裂かれる。


「『血抜き(ブリーディング)』」


「ブギャアアアア……」


群牙猪の断末魔の声が山に響いた。

巨体が崩れ落ち、やがて動かなくなる。


血飛沫が舞い散る中、戦いは終わった。


「ハァ……ハァ……」


ブルは荒い息をついて両手を見つめた。

震えているのかと思ったが――震えていない。


本当に、怖くなかった。


「ブルお兄ちゃん、すごーい!」


アンナが駆け寄ってきて、ブルの手を取った。


「ありがとう、守ってくれて」


その純粋な笑顔に、ブルは照れくさそうに頬をかいた。


「どういたしまして……」


スフィアは剣を背に納めながら、満足そうに頷いた。


「上出来だ。あいつももう一人前の戦士……いや、男だな」


こうして、孤児院の子供たちの山菜採取の護衛依頼は、問題なく終了したのであった――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ