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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第九話 カジノ船の依頼

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海賊退治

カジノホールでスフィアが大暴れし、副船長ヴァイルの計画が音を立てて崩壊していた頃。


騒乱の中心から少し離れた船内の通路でも別の動きがあった。

カジノホールに集められた乗客とは別に、逃げ遅れた客や隠れている者がいないかを確認するために数名の海賊たちが船内を徘徊していたのだ。


彼らが向かっていたのはビュッフェエリアの裏手に位置する関係者用通路。

その突き当たりに『ステージ控室』と記された扉があった。


「おい、ここ怪しいんじゃねえか?」


先頭を歩く海賊が足を止める。

ビュッフェのステージでは、先ほどまで剣舞が行われていたという情報が入っている。

ならば、ここにはその演者たちが隠れている可能性が高い。


「へへっ、踊り子ってことは、アレだろ? 露出の高い衣装着たイイ女がいるってことだよなぁ?」


一人の海賊が下卑た笑みを浮かべ、カチャリとズボンのベルトのバックルに手をかけた。


「おいおい、気が早いぞ。まだ中も確認してねえのに」


「いいじゃねえか。カジノの金庫は船長たちが開けるんだろ? 俺たち下っ端にも、ちょっとくらい役得があってもよお」


「違げえねえ。極上の美女が怯えてるかもしれん」


「よおし、開けるぞ。踊り子ちゃんたちとご対面だ!」


海賊たちは目配せし一斉にニヤリと笑うと、勢いよく扉を蹴り開けた。


「ヒャッハー! 隠れてんのはわかって……ん?」


勢いよく雪崩れ込んだ海賊たちの動きがピタリと止まる。


そこには確かに五人の踊り子が身を寄せ合って震えていた。

煌びやかな衣装、引き締まった肢体、そして手には演舞用の曲刀。


だが、海賊たちの予想とは決定的に異なる点があった。

彼女たちは獣人だったのだ。


頭部は完全に獣そのものであり、全身が美しい毛並みに覆われた生粋の獣人種族。


中央には豊満な牛獣人。

その周りを固めるように、獅子、豹、狼、猫の獣人たちが身を寄せ合っている。


海賊の侵入に気づき、猫獣人と狼獣人の二人が、怯えながらも気丈に前に出て剣を構えた。


「い、いやああああっ! 来ないで! 犯されるぅぅぅっ!!」


牛獣人の踊り子が顔を覆って悲鳴を上げる。


「く、来るなら来なさい! 私たちの貞操は渡さないわ!」


猫獣人がシャーッと威嚇音を上げながら叫ぶ。


「私たちを犯すっていうなら噛みついてやるわ! 喉笛を食いちぎってやる!」


狼獣人が牙を剥き出しにして吠える。

部屋の隅で震える獅子や豹の踊り子たちも涙目でこちらを見ている。


恐怖と決死の覚悟。

まさに垂涎のシチュエーション、そのはずだった。


だが、海賊たちの反応は冷ややかだ。


「…………」


「…………」


海賊たちは無言で互いに顔を見合わせる。

そして先ほどベルトに手をかけていた海賊がどこか気まずそうに、そして少し悲しそうにバックルを締め直した。


この世界の獣人は基本的に人間との恋愛対象にはならない。

海賊たちは無法者だが、そこまでの守備範囲は持ち合わせていなかったのだ。


「……えーっと、金目のもん、あるか?」


「いや、衣装は派手だけど宝石とかはイミテーションだな」


「……行くか」


海賊たちが踵を返そうとした、その時。


ドゴォォォォォォン!!!


控室の横の壁が、爆発したかのように粉砕された。

石膏ボードと木片が飛び散り、もうもうと土煙が舞い上がる。


「な、なんだ!?」


「今度はなんだよ!?」


海賊たちが驚愕して振り返る。


土煙の中から現れたのは天井に届きそうなほどの巨躯。

全身を漆黒のフルプレートアーマーに包み、頭部には禍々しい二本の角を生やした巨人。


スフィアの相棒、ブルである。

彼はスフィアとは別行動で船内の敵を掃討していたのだ。


「女の子たちに手を出そうなんて、許さない!!」


兜の奥から低く、しかし怒りに燃える声が響く。


ブルには見えていた。

か弱い獣人女性たちを取り囲み、今まさに毒牙にかけようとしている悪党たちの姿が。


「いや、手を出そうと思ったけどやめたっていうか……」


「むしろ帰ろうとしてたんだけど……」


海賊たちが弁明しようとするが、興奮したブルの辞書に聞く耳という言葉はない。


「問答無用!!」


ブルが地面を蹴る。

その巨体が砲弾のように突進した。


「ぐわあああああっ!?」


先頭にいた海賊が、ブルのショルダータックルをまともに食らう。


人間の体など容易く吹き飛ばす衝撃。

海賊はボールのように宙を舞い、控室のカーテンを突き破って、そのままステージの方へと消えていった。


「野郎ッ! 化けもんが!」


残った海賊の一人が恐怖に引きつりながら腰のカトラスを抜き放つ。


「死ねぇッ!」


キンッ!


鋭い金属音が響く。

海賊のカトラスはブルの黒い鎧に吸い込まれるように命中した――が、次の瞬間、飴細工のように半ばからポッキリと折れた。


「えっ」


折れた剣先を見て海賊が間の抜けた声を出す。


ブルが纏っているのは、メリアが商業連合で購入したアダマンタイトの鎧だ。

この世界で最も硬い金属の一つであり、なまくらな剣で傷つくことなど物理的にあり得ない。


「効かないよ」


ブルは優しく呟くと丸太のような腕を振りかぶった。


「お返しだ!」


「あべしっ!?」


ブルの拳が海賊の鳩尾にめり込む。

手加減はしているが、それでも牛獣人の怪力に重装甲の質量が加わっているのだ。

海賊は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。


「ひ、ひいいっ! 逃げろ!」


「勝てるかこんなもん!」


残りの海賊たちが蜘蛛の子を散らすように逃げようとする。

だが、ブルは逃がさない。


「逃がさないぞ!」


ズシン! ズシン!


重厚な足音と共に追い詰め一人、また一人と拳で沈めていく。

それは戦闘というよりは一方的な駆除の如き光景。


数分後。

控室には静寂が戻っていた。


床には拘束された海賊たちが転がっている。

ブルはその辺にあったロープで手早く彼らを縛り上げると、満足げに手をパンパンと払った。


そして、ゆっくりと部屋の隅で固まっている踊り子たちに振り返る。

兜のバイザーを上げると、そこには優し気な牛の瞳があった。


「もう大丈夫ですよ。お嬢さんたち」


ブルは紳士的に一礼する。

その姿は童話に出てくる騎士そのものだ。


「怪我はありませんか? 怖い思いをさせてすいませんでした」


「あ、はい……」


獅子獣人が呆然と頷き、豹獣人が震える声で尋ねる。


「た、助けてくれてありがとう! あなたは……?」


「通りすがりの冒険者ですよ」


ブルは照れくさそうに頭をかく。

そして、部屋の外の気配を探るように鼻をひくつかせた。


「僕はまだ他のところにいる海賊をなんとかしますので、これにて失礼!」


「あ、待っ……!」


「どうか、扉を閉めて隠れていてくださいね」


ブルは爽やかに言い残すとズシンズシンという重い足音を立てながら、壁に開けた穴の向こうへと去っていった。

新たな悪を挫くために。


残された踊り子たち。

その中で、中央にいた牛獣人の踊り子だけは様子が違っていた。


彼女は頬を毛皮の上からでもわかるほど赤らめ、両手を胸の前で組み、ブルが消えた穴を熱っぽい瞳で見つめていた。


「なんて……なんて素敵な方なの……」


うっとりとした吐息。


同じ牛獣人として、あの逞しい角、艶やかな毛並み、そして何より弱きを助ける強さと優しさ。

彼女のストライクゾーンど真ん中に剛速球が突き刺さった瞬間だった。


「……」


獅子、豹、狼、猫の踊り子たちは無言で顔を見合わせ、無言で頷いた。

「あ、これ落ちたな」と。


吊り橋効果も相まって新たな恋の予感が控室に漂う中、ブル本人は全く気づかずに次の戦場へと向かっていた。



◆◆◆◆



そんなブルの活躍を、頭上から見下ろしている影があった。


ビュッフェエリアの吹き抜け、その二階部分にあるキャットウォーク。

そこからマーガレットが涼しい顔で下の様子を観察していた。


「ふむ」


彼女は壁をぶち抜いて現れ、海賊を瞬殺して去っていった重戦士の背中を見送る。


「海賊どもの相手は、あいつらに任せてよさそうだな」


マーガレットは満足げに頷く。


自分の娘のメリアが仲間として見込んだ目に狂いはなかった。

彼らが暴れてくれれば海賊の戦力はあらかた削がれるだろう。


「ならば、私は私の仕事をするか。船内案内図はっと……」


マーガレットは壁に貼り付けられていた船内図を確認すると、音もなく身を翻した。


「そちらは任せたぞ」


真紅のドレスが船の奥へと続く通路の中に溶けるように消えていく。

彼女は彼女の仕事をするために目的の場所へ急ぐのであった――。

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