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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第三話 子供たちと山菜

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三日前の冒険者ギルドにて

三日前──。


冒険者ギルドの石造りの建物は、朝の喧騒に包まれていた。


重厚な扉を押し開けて中に入ると、石床に響く様々な足音と、あちこちから聞こえる話し声が混じり合っている。

高い天井には明かりが建物全体を明るく照らしていた。

壁際には武器や防具を扱う店が軒を連ね、中央部分には受付カウンターと依頼掲示板が設置されている。


朝の時間帯とあって、多くの冒険者たちが新しい仕事を求めて集まっていた。

筋骨隆々の戦士、ローブを身に纏った魔術師、軽装の盗賊、様々な職種の冒険者が各自の目的で動き回っている。


そんな中――。


「キャー! タマちゃーん♡」


突然、甲高い女性の声が響いた。


受付カウンターの向こうから、冒険者ギルドの制服を着た受付嬢のマチルダが飛び出してきた。

その顔は喜色満面で、目をキラキラと輝かせながら一直線に駆けてくる。


「やめろっつってんだろがァ!」


ターゲットは、掲示板の前に立つ小柄な猫獣人――スフィアである。

マチルダは大の猫好きのため、二本足で歩くふわふわの毛並みのスフィアが大のお気に入りなのだ。


彼女の両腕がスフィアの小さな身体を抱きしめようと迫る中、スフィアは必死に逃げ回る。

小回りの利く身体を活かして、テーブルの下をくぐったり椅子の後ろに隠れたりと、まさに猫のような身軽さで逃げまくる。

まあ実際に猫なのだが。


「待ってータマちゃん! 今日も抱っこさせて―!」


マチルダの追跡は執拗かつ情熱的である。

受付カウンターを飛び越え、他の冒険者の間を縫うように走り、まるでスフィアを狙う猟犬のような執念を見せていた。


「人の迷惑考えろよクソ女ァ!」


スフィアの怒号が建物内に響く。

しかし、その声にも若干の慣れが感じられた。

どうやら日常茶飯事らしい。


一方、この騒動を眺めているメリアとブルは呆れ果てた表情を浮かべている。


「毎度のことながら凄いですね……」


メリアは溜息をついた。

ギルドに来るたび、この光景を目の当たりにしている。

最初は驚いたが今では慣れてしまって、むしろマチルダの体力に感心するほどだ。

スフィアが絡まなければ敏腕の受付嬢なのだが。


「兄さんも大変だなあ」


ブルも同情的な表情を見せた。

大きな手をもじもじと動かしながら、スフィアの災難を哀れんでいる。


そんな三人の様子を、他の冒険者たちは遠巻きに見ていた。


「おい、あれ見ろよ」


角のテーブルに座っていた冒険者の一人が、仲間に声をかけた。

筋肉質な体格の戦士風の男で、手には麦酒のジョッキを持っている。


「ん? あれは話題の獣人コンビ? もう一人いるが……」


相棒らしき盗賊風の男が振り返った。

スフィアたちの方に視線を向けて、興味深そうに眺めている。


小声で話しているつもりのようだが、メリアの耳には彼らの会話が届いていた。


(もうちょっと小声で話した方が良いと思いますけどねー。聞こえてますよー)


冒険者たちは自分たちの声がどの程度響いているか、あまり気にしていないようだ。


「『肉喰らい』のスフィア、『狂戦士』ブルズウルグスのコンビに三人目が入ったんだ」


戦士風の男が得意げに解説を始めた。

どうやら三人の活動は既に他の冒険者の間でも話題になっているらしい。


「へえ、できるやつか?」


「ああ。もう二つ名が付いてる」


自分に二つ名まで付いているとは、メリアは知らなかった。

まだあまり活躍していないはずだが、自分にも付いているなら聞いてみたい気もする――。


「凄腕ってわけか」


「二つ名は『モンスターテイマー』、モンスターテイマーのメリアだ……!」


(……ん?)


メリアの動きが止まった。

モンスターテイマー? 自分が?


(変な二つ名が付いてる……!?)


なんでそんな二つ名が。

困惑する表情で、メリアはブルの方を見た。


ブルはその時、肩を震わせて必死に笑いを堪えていた。

大きな身体を小刻みに震わせて、手で口元を押さえている。

明らかにメリアの二つ名を面白がっている様子だ。


「ブルさん?」


メリアはブルの脇腹を軽く肘で小突いた。

笑うのを止めなさいという意味を込めて。


しかし、その光景を見た他の冒険者たちには、まったく別のものに映った。


従者を躾けている主人のように見えたのだ。


巨大なミノタウロスが、小柄な人間の女性に従順に従っている。

まさに「モンスターテイマー」の二つ名にふさわしい光景ではないか――!


「なるほど、凄いやつみたいだな……!」


「ああ……!」


二人の冒険者は感嘆の表情を浮かべた。

その眼差しには、尊敬に近い感情が込められている。


(もはや何も言うまい……)


メリアは心の中で降参した。

誤解を解こうとすれば、さらなる誤解を生みそうな予感がする。

ここは諦めて、そっとしておくのが賢明だろう。


気を取り直して周囲を見渡すと、受付カウンターの片隅で困った様子の人影が目に入った。


年若い修道女が受付嬢と何やら依頼受付の相談している。

その表情は悩まし気で、時折困ったように眉を寄せていた。


修道女は二十歳前後だろうか。

質素な修道服に身を包み、短く切った髪が清楚な印象を与える。

手には小さな革の袋を握りしめており、それがどうやら報酬らしかった。


「どうにかできませんでしょうか……三日後なのですが……」


修道女の声は不安に震えている。

態度から察するに切迫した事情があるらしい。


相手をしている受付嬢はマチルダとは別の女性だ。

髪をきちんとまとめた落ち着いた雰囲気の中年女性である。

眼鏡をかけた知的な顔立ちで、冷静に状況を分析しようとしている。


「そうですね……三日後となるとベテラン冒険者の派遣は日数の関係で難しく……報酬がもっとあればすぐ派遣できると思いますが……」


受付嬢の説明はしっかりとしたものだが、修道女にとっては厳しい内容のようだった。

急ぎの依頼は、どうしても報酬が高くなってしまう。

それは冒険者ギルドの料金体系上、仕方のないことだ。


「どうしましょう……孤児院には追加報酬を上乗せするだけの余裕は……」


修道女の声がさらに沈む。

手にした革袋を見つめる表情は、まさに途方に暮れているという言葉がぴったりだった。


どうやら困っているようだ。


「どうなさいましたか?」


メリアは修道女のそばに歩み寄り、思わず声をかけた。


修道女は振り返ると、少し驚いたような表情を見せる。

恐らく、いきなり声をかけられるとは思っていなかったのだろう。


「あ、はい……実は孤児院の子供たちで山に定期的に山菜を採取しに行くのですが、今回はいつも護衛をしてくれる冒険者さんたちの都合がつかず、困っているのです」


なるほど、定期的な山菜採取ということは孤児院の食料調達の一環なのだろう。

子供たちにとって大切な行事でもあり、栄養源でもあるに違いない。


「山中で猪や熊などが出ても困りますし……子供たちにひもじい思いをさせたくはないのですが……」


その言葉には子供たちへの深い愛情がある。

彼らを世話する大人として、責任を感じているようだ。


「どれどれ、ちょっと依頼を拝見。……確かに相場より少し安めですね」


メリアは受付カウンターに置かれた依頼書に目を通す。

依頼書には報酬欄があるが、この内容にしては報酬が少し低めに設定されていた。


「あまり大きくない孤児院なもので、お恥ずかしい」


修道女は申し訳なさそうに頭を下げた。

どうやら精一杯やってはいるが、これ以上の増額が厳しい程度には経営はギリギリらしい。


「追加の報酬提示は難しいということでよろしいでしょうか」


受付嬢が確認を取る。

これ以上の交渉は難しそうだという判断らしかった。

ギルドとしても、無理な条件で冒険者を派遣するわけにはいかない。


「他に提供できるものと言っても……山菜料理くらいしか……」


修道女は困り果てた様子で呟いた。

現金以外で提供できるものを必死に考えているが、なかなか思い浮かばないようだ。


その時――。


「山菜料理……」


ブルの声が聞こえた。


振り返ってみると巨大なミノタウロスが興味深そうにこちらを見ている。

その大きな目には明らかに山菜料理への関心がある。


ごくり、とブルの喉が鳴った。


草食のミノタウロスにとって、山菜料理は何よりの御馳走であろう。

普段は宿の野菜料理で我慢しているが、山の天然物となれば話は別だ。

その美味しさは想像するだけでよだれが出そうになる。


メリアは苦笑いした。


ブルの食い意地の良さは、スフィアに負けず劣らずである。

肉と野菜という違いはあるが、美味しい食べ物への執着は同程度だった。

こうして三人は孤児院の子供たちの護衛依頼を受けることになったのであった――。

光の精霊竜の加護で山菜は割と季節を通して採れるという設定です。

地球じゃないしファジーで良いのだ。

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