貴族冒険者一行
馬車の揺れが止まり、一行が馬車を下りると草原の爽やかな風が鼻孔に流れ込んできた。
「着きましたねー」
メリアは伸びをしながら馬車から降りた。
二日間の移動でさすがに体が凝っているようで、肩を回しながら周囲を見回している。
見渡す限りの緑の草原が広がり、遠くには山並みが霞んで見えていた。
「いやあ、ここまで護衛に来てくれて助かったよ」
行商人の男性は心底安堵した表情で三人に感謝を述べる。
中年の商人は人当たりが良く、道中も気さくに話しかけてくれた人物だった。
一人での長距離移動は確かに不安だったろうし、これだけの護衛がいれば安心して商売に専念できるだろう。
しかし、スフィアとブルはちょっと遠い目をしていた。
「メリアさん凄かったね……」
ブルが小さな声で呟いた。
そのつぶらな瞳には、まだ二日前の出来事への驚きが残っている。
スフィアも同様に感嘆の声を漏らした。
「あいつの売り込みプレゼン凄かったな……」
二日前の停留所で、メリアは商家出身ならではの口の上手さを総動員してブルを『一人で山賊十人と戦える重戦士』スフィアを『ワイバーン討伐の実績を持つ熟練戦士』として売り込んでいた。
身振り手振りを交えた熱弁に、行商人は完全に引き込まれて即座に契約を決めていたのだ。
「あいつブルの戦闘見たことないはずなのに盛りまくってたな……」
スフィアが呆れたような口調で振り返った。
「そう外れてないのも凄いよね……」
ブルも苦笑いを浮かべながら同意する。
実際のところ、メリアの説明はブルの戦闘スタイルをかなり正確に言い当てていた。
ブルが持っている大きな手斧と金属製の棍棒。
それを見て考えたのだろう、メリアの熱弁した戦闘方法。
両手に武器を持ち、大きな手斧で弾いて大きな金属の棍棒で叩き潰すスタイルというのは、まさにブルの得意とする戦法そのものであった。
観察眼があるのは流石は商人の娘といったところだろう。
行商人が馬車に戻りながら声をかける。
「それじゃ、私はすぐ近くの村で商売しているから仕事が終わったら来てくれ」
「はい、帰りもお願いします!」
メリアは元気良く手を振って応じた。
既に帰りの護衛契約も結んでいるあたり、商人根性は健在である。
行商人を乗せた馬車がガタガタと音を立てながら草原の道を進んでいく。
やがてその姿は丘の向こうに消えて、三人だけが草原に残された。
「見てください二人とも! 黒鉄牛が何頭もいますよ!」
メリアが興奮気味に指差した先には、黒い牛のような魔獣たちがのんびりと草を食んでいる光景が見えた。
――黒鉄牛。
その名の通り、黒い鉄のような光沢を持つ毛並みが特徴的な魔獣だ。
普通の牛よりも一回り大きく、角も立派で鋭い。
しかし群れを守るために戦うことはあれど好戦的ではなく、今は平和そうに草を食んでおり、特に警戒している様子はない。
「結構な群れだなー」
スフィアは腕を組みながら数を数える。
ざっと見ても十数頭以上はいるようで、一度に相手をするには多すぎる数だ。
「いっぺんに相手するのはきついね」
ブルも同意する。
群れで行動する魔獣は、一頭が危険を察知すると全体が警戒状態になる。
そうなると次々と攻撃を仕掛けてくるため、かなり厄介な相手となるだろう。
「端のやつから手を出していくか」
スフィアが戦術を提案する。
群れから離れた個体を狙い撃ちすれば、他の個体に気づかれるリスクを最小限に抑えられるだろう。
「それで……」
ブルが同意しかけた時、三人の視線が別のものに向けられた。
草原の近くに、やけに豪華な馬車が停留していたのだ。
その馬車は明らかに一般的なものとは格が違う。
装飾が施された大きな車体、率いる二頭の馬の立派な馬体、金具の細工など、どこを見ても高級馬車であることがわかる。
貴族でなければ所有できないような代物が、街道の端っこの草原に何故かある。
ブルが首を傾げた。
「この馬車何?」
「さあ……」
スフィアも困惑している。
「華美ですし貴族ですかね?」
「こんな場所にか?」
メリアの推測にスフィアが疑問を呈した瞬間、豪華な馬車の扉が勢いよく開かれる。
そして中から、明らかに積載オーバーしている人数だろう十数人のメイドと執事たちが次々と降りてきた。
全員が整った制服に身を包み、完璧に訓練された動作で馬車から出てくる。
その統制の取れた様子は、まるで軍隊のようだ。
そして最後に、華美な鎧を身に纏った貴族らしき青年が優雅に降りてきた。
「これはこれは、君たちも冒険者かな?」
その青年は大げさなリアクションでポーズを決めながら声をかけてきた。
片手を腰に当て、もう片方の手を空に向けて伸ばすという、演劇的な決めポーズである。
「我が名はピエール。ピエール・アルファトリス! 冒・険・者……だっ!」
名乗りの台詞に合わせて、周囲のメイドと執事たちが一斉に反射板のような道具で陽光を集め、青年を物理的に明かりで照らし始めた。
同時に、訓練された歓声と拍手が響く。
その光景は、まるで舞台の上での演技を思わせる。
「なんだこいつ」
三人は完全に引いていた。
あまりの大げささと演出の過剰さに、どう反応していいのかわからない状態である。
特にブルは大きな身体を更に縮こまらせており、スフィアは明らかに困惑した表情だ。
「アルファトリスってのはどこの貴族だ?」
「聞いたことありませんね……一応職業柄、実家と商取引してた貴族の名前はある程度知ってるんですが」
スフィアとメリアが小声で話している時、ピエールと名乗る青年は再び過剰な手振りで馬車を指し示す。
「そして我が朋友たちを紹介しよう。来たまえ!」
ピエールの声に応じて、今度は割と普通の冒険者コンビが馬車から降りてきた。
彼らの装備や雰囲気は先ほどまでの演劇的な空気とは対照的に、現実的で地に足の着いたものに見える。
「あ、どうも……あたしはこの前雇われたアレッタって言います。第四位冒険者です」
女性の方は苦笑いを浮かべながら自己紹介した。
茶色の髪を後ろで結い、実用的な装備に身を包んでいる。
その表情には、少し疲れたような色が見え隠れしていた。
「……ゼノだ。同じく第四位だ」
男性の方は寡黙で短い自己紹介に留めた。
黒い髪に鋭い目つき、無駄のない動作からは確かな実力が感じられる。
冒険者階級第四位。
二人ともベテラン領域の冒険者である。
メリアが小声で呟いた。
「なんですかねアレ」
「こりゃあれだな」
スフィアも小声で応じた。
「冒険者を勘違いした貴族のボンボンが冒険者を道楽でやってるあれだな」
いわゆる貴族冒険者。
余裕のある貴族による、冒険者のごっこ遊びである。
「あの二人は貴族さんの護衛役かな……」
ブルが同情的な表情で推測する。
「大変そうですね護衛」
「比較的安全で割は良いと聞くが、ボンボンがワガママだと心労が凄いらしいな」
「別の意味で心労凄そうだね」
三人の言葉には深い理解と同情があった。
草原に響く拍手の音とピエールの大げさな笑い声が三人の会話を背景に続いていた。
そしてピエールは相変わらず大げさなポーズを維持しながら、三人の方に勢いよく向き直る。
「それでは、次は君たちの番だ! 名を聞こうっ!」
片手を腰に当て、もう片方の手を三人に向けて差し出すという、いかにも演劇的なポーズである。
背後では相変わらずメイドと執事たちが反射板で照明を当て続けており、まるで舞台の上にいるかのような状況だ。
「スフィアだ。猫獣人の冒険者。階級は準二位だな」
スフィアは淡々と答えた。
ピエールの大げさな仕草には特に反応せず、いつものぶっきらぼうな調子で自己紹介を済ませる。
「ブルズウルグス……ブルです……第三位です」
ブルも控えめに名乗る。
その巨体に似合わず、相変わらず謙虚な態度を崩さない。
ところが、この自己紹介を聞いたアレッタとゼノの表情が一変した。
「え、スフィア? 猫獣人のスフィア?」
アレッタが驚いたような声を上げた。
茶色の髪を揺らしながら、目を見開いてスフィアを見つめている。
「『肉喰らい』のスフィア!? 最近有名な冒険者だ!」
その二つ名に、今度はゼノが反応した。
「……ブルといえば『狂戦士』の?」
寡黙な男性冒険者が、珍しく驚きの色を声に滲ませていた。
普段は感情を表に出さないタイプのようだが、さすがに有名人を前にして動揺しているらしい。
「肉喰らい……狂戦士……」
メリアはその二つ名を聞いて、思わずふふっと笑ってしまった。
どちらも仰々しい二つ名だが、スフィアとブルの実態を知っている彼女には、その由来が手に取るようにわかる。
たぶん肉関係の依頼ばかり受けているから『肉喰らい』で、ブルの巨体と迫力ある外見から『狂戦士』と思われているのだろう。
実際の性格とは正反対の二つ名に思わず笑いがこみ上げてきた。
「なんだよ、笑うなよお……」
スフィアは少し不満そうに眉をひそめた。
三角の耳がぺたんと垂れ下がり、明らかに恥ずかしがっている様子が見て取れる。
ブルも大きな身体を少し縮こまらせて、恥ずかしそうな表情を浮かべていた。
『狂戦士』という物騒な二つ名と実際の気弱な性格とのギャップに、本人も困惑しているようだ。
「なるほど、僕は名を知らず申し訳ないが、有名な冒険者のようだ」
ピエールは感心したような表情で頷いた。
さすがに有名人だと知って、少し改まった態度を見せている。
そして今度はメリアに視線が向けられた。
「そちらは?」
「あ、第六位の冒険者のメリアです」
メリアは素直に答える。
アレッタとゼノは顔を見合わせて、明らかに困惑した表情を浮かべた。
「なんで第六位が?」
その疑問は当然だろう。
準二位と三位という高ランクの冒険者が、なぜ最下級の六位と組んでいるのか。
普通に考えれば理解しがたい組み合わせである。
しかし、ピエールだけは全く違う反応を見せた。
「ほう、第六位! 僕も第六位だ、お揃いだね!」
嬉しそうに手を叩きながら心底喜んでいる様子だ。
同じ階級の仲間を見つけたような親近感を抱いたらしい。
「え、ええ。お揃いですね……?」
メリアは戸惑いながら愛想笑いを浮かべた。
ピエールの反応があまりにも純粋で、どう対応していいのかわからない。
確かに同じ階級ではあるが果たして同列にしていいものか。
スフィアが小声で呟く。
「第六位かよこいつ……」
「まあ貴族の道楽なら、ねえ……」
ブルも同様に小声で同意した。
二人の声には、ある種の納得感が込められている。
まあ確かに貴族の道楽として冒険者をやっているなら階級が低いのも頷ける。
実戦経験が乏しく実力も伴わないため、いつまでも下位に留まっているのだろう。
草原に響く鳥のさえずりが、微妙な空気を演出していた――。




