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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第二話 草原と貴族冒険者

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黒鉄牛の実食と別れ

ブルの圧倒的な戦闘力を目の当たりにした黒鉄牛の群れは、完全に戦意を喪失していた。


恐怖に駆られた魔獣たちは我先にと草原の奥へと逃げ散っていく。


地響きのような蹄の音が次第に遠ざかり、やがて静寂が草原に戻った。

彼らがこの場所に戻ってくることは、しばらくないだろう。


戦闘終了後、ピエールたちがやってきた。


「素晴らしいっ! 圧倒的じゃないか我が戦力は!」


ピエールは両手を広げて大げさなポーズを取りながら感嘆の声を上げた。

まるで自分の手柄であるかのような得意げな表情を浮かべている。


「いやブルさんはウチの戦力じゃないですから。他所のチームですから」


アレッタが疲れたような表情で訂正した。

冷静に現実を指摘するその声音には、若干の呆れが混じっている。


「なるほど、狂戦士と呼ばれるわけだ……」


ゼノは納得したように呟いた。

目の前の光景を見て、同じ戦士としてブルの実力を素直に納得したようだ。


ブルはそんな視線を受けて、大きな身体を少し縮こまらせながら恥ずかしそうにしていた。

褒められることに慣れていない様子で、もじもじと手をいじっている。


一方、スフィアは既に肉を食べるモードに入っていた。


「おーい。手が空いてるやつは解体手伝ってくれ。俺一人じゃ無理だ」


三頭分の黒鉄牛を前にして、スフィアは全員に声をかける。

一人で解体するにはいくらなんでも量が多すぎる。


「ブルさんは解体は?」


メリアが尋ねた。


「できないよ。草食だから必要なかったし、手が大きくて細かい作業はちょっとね」


ブルは困ったような表情で両手を見下ろした。

確かにその巨大な手では繊細な解体作業は困難だろう。


「メリアさんは?」


「一応商家の令嬢だったもので……」


メリアは苦笑いを浮かべながら答えた。

元とはいえ上流階級の女性が、血なまぐさい解体作業をするとは考えにくい。


「そういうことなら手を貸そう……我が精鋭がねっ!」


ピエールが颯爽と前に出て、得意げに指を鳴らした。


パチン!


指パッチンの音とともに、十数人のメイドと執事の軍団が再び一斉に馬車から現れた。


「部下かよ。いや助かるが」


スフィアは少し呆れるが、助けが得られるなら文句はない。


彼らの動きは完璧に統制されており、まるで軍隊のような規律正しさを見せる。

解体役、料理の準備役、設営役に分かれて、それぞれが手慣れた様子で作業を開始した。


メイドたちは馬車から様々な家具を運び出し、あっという間に野外とは思えないほど快適な食事空間を作り上げる。

テーブル、椅子、食器、調理器具など、必要なものが次々と運ばれてきた。


「あの馬車のどこにこんなものが……」


「馬車に内部拡張の魔法でもかかっているんでしょうかね」


ブルの疑問にメリアが答え、ブルは「そういうのもあるんだ」と納得する。


一方、執事たちは黒鉄牛の解体に取りかかる。

その手際は職人のようで、無駄のない動作で肉を部位ごとに切り分けていく。


ピエールは運び込まれた豪華な椅子に優雅に座り、まるでその場の主であるかのような態度を取っている。


メリアが少し心配そうに呟いた。


「一応依頼食材なんですが……」


「問題ねえよ。どのみち依頼は一頭分、多くても二頭ありゃ良い。一頭はここで食っちまおう」


スフィアはあっけらかんと答えた。


「もともと余分に狩って食べるつもりだったでしょ。兄さん」


ブルが苦笑いを浮かべながら指摘し、スフィアは明後日の方向に視線を向けて誤魔化した。

やはりスフィアの真の目的は、美味しい肉を食べることだったのだ。


やがて、熟練のメイドと執事たちの手によって解体された肉が運ばれてくる。


黒鉄牛の肉は、その名の通り黒みがかった深い赤色をしており、きめ細かく美しい霜降りが入っている。

サーロイン、リブロース、ヒレ、モモ、バラ肉など、様々な部位が丁寧に切り分けられ、それぞれの特徴を活かした調理法で準備されていく。


まず最初に焼かれたのは、サーロインの厚切りステーキだ。


執事の一人が熟練の手つきで肉に塩胡椒を振り、分厚い鉄板が炭火の上で熱せられ、表面が白く煙り始めた頃合いを見計らって執事は肉を静かに載せた。


ジュウゥゥゥゥ――――。


瞬間、激しい音とともに白い湯気が立ち上がった。

肉の表面が鉄板に触れると、たちまち美しい焼き色が付き始める。

香ばしい匂いが立ち込め、周囲にいた全員の鼻孔をくすぐった。


「うおおお、いい匂いだ」


スフィアの目が輝いた。三角の耳がぴょこぴょこと動き、明らかに興奮している。


次に調理されたのは、リブロースのローストだ。


執事は時折肉に串を刺して内部の温度を確認し、完璧な火加減を保ちながら調理を続けた。

肉の表面からは時折プツプツと脂が滲み出し、それが炭火に落ちて小さな炎を上げる。

その度に、より一層香ばしい匂いが立ち上った。


メリアが感心したように呟く。


「実家でこういうの昔食べてましたが、調理しているところは初めて見ました」


最も柔らかい部位であるヒレは、薄くスライスしてから軽く炙る程度に留められる。


表面にサッと火を通すだけで、中はほぼ生の状態を保つ。

この調理法により、黒鉄牛の持つ本来の味と食感を最大限に活かすことができるのだ。


バラ肉は串に刺して炭火の上でゆっくりと回転させながら焼かれた。

脂が徐々に溶け出し、ポタポタと炭火に滴り落ちる。

その度に炎が勢いよく立ち上がり、肉の表面を舐めるように包み込んだ。


「お待たせいたしました」


執事の一人が、完成した料理を丁寧に盛り付けて各員の前に運んでくる。


「ブル様にはこちらの野菜料理となります」


「え、野菜もあるんですか。やったあ」


「元々は旅の道中で野菜を食べられるように用意させたものだが、お口に合えば幸いだ」


ピエールが胸元にナプキンを付けながら、ここに野菜がある理由を説明する。


スフィアがまず最初に口にしたのは、サーロインステーキだ。


「いただきます!」


一切れ口に入れた瞬間、その表情が一変する。


「うまっ!」


黒鉄牛の肉は、普通の牛肉とは全く違う次元の美味しさだった。


噛むたびに肉汁が口の中に溢れ出し、その旨味の濃さは想像を絶するものがある。

しかも決して脂っこくなく、むしろ上品で洗練された味わいだ。


魔獣特有の野性味はありながらも、それが不快な臭みではなく、むしろ力強い生命力を感じさせる美味しさとして昇華されている。

肉の繊維はきめ細かく、舌の上で溶けるような食感を持っていた。


「本当に美味しいですね」


メリアも同様に感動の表情を浮かべた。

上品に小さく切って口に運びながら、その味わいを堪能している。


「うん、こっちも美味しい」


ブルは野菜料理を食べながら、嬉しそうに微笑んでいた。

肉は食べないが一緒に調理された野菜は絶品で、十分に食事を楽しんでいる。


次に試したのは、リブロースのローストだ。


こちらは更に厚切りにスライスされており、断面を見ると完璧な桜色に仕上がっている。

中心部は美しいピンク色で、外側に向かって徐々に茶色に変化するようなグラデーションが見事だ。


一口食べると、サーロインとは全く違う魅力が口の中に広がった。

より濃厚で、深いコクを持つ味わい。

黒鉄牛の持つ野性的な力強さがより強く感じられ、肉の繊維がほろほろと崩れ、舌の上で溶けていく。


「この肉、本当に魔獣なんですか? 普通の牛肉より美味しいような……」


メリアが驚いたように尋ねた。


「魔獣の肉は総じて旨いんだ。俺もよくわからんが、魔力を多く含んでるからかもな」


スフィアが説明しながら、次の一切れに手を伸ばした。


ヒレ肉の炙りは、まさに絶品だ。


口に入れた瞬間、まるでバターのようにとろけていく。

しかし決して脂っこくはなく、むしろ上品で繊細な甘みが舌を包み込む。

生に近い状態で調理されているため、黒鉄牛の持つ本来の味が純粋に楽しめる一品だ。


「これは……素晴らしいとしか言いようがないな」


ピエールも思わず声を失った。

普段から高級料理に慣れ親しんでいる彼でも、この味わいには感動せずにはいられない。


バラ肉の串焼きは、また違った魅力があった。


「これ、うっま!」


「うむ……」


アレッタとゼノも串焼きを口に含んで驚く。


適度な脂の甘みと、炭火で焼かれた香ばしさが絶妙にマッチしている。

肉の繊維はやや粗めだが、それが逆に良い。

噛むたびにジューシーな肉汁が口の中に広がり、ワイルドでありながら上品な味わいを楽しめる。


「こりゃたまらんな」


スフィアは既に二本目の串に手を伸ばしていた。


料理はまだ続いた。


内臓肉も丁寧に下処理されて調理されており、レバー、ハツ、腎臓など、それぞれが異なる調理法で供された。

どれも臭みは全くなく、黒鉄牛の内臓特有の濃厚な旨味が存分に味わえる。


「内臓もこんなに美味しいなんて」


メリアは最初こそ躊躇していたが、一口食べてからは夢中になって食べていた。

以前ワイバーンの内臓を食べた時の感動が蘇る。


「スープもご用意させていただきました」


黒鉄牛の骨から丁寧に取った出汁をベースにした、深いコクのあるスープだった。

野菜も加えられており、肉の旨味と野菜の甘みが絶妙に調和している。


「このスープ、すごく体に染みますね」


メリアがほっとした表情で呟いた。


その時、ピエールが立ち上がり、声を大にして叫んだ。


「こんな美味を共有しないなど勿体ない! 諸君らも味わいたまえ。これは主人の命だ!」


「しかし、それは……」


「僕が許すっ! 此度は無礼講であるっ!」


「……承知いたしました」


リーダーと思われる老執事は困った顔を浮かべながら、最終的に承諾した。


ピエールの意向により食事はメイドや執事たちにも振舞われ、全員が草原での豪華な食事を楽しむこととなる。


美味しい物は誰かと一緒に食べるのが良い。

その意見はスフィアも賛成だ。

奇しくも食事に対する嗜好が同じという事もあり、スフィアのピエールを見る目が優しくなる。


「……あいつ結構いい奴かもな。変人だけど」


「ですね。変人ですが」


「まあ……変な人ではあるよね」


三人は互いにピエールに対する認識を改める。

変人認定は共通しているが。


普段は主人に仕える立場の彼らも、この時ばかりは一緒のテーブルに座り、和やかな雰囲気で食事を共にする。

多少変人ではあるものの、ピエールの人柄の良さが伝わってくるようであった。



◆◆◆◆



やがて夕陽が草原を赤く染める頃、別れの時が来た。


西の空に沈みゆく太陽が、草原一面を黄金色に染め上げている。

食事の片付けを終えたメイドと執事たちが、テーブルや椅子を手際よく馬車に運び込んでいた。


スフィアたちは行きの行商人との帰路の護衛契約があるため、ピエール一行とここで別れることになる。

依頼分を考えてもなお余る肉は、行商人におすそ分けする予定だ。


「あんがとな」


スフィアはピエールの前に立ち、いつもの猫のような軽やかさではなく、しっかりとした足取りで歩み寄った。

三角の耳が夕風に軽く揺れ、金色の瞳には素直な感謝の光が宿っている。


「解体手伝ってもらった上に食事まで作って貰って」


小さな手を差し出しながら、珍しく照れくさそうな表情を浮かべている。


「なんの。こちらこそ楽しい食事ができて満足だとも」


いつもの大げさなポーズではなく、自然で温かい笑顔を浮かべながらスフィアの手を握った。


「良い思い出ができた。礼を言いたいのはこちらだよ」


二人は固く握手を交わす。

ピエールの大きな手がスフィアの小さな手を包み込み、夕風が二人の髪を優しく撫でていく。


ふと、スフィアが小首を傾げて疑問を抱いた。


「ところでピエール。あんた肉持って帰らないみたいだけど何しに来たんだ? 依頼じゃないのか?」


そういえばピエールは、黒鉄牛の肉を一切持ち帰ろうとしていない。

普通なら調達依頼でもあるのかと思うが、その様子が全く見られなかった。


「いいや? 黒鉄牛の群れがいると聞いたから来ただけだが?」


ピエールはあっけらかんと答えた。

その表情には一切の悪意もなく、まるで観光にでも来たかのような気軽さである。


「依頼じゃなかったのか!?」


スフィアの声が裏返った。


「依頼もなしにここに来たの!?」


ブルも大きな目を見開いて驚いている。


一方、馬車の近くではアレッタが慌てたような表情で振り返っていた。

既に馬車に片足をかけていたが、その動きが止まっている。


「調達依頼の護衛じゃなかったんですか!?」


「なんでそっちも驚いてるんですか!?」


メリアが呆れたような表情でアレッタを見る。

護衛側が依頼内容を把握していないとは、一体どういうことなのか。


「いや、黒鉄牛のいる草原に行くから力を貸してくれとかなんとか言われて……」


アレッタは困惑した表情で頭をかきながら説明した。

確かにそう聞いていたが、具体的な目的については詳しく聞いていなかったようだ。


「その通りだと思うが?」


ピエールは首を傾げた。


本人にとっては何も間違ったことは言っていないつもりらしい。

いや実際間違ってはいないのではあるが。


「報連相はしっかりした方が良いですよ……」


メリアが深いため息をつきながら忠告した。

これでは護衛される側も護衛する側も、お互いに困ってしまうだろう。


疲れた顔で馬車に乗り込むアレッタとゼノ。


アレッタは肩を大きく落とし、まるで長い戦いを終えた戦士のような疲労感だ。

一方のゼノは相変わらず寡黙だが、その表情にも明らかな疲れの色が見て取れる。

二人とも今日一日の心労は凄まじかったらしい。


馬車の扉が重い音を立てて閉まり、ピエールたちの姿は豪華な内装の中に消えた。


ピエールは馬車の窓から身を乗り出して夕風に髪を揺らしながらこちらに手を振っている。

その姿は夕陽を背景にシルエットとなり、どこか絵画のような美しさがあった。


「では、我々はこれで! スフィア君、ブル君、メリア君! また会おう! 我が友たちよ!!」


その声は夕暮れの草原に朗々と響いた。

相変わらず大げさだが、そこには確かな親愛の情が込められている。


「なんかいつの間にか友達になってる……」


「……まあ、いいけどな」


ブルの声に、スフィアは肩をすくめながら答えた。

悪い奴ではないし、今日は本当に世話になったのも事実である。


「もし機会があれば我が家に来てくれ! 歓迎するぞー!」


ピエールの最後の言葉が夕暮れの草原に走る。

馬車はゆっくりと動き始め、車輪が草を踏む音が静かに響く。


豪華な馬車は夕陽の中をゆっくりと進み、やがて馬車は丘の向こうに消えていく。


草原には再び静寂が戻り、夕風が草を揺らす音だけが聞こえてくる。


三人は並んで立ち、馬車が去った方向をしばらく見つめていた。

夕陽が彼らの影を長く草原に落とし、一日の終わりを静かに告げている。

虫の鳴き声が遠くから聞こえ始め、夜の気配が草原に忍び寄ってきていた。


そして馬車が完全に見えなくなった後、三人は顔を見合わせた。


「家どこだよ」


三人の疑問の声が、静かに草原に響いたのであった――。


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