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第九話 反響しない音

倉庫は、夜の冷気に包まれ、静寂が濃く漂っていた。

エリシアは楽器を抱え、弓を軽く握る。

肩にかかる重み、顎当ての冷たさ、指先に残る弦の跡。

音は出ない。

けれど、胸の奥で小さく、確かな振動が伝わる。


低い声の人物は、倉庫の奥に影だけを浮かべる。

肩幅と背筋、長い指先の動きだけで、存在の圧を伝える。

目は光を吸い込み、表情は読み取れない。

それでも、空間全体に意思が溢れていることが分かる。


「反響しない音を、君は感じるか」

声は低く、空気を揺らすだけで届く。

言葉としてではなく、存在の圧として。

音として届かなくても、体は反応する。


エリシアは弓を弦に触れさせる。

微かに軋む感触が手に伝わる。

音は出ない。

しかし、胸の奥で確かな“返事”が生まれる。


影が少し近づく。

肩や背筋、指先のわずかな動きが、問いかけの意思を表す。

音がなくても、互いの存在は確かに共鳴する。


「届かぬ旋律が、反響することはない」

低い声が続く。

それでも胸の奥で、楽器の木肌から伝わる振動は確かだ。

音ではなく、存在の返事。

それが、二人だけのコミュニケーションだった。


エリシアは弓を止めずに、小さく呼吸を整える。

肩の重み、指先の感覚、木肌の冷たさ。

すべてが返事の形となって、胸に届く。

音はなくても、反響しない音が生きている。


倉庫の床に差し込む月明かりが影を揺らす。

二人と楽器だけが、音のない反響の中で、静かに共鳴していた。


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