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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第三話 子供たちと山菜

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王城パート③

夕刻の王城は、静寂に包まれていた。


石造りの堅牢な壁が、暗くなり始めた空と重々しく向き合っている。

高い塔の頂上では見張りの兵士が交代の時間を迎え、足音を響かせながら階段を上り下りしていた。

城壁に立つ衛兵たちの松明が、冷たい石に揺らめく影を落としている。


王城の奥深く、重厚な扉に守られた謁見の間では二つの人影が向かい合っていた。


「では、積極的に探しに出た方がよいということだな」


夕焼けの光に彩られた王座に座る国王の声は、広い謁見の間に響く。


一ヶ月間、城に集まる勇者候補たちを次々と調査してきたが、未だ真の勇者は見つかっていない。


時間だけが過ぎていく焦燥感。

王の表情に深い皺が刻まれていく。


「ああ、黙って待っているだけでは埒が明かないからね」


王の前に立つエルセインは、穏やかながらも確信に満ちた声で答えた。

長い白髪が松明の光を受けて、まるで絹糸のように美しく輝いている。


「集まってくる候補者の対応は王城の兵士や魔術師たちでどうとでもなる以上、我々は更に別の手を講じるべきだと思う」


調査の結果、今のところ城に現れた勇者候補たちは皆、真の勇者ではなかった。

力自慢の傭兵、名を上げたい貴族の次男、一攫千金を狙う商人崩れ──様々な人間が現れたが、勇者の証である真の紋章を持つ者は一人としていなかったのだ。


「王は邪神竜ヴァルノスの存在を表に出さず、秘密裏に捜索するという方針を出していたね。私もその方針は賛成だ」


エルセインはゆっくりと続けた。

その声は謁見の間の石床に静かに響く。


「大規模に捜索すると邪教団『黒き翼』に動きを読まれやすくなるし、民が不安に浮足立つと経済的にも国が揺らぐ」


邪神竜ヴァルノス復活の脅威を国民に知らせれば、大混乱は避けられないだろう。

商業は停滞し、農業は放棄され、人々は恐怖に駆られて逃げ惑うかもしれない。

そうなれば、邪神竜が復活する前に国そのものが崩壊してしまう。


「では、少数による捜索となるか」


王は深いため息をついた。


玉座の背もたれに身を預け、天井の高いアーチを見上げる。

そこには代々の王たちの肖像が掲げられており、彼らもまたかつて様々な困難に立ち向かったのだろう。


「そうなるね。問題は少数では捜索範囲が狭いこと、そして戦力が低くなるという事かな」


エルセインの分析は冷静だ。

使える人材を選出しなければならない。


「となると、誰を向かわせるかだが……」


王は重い決断を迫られていた。

信頼できる人材は限られている。

しかも、邪神竜ヴァルノスという途方もない脅威に立ち向かうだけの実力を持つ者となれば、さらに候補は狭まる。


「私が行こう」


エルセインの提案に王は驚いた表情を見せた。


「そなたが? 何故?」


エルセインは確かに魔術師として優秀だが、なぜ自ら危険な任務に赴こうとするのか。


「実は私は、邪神竜を封じた当時の勇者が持っていた伝説の剣。そのありかを知っている」


エルセインの言葉に王の目が大きく見開かれた。


伝説の剣。

それは邪神竜ヴァルノスを封印した勇者アルトリウスが使用したとされる、伝説の武器。

もしそれが実在するなら、邪神竜との戦いにおいて大きな力となるだろう。


「勇者を探すのならそこを見ておきたい。我々が知らないだけで、実は勇者は邪神竜のことを既に知っていて動いている可能性もあるからね」


エルセインの推理は鋭い。

真の勇者なら、何らかの方法で邪神竜ヴァルノスの脅威を察知している可能性は十分にある。

そして、伝説の剣を求めて行動を起こしているかもしれない。


「そうでなくとも、教団に先んじて回収しておくことは利点となるだろう」


「なるほどな」


王は納得したように頷いた。

確かに勇者を探すという目的と、伝説の剣を回収するという目的、両方を同時に達成できる可能性がある。


「だが辺境の遺跡だ。魔獣の巣窟となっている可能性があってね」


エルセインの表情が少し陰る。

長い年月を経た遺跡には、往々にして危険な魔獣が住み着いているものだ。

単独での探索は、いかに優秀な魔術師といえども危険すぎる。


「流石に私だけでは心もとない。誰か腕の立つ人材が欲しいんだが……」


王は考え込んだ。

腕の立つ人材で、しかも信頼できる者。

そして何より、この重大な秘密を託すことのできる人物──。


「……息子のラファエル王子を付けよう」


王の決断が謁見の間に響いた。


「魔力も高く、剣の腕も立つ自慢の子だ。役に立つだろう」


そう、ラファエル王子は優秀だ。

魔術、剣術、騎士道、政治学──あらゆる分野で王子として相応しい教育を受け、優秀な成績を収めている。

実戦経験こそ少なく若干直情的なものの、その才能は誰もが認めるところだ。


何より、彼は身内だ。

人柄も把握できているし、信頼できる人材としてはこれ以上ないだろう。


「良いのかい? 彼は……」


エルセインは慎重に言葉を選ぶ。

王子を危険な任務に同行させることの重大さを、彼は理解している。


「ああ。一人息子である故、次の王となる男だ」


王の声には、父親としての複雑な感情があった。

愛する息子を危険にさらしたくないという思いと、国の未来を託すべき人材として期待する思いが交錯している。


「だが現状が国難である以上、使える人材を遊ばせておくわけにもいかん」


それは王としての判断。

個人的な感情よりも、国家の存亡を優先する冷徹な決断。

それこそが王に求められる資質なのかもしれない。


「そうか……わかった。大事な子息をお預かりするよ」


エルセインの声には重い責任を引き受ける覚悟が込められていた。

彼もまた、この決断の重大さを十分に理解している。


「ああ」


王は短く答えたが、その一言に込められた信頼の重さは計り知れない。


「出立は早い方が良い。急で済まないが、明朝早くに出立したい。伝えておいてくれないか」


エルセインの提案に、王は無言で頷いた。

時間は刻一刻と過ぎている。

邪神竜ヴァルノスの復活が近づいているかもしれない今、一刻の猶予もないのだ。



◆◆◆◆



明け方の城門前には、朝靄が立ち込めていた。


東の空がほんのりと白み始め、夜の闇が徐々に後退していく。

城壁の石は夜露に濡れて黒く光り、衛兵たちの鎧の音が朝の冷気の中で響く。


そこに、旅装を整えた二人の人影が立っていた。


一人はエルセイン。

いつもの宮廷魔術師としての正装ではなく、旅に適した質素な衣服に身を包んでいる。

背中には魔術師の杖と旅の荷物、腰には護身用の短剣。

その表情は普段と変わらず穏やかだが、目の奥には強い光が宿っている。


もう一人は──。


「ラファエル王子、しばらく城には帰れなくなる。今のうちに見納めておくと良い」


エルセインの言葉に、隣に立つ若い男性が振り返った。


燃えるような赤髪を持つ精悍な顔つきの青年。

彼こそがラファエル王子。


父親である国王に似た気品ある容貌に若々しい力強さが加わった、まさに理想的な王子の姿がそこにあった。


「そうだな」


ラファエルは朝靄に浮かぶ王城を見上げて呟いた。

その瞳には生まれ育った城への愛着と、これから始まる未知の旅への期待が交錯している。


石造りの堅牢な城壁、高くそびえ立つ塔、風にはためく国旗。

すべてが朝靄の中に幻想的な姿を見せていた。

いつもは当たり前のように見ている光景が今日は特別な意味を持って目に映る。


「父上、行ってまいります」


王子の言葉は、朝の静寂に小さく響いた。



王城の最上階近くのバルコニーから、一人の人影が旅立つ二人を密かに見送っていた。


国王は石の手すりに手をかけ、遥か下方の城門を見下ろしている。

朝靄のために二人の姿は小さくしか見えないが、それでも我が子の後ろ姿を見つめる父親の目があった。


実は王は迷っていた。


昨夜、エルセインに王子の同行を提案した時は確かに論理的な判断だったと思う。

王子を国難解決の立役者にすればラファエルの次期王としての評価に箔が付く。

そういう欲目もあって提案をしたのだ。


だが一夜明けて冷静になってみると、息子を心配する親の心が出てきてしまっていた。


本当にこれでよかったのかと自問自答する。


愛する一人息子を得体の知れない危険にさらしてよいものなのか。

王としての判断と、父としての情が激しく葛藤している。

太い眉の間に深い皺が刻まれ、その表情には苦悩の色が濃く浮かんでいた。


だが既に賽は投げられたのだ。


王子は既に出立の準備を整え、エルセインと共に城門の前に立っている。

今更、父親の心配を理由に任務を取り消すわけにはいかない。

それは王としての威厳を損なうことになるし、何より息子の誇りを傷つけることになるだろう。


彼にはもう祈ることしかできない。


「無事に帰ってきてくれ、ラファエル」


王の言葉は誰に聞かれることなく、朝靄の中に消えた。


風がバルコニーを吹き抜けて王の髪を軽く揺らす。

東の空は次第に明るくなり、新しい一日の始まりを告げている。

だがこの朝は、王にとって特別な重みを持つ一日の始まりでもあった。


遥か下方では二人の旅人が城門をくぐり、王都へ続く道へと向かっていく。

その小さな後ろ姿が、朝靄の中に次第に溶けていった。


王は長い間、空になった道を見つめ続けていた。

父として、そして王として、彼らの無事な帰還を心から願いながら。


なお、このあたりの話はスフィアたちの冒険に関係が無いため、一旦ここで筆を置くこととする。


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