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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第三話 子供たちと山菜

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孤児たちと山菜採り

今回は2シーンに分けるとそれぞれが短くなりすぎてしまうので、ひとつにまとめています。

孤児院は街の外れに建つ、古いが手入れの行き届いた二階建ての建物だった。


石造りの壁には蔦が這い、窓辺には小さな花が植えられた木箱が並んでいる。

庭では洗濯物がのどかに風に揺れ、子供たちの笑い声が響いていた。

建物全体から温かみのある家庭的な雰囲気が感じられる。


三人が正門をくぐった瞬間――。


「あ!」


庭で遊んでいた子供の一人が、スフィアに気づいて大きな声を上げた。


「二本足で歩く猫さんだ――!」


その声に反応して、院内にいた子供たちが一斉に窓から顔を出す。

そして次の瞬間、まるで堰を切ったように建物から子供たちが飛び出してきた。


「わあああああああ!」


「猫さんだ猫さんだ!」


「可愛い!」


十数人の子供たちが、目をキラキラと輝かせながらスフィアに向かって走ってくる。

年齢は五歳から十二歳くらいまで様々で、どの子も無邪気な笑顔を浮かべていた。


「またこのパターンかよ!」


スフィアは即座に状況を理解して逃げの一手に出た。


小さな身体を素早く翻し、庭の木々の間を縫うように走る。

猫らしい身軽さで塀の上に飛び移り、素早く移動を試みるが――。


「待てー!」


「逃がすなー!」


子供たちの執念は凄まじく、まるで小さな猟犬の群れのようにスフィアを追い詰めていく。


「しっぽふわふわー!」


一人の男の子がついにスフィアの長い尻尾に手を伸ばした。

そして――がっしりと掴む。


子供は手加減というものを知らない。

全力で、本気で、容赦なく。

全力で掴まれた尻尾に激痛が走る。


「ギニャ――――!」


スフィアの絶叫が孤児院の空に響いた。


その悲鳴は猫のそれというより、もはや断末魔に近い響きだ。

普段どんな強敵と戦っても動じないスフィアが、子供の全力に屈したのである。


「すいません、やんちゃな子供たちで……」


修道女が慌てて駆け寄ってきた。

三日前にギルドで会った時と同じ、短めの髪をした清楚な女性である。

エプロンを着けた姿からは、まさに子供たちの母親代わりという印象を受ける。


「いえいえ、元気でいいですよ」


メリアは苦笑いを浮かべながら答えた。

子供たちの無邪気さは微笑ましく、多少騒がしくても許容範囲である。


そんな二人が会話している時――。


一人の男の子が、音も立てずに背後からメリアに忍び寄っていた。


年の頃は八歳ほど、黒髪に青い瞳の悪戯好きそうな顔つきをしている。

その手には人差し指と中指を立てた独特のポーズが準備されていた。


「隙あり!」


男の子の声と共に、メリアの尻に鋭いカンチョーが決まった。


「ぐっは――!?」


メリアの口から、上品さのかけらもない声が漏れた。


予期せぬ攻撃に身体が前のめりになり、思わず膝をつきそうになる。

それまで漂わせていた品格など、一瞬で吹き飛んでしまった。


「こ、これ!お客さんに何するの!」


修道女が真っ青な顔で男の子を叱る。

大切なお客さんに、子供が何ということをしでかしたのか。


「も、申し訳ありません子供たちが……」


「い、いえいえ。子供のやることですから……」


メリアは震える声でそう答えながら、必死に平静を装おうとしている。

顔は引きつっているが、理性では子供の無邪気な悪戯だと理解しようと努めていた。


一方、カンチョーを仕掛けた男の子は、自分の指の臭いを確認するように鼻に近づけ――。


「くっせー!」


大げさに顔をしかめて叫んだ。


まあ実際に臭いわけではないが。

仲間たちにウケを狙った過剰なリアクションである。


案の定、周囲の子供たち数名がそれを見て爆笑した。


「ゲラゲラゲラ!」


「やっべー!」


「リューくんすっげー!」


無邪気な笑い声が響く中、メリアの額に青筋が浮かんだ。


「……ええ、ええ、よくわかりましたとも」


メリアの声音が急激に変化した。


普段の上品で理知的な口調から、どこか危険な響きを含んだものへと変わっている。

目の奥には暗い炎が宿っていた。


こわい。


「鬼ごっこですねオラァ! 捕まえてお尻ひっぱたいてやる!」


完全にキレたメリアが、子供たちに向かって走り出した。


子供たちは笑いながら四散した。


「やべーぞ、あのねーちゃんが怒った!」


「逃げろ!」


しかし、その逃げ足の速さは並大抵ではない。

長年の悪戯とその後の追跡戦で鍛えられた、子供ながらなかなかの機動力である。


一方、木の上に避難していたスフィアは下の混乱を見下ろしていた。


「子供のやることじゃなかったのかよ」


皮肉めいた呟きが枝葉の隙間から漏れる。


その時――。


「助けてー」


か細い声が聞こえた。


「ん?」


スフィアが声の方向を見ると、建物の影でブルが数人の子供たちに囲まれている光景が目に入った。


「助けてー」


巨大なミノタウロスが、子供相手に困り果てていた。


「なんだこいつ、よえーぞ!」


「えいえい、木の棒でつついちゃえ」


子供たちは容赦なく、手に持った木の枝でブルの足をつついている。


もちろんブルにとって痛くも痒くもないが、怖がりの彼は完全に委縮してしまっていた。

巨体を小さく縮こまらせて、まるでいじめられている子犬のような情けない姿である。


「お前がいじめられとるんかいィ!」


スフィアのツッコミが響く。


そうこうしていると、修道女がぱん、ぱんと手を叩いた。


その音は決して大きくないが、不思議と院内全体に響き渡った。

まるで魔法にかかったかのように、走り回っていた子供たちの動きが一斉に止まる。


「はい、みんな整列! お世話になる冒険者さんにご挨拶よ!」


修道女の声に、子供たちは即座に反応した。


さっきまでの混乱が嘘のように全員がきちんと一列に並ぶ。

背筋を伸ばし、手を身体の横にぴったりと付けて、まるで軍隊のような規律正しさだ。


「よろしくお願いします!」


声を揃えて挨拶する子供たち。

その声量と統制の取れた動きは、まさに見事としか言いようがなかった。


「このガキども……」


「よく躾けられてますね……」


「修道女さん強い……」


三人は同時に呟いた。


彼らはこの場所で最も強いものが何かを、今初めて知ったのである。


「この方たちが今回の山菜採りに護衛をしてくださる方々よ」


修道女は整列した子供たちに向かって、三人を紹介し始めた。


「ええと……確か」


思い出すように、彼女は少し考え込むような仕草を見せる。


「なんとか喰らいのスフィアさんに、なんとか戦士のブルさんに……」


そして修道女は一旦言葉を切ると、胸を張って堂々と言った。


「モンスターマスターのメリアさんよ」


「つよそー!」


(パワーアップしとるぅぅぅ!)


子供たちは目をキラキラと輝かせて声を上げた。

「マスター」という響きが、彼らの想像力を大いに刺激したようである。

確かになんか強そうだ。


一方、メリアの心の中では激しいツッコミが渦巻いていた。


(二つ名自体が勘違いの産物だから絶妙に指摘しづらい! モンスターテイマーでもマスターでもないんですけど!?)


困惑するメリアの様子を見て、スフィアとブルはこっそりと笑いを堪えている。

肩を小刻みに震わせて、必死に笑いを押し殺していた。


それに気づいたメリアは、二人を睨みつけた。


「なんですか二人とも。何かおかしいことでも?」


「いえ何でもないです。マスター」


「ええ、問題ないです。ご主人様」


スフィアは普段のぶっきらぼうな話し方とは正反対の、わざとらしく丁寧な口調で答え、ブルも便乗して、大げさに頭を下げながら答える。

その巨体が恭しく頭を垂れる様子は、確かに従者のように見えなくもない。


「悪ノリして適当言わないでくださいよ!」


メリアの抗議の声が響いたが、それがかえって子供たちの興味を引いた。


「すげー!」


「やっぱり強い人は違う!」


「カッケー!」


子供たちの素直な感嘆の声が上がる。

彼らにとって巨大なミノタウロスを従える人間など、まさに英雄か何かに映ったのだろう。


メリアは、もはや説明する気力も失せて深いため息をついた。


こうしてメリアは子供たちから尊敬の眼差しで見られながら、三人は子供たちを連れて山へ向かったのだった。



◆◆◆◆



昼の山道は、緑豊かな木々に覆われていた。


陽光が葉の隙間から差し込み、地面に斑模様の影を落としている。


鳥のさえずりが響く中、時折風が木々を揺らして葉擦れの音を奏でていた。

山の斜面には様々な植物が自生しており、まさに山菜採りには絶好の環境である。


しかし──。


「あ! あそこに面白い石が!」


「こっちの花、綺麗だよ!」


「蝶々だ! 追いかけよ!」


子供たちの好奇心は留まるところを知らなかった。


十数人の子供たちが、それぞれの興味に従ってあちこちへと散らばろうとする。


一人が珍しい虫を見つければ、その周りに数人が集まって大騒ぎ。

別の場所では、変わった形の木の根に夢中になる子供たち。

さらには、小川のせせらぎに気を取られて水辺へ向かおうとする者まで現れる始末だった。


「みんな、あまり離れないでー!」


修道女の呼びかけが山間に響く。


「リューくん、そっちは危ないから戻って!」


「エミリーちゃん、お花は後で一緒に見ましょう!」


彼女は右へ左へと走り回り、散らばろうとする子供たちを必死に集めようとしていた。

修道服の裾を翻しながら、まるで羊飼いが群れをまとめるような動きである。


「トムくん、その木には登らないで!」


メリアも修道女と連携して、子供たちの収集に奔走していた。


一人一人の名前を覚えて、それぞれの特徴に応じた声かけをしている。

活発すぎる子には注意深く、恥ずかしがり屋の子には優しく話しかけていた。


一方、ブルは大きな耳をぴんと立てて周囲の音に神経を集中させていた。


彼の役割は警戒である。

山には様々な危険が潜んでいる可能性があり、子供たちが夢中になっている間も、常に周囲の状況を把握しておく必要があった。


風の音、鳥の鳴き声、遠くの獣の気配──すべてを聞き分けようと努めている。


そしてスフィアは──。


「またかよ!」


木の幹に身を躲らせながら、子供たちから逃げ回っていた。


「猫さーん、こっちこっち!」


「しっぽ触らせて!」


「一緒に山菜探そう!」


子供たちの熱烈な愛情攻撃は山でも続いていた。

スフィアは木から木へと飛び移りながら、同時に食料となりそうな獣を探している。

高所から見下ろせば、近づく獣の姿なども発見しやすい。

一石二鳥の逃避行動である。


そしてブルは警戒しながらも手に木の枝を持って、落ち葉の下を慎重に調べていた。


「ブルさんは木の枝を持って何を?」


修道女が興味深そうに尋ねた。


「一応落ち葉の下に蛇とかいないか確認してます」


ブルは慎重に落ち葉をかき分けながら答えた。


「山菜は落ち葉の下に隠れていることも多いですが、同時に小動物や爬虫類の隠れ場所でもありますから」


「あ、棒いいなあ!」


ブルの行動を見ていた子供の一人が目を輝かせた。


「俺もイイ感じの棒探す!」


「僕も棒欲しい!」


「私はもっと長いのが良い!」


瞬く間に、子供たちの関心が「棒探し」に移った。


それぞれが思い思いの基準で、理想の棒を求めて散らばり始める。

長さを重視する子、太さにこだわる子、形の面白さで選ぶ子──まさに千差万別である。


「みんな、あまり遠くに行かないで……」


修道女が困った顔で呟いた。


せっかく一箇所に集めたと思ったら、また新たな興味によって四散してしまう。

これでは永遠にいたちごっこが続きそうだった。

彼女の額に、うっすらと汗が浮かんでいる。


「山菜見つけたー!」


森の奥の方から、子供の声が響いた。


「あたしもー!」


「こっちにもあったよー!」


次々と報告の声が上がる。


子供たちは確かに山菜を見つけてくるのだ。

その成果は無視できないものがある。


彼らの鋭い観察力と好奇心は、大人が見逃してしまいそうな場所からも食材を発見していた。


「だから全面禁止にしづらいのよね……」


修道女が小声で呟いた。


子供たちの自由行動は確かに危険だが、同時に有益な結果ももたらしている。

完全に統制してしまえば、今度は山菜採りの効率が落ちてしまう。

まさにジレンマだった。


「わあ、この葉っぱ大きい!」


「見て見て、キノコ発見!」


「あ、これ食べられるやつじゃない?」


子供たちの発見報告は止まらない。


山の恵みに対する彼らの反応は純粋で、見ているだけで楽しくなってくる。

しかし、それと同時に安全管理の難しさも増していく。


「ちょっと、そっちは崖に近いから危険よ!」


「こっちのキノコは毒があるかもしれないから触らないで!」


「みんな、一度ここに集まってェー!」


修道女とメリア、二人の声が山間に響く中、子供たちの冒険は続いていく。

彼らの瞳は輝いており、山での体験を心から楽しんでいることが伝わってきた。

それでも、大人としては目が離せない状況である。


ブルは相変わらず落ち葉の下をチェックしながら周囲の警戒を続け、スフィアは木の上で獲物を探しながら子供たちから逃げ回り、修道女とメリアは散らばる子供たちをまとめることに奔走していた。


山菜採りは、予想以上に大仕事になりそうだった――。

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