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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第三話 子供たちと山菜

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角笛亭の朝

僕は、気が小さくて臆病者だ。


そのことを改めて実感させられたのは、それなりに大きな獣人村で育ったからかもしれない。

様々な種族の獣人が集まる村では、自然と比較される機会が多かった。


「同年代のやつらより身体が大きいのに」


「あれで勇猛なら大成しただろうに勿体ない」


「ブルズウルグスの弱虫」


「へたれ」


そんな言葉を何度聞いたことだろう。


同年代の男の子には虐められ、女の子からは相手にされなかった。

体格だけは立派なのに中身が全く伴っていない。

みんなから見れば、僕はさぞ情けない存在だったに違いない。


どうして僕はこんなに弱虫なんだろう。

もっと勇敢なら……と何度も思った。


ミノタウロスは本来、勇猛果敢であることが美徳とされる種族だ。

それなのに僕ときたら少しでも大きな音がすると飛び上がって、喧嘩の気配を感じただけで震え上がってしまう。

体格と気質が全く釣り合わない、出来損ないのミノタウロス。


それが僕に対する牛獣人の仲間たちの評価だった。


ある日、いつものように村の外れで一人ぼっちでいた時のことだった。


小柄な猫獣人を見かけた。

平均的な猫獣人よりも一回り小柄な、灰色の毛並みをした猫獣人の少年。


そして──。


「おい。チビのタマ。お前ちょっと生意気だぞ」


何匹かの猫獣人に囲まれているのが見えた。


ああ、あの子が虐められてしまう。


僕の胸は急に痛くなった。

自分と同じように、虐められている小さな仲間を見つけてしまったのだ。


助けに行かなければ。

でも、自分より小さい猫獣人相手でも怖くて助けに行けない。


勇気のない自分が恨めしい。


僕は木陰に隠れて、ただ震えながらその光景を見ているしかなかった。

自分の情けなさに涙が出そうになる。


そう思っていたら──。


「ンだとゴラァ! 調子乗ってんのはお前らだろがァ! もっぺんシバいてやらァ!」


小柄な猫獣人──タマの声が響いた。


「ニャ―――――!?」


次の瞬間、虐めていたはずの猫獣人たちの悲鳴が上がった。


小さな身体を低く構えると、まるで弾丸のように飛び出した。

一匹目の猫獣人の胸部に頭突きを喰らわせ、そのまま勢いで二匹目を押し倒す。

三匹目が慌てて逃げようとするが、素早い足払いを受けてもんどりうって転倒した。


「まだやるかァ!?」


立ち上がった彼は、倒れた猫獣人たちを睨みつける。

その小さな身体からは体格差を全く感じさせない圧倒的な迫力があった。


「ひ、ひぃ……もうしません!」


「ごめんなさい!」


「タマさんには逆らいません!」


ニャー!と悲鳴をあげながら猫獣人たちは慌てふためいて逃げていった。


違った。

彼は虐められてなんかいなかった。

超強かった。


僕は呆然としてその光景を見つめていた。

自分より遥かに小さな身体の猫獣人少年が、複数の相手を一人で撃退してしまったのだ。


その後、勇気を出して話しかけることができた。

タマさんは意外にも気さくで、すぐに知り合いになることができた。


何故あんなに強いのか聞いてみたが──。


「知らん!」


一蹴された。


「なんか知らんが昔から腕っぷしは強いんだ。そんだけで理由はねーし」


僕ががっかりすると、タマさんはちょっと困ったように言った。


「つーか、強い理由聞いても意味ねーと思うぞ。お前の場合、戦う勇気を出す方法がわかんねーんだろうし」


確かにその通りだった。

僕が知りたかったのは、強くなる方法ではない。

戦う勇気を出す方法だった。


「どうすればいいかな?」


僕の素直な質問に、タマさんは少し考え込んだ。

そして、ぽんと手を叩いて言った。


「……んー、そうだな。お前の場合……よし、考えることをやめろ」


「え?」


突拍子もない答えに、僕は戸惑った。


「戦わないといけないときは一旦何も考えるな。そんで唸って吠えて、地面を何度も足でダンダンと踏みしめろ。そしたら相手が怖くなくなるぞ」


タマさんは笑って言った。


その笑顔は僕が今まで見たことのないような、温かくて力強いものだった。

馬鹿にしているのでもなく、同情しているのでもなく、ただ純粋に僕を励まそうとしてくれているのが伝わってくる。


「本当に?」


「本当だ。騙されたと思ってやってみろよ」


その時のアドバイスが、今も戦士としての僕を形作っている。


僕がタマさんを兄さんと呼ぶようになったのは、それからだ。



◆◆◆◆



角笛亭の朝は、いつものように賑やかだった。


朝日が木製の窓枠から差し込み、古い板張りの床を温かく照らしている。

朝食を求めて集まった獣人や人間の客たちが、一階の食堂で麦粥やパンをほお張っていた。

湯気の立つスープの香りが建物全体に漂い、食器のカチャカチャという音や、様々な種族の話し声が混じり合って独特の活気を生み出している。


羊の女将が忙しそうに厨房と客席を行き来し、白いエプロンの裾をひらめかせながら湯気の立つ料理を次々と運んでいる。


木製のテーブルからは談笑の声が絶えず、まさに朝の活気に満ちた光景だった。


スフィアたちと出会ってから一ヶ月余り、メリアも宿を変えてこちらに拠点を移していた。

以前の人間向けの小綺麗な宿から、この獣人向けの角笛亭へ。


最初は獣人特有の野趣あふれる雰囲気に戸惑いもあったようだが、今では女将とも親しくなり、獣人の客たちとも自然に挨拶を交わすまでになっている。


二階へと続く木の階段は、長年の使用で足音が響きやすくなっており、スフィアの軽やかな足音とブルの重厚な足音が対照的なリズムを刻んでいた。

廊下の両側には客室が並び、朝の光が小さな窓から薄っすらと差し込んでいる。


スフィアとブルは、廊下の奥にあるメリアの部屋を目指して歩いていた。


「メリアいるかー?」


スフィアが木製の扉をコンコンとノックした。

しかし、中からは何の返事も聞こえてこない。

ブルも大きな耳をそばだてて聞き耳を立てるが、やはり反応がない。


「寝てるのかな?」


ブルが小声で呟いた。


「どうだろうな」


スフィアが扉の取っ手を回してみると、鍵は開いていた。

二人は顔を見合わせ、そのまま中に入ることにする。


「邪魔するぞ」


「失礼しまーす」


部屋に足を踏み入れた二人が目にしたのは──。


椅子に座って机に向かうメリアの姿だった。

机の上には銅貨や銀貨が山のように積み上げられており、メリアはその一枚一枚を丁寧に布で磨いている。


その表情は──。


「うへへ、銅貨がいちま~い。にま~い……」


あまりにだらしない顔で、正直言ってちょっと気持ち悪い。

目が細くなって、口元が緩んで、まるで何かに酔っているかのような恍惚とした表情を浮かべている。

普段の上品で理知的なメリアとは別人のようだった。


スフィアとブルは見ちゃいけない物を見てしまった顔をして絶句した。

二人とも口を半開きにして、まるで宇宙にでも飛ばされたかのような表情だ。

なんだあれ。


やがて、振り返ったメリアが二人に気づいた。


「あら、お二人とも。朝からどうしました?」


瞬時に普段の上品な表情に戻るメリア。

まるで先ほどの恍惚とした顔が嘘だったかのような、完璧な切り替えである。


スフィアは若干引き気味に尋ねる。


「いや、うん。その前にお前何してんの?」


「見て分かりません? お金を磨いてたんですよ」


メリアはあっけらかんと答えた。

まるで何も恥ずかしいことをしていなかったかのような態度だ。


「いやそうなんだけど、そうじゃねえんだよな……」


スフィアは困ったような表情を浮かべた。

何と説明すればいいのか、言葉を探しているようだ。


「金貨でそれやるのはまだわかるけど、銅貨でそれやってる人は初めて見るかな……」


ブルも率直な感想を述べた。

金貨なら価値も高いし磨く理由もまあ辛うじてわかる。

しかし銅貨を一枚一枚丁寧に磨くなど、普通の人はやらないだろう。


「知らないんですかブルさん」


メリアは得意げに胸を張った。


「銅貨もお金なんですよ」


「流石にそれは知ってるよ」


「そういう話はしてねえ」


ブルとスフィアは呆れたような声を出した。


「なんつーか、お前金貨いっぱいあったら金貨風呂とかやりそうだよな」


スフィアが何気なく呟いた一言に、メリアの表情が微妙に変わった。


「あれはおススメしませんね」


メリアは真面目な顔で答えた。


「裸で入ると金貨が肌に当たって痛いしお尻の間とか変なところに入りますし、実はやってて楽しくないです。それでもやるなら服を着てやるのが良いと思います」


「経験者じゃん」


経験済みだった。


二人は改めて、彼女のお金に対する情熱の深さを思い知らされる。


「それはそれとして、改めてどんな御用です?」


メリアは何事もなかったかのように話題を変えた。

金貨風呂の件など、まるで天気の話でもしたかのような軽い調子で流す。


「ああ、それな」


スフィアは我に返ったように口を開いた。


「孤児院の依頼受けただろ? そろそろ出立しようと思って」


そう、発端は三日前に遡る――。


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