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第六話 もう一度

倉庫は静まり返っていた。

埃の匂いが、夜の冷気に混ざって漂う。

エリシアは楽器を抱え、ゆっくりと弓を構える。

肩の重み、顎当ての冷たさ、指先に残る弦の跡。

すべてが、ここにあることを知らせる。

音は出ない。

それでも、胸の奥に小さな振動が生まれる。


「もう一度、弾くのか」

低い声の人物が、倉庫の隅から響く。

前回よりも近く、影の輪郭に肩幅と長い指先がくっきり浮かぶ。

視線は合わないが、存在感だけで空間を支配する。


エリシアは視線を落とさず、弓を軽く動かす。

指先が弦に触れ、微かに軋む感触が手に伝わる。

音は出ない。

けれど、体はそれを返事として受け取る。


「音ではないけれど……届く」

心の中で思う。

楽器の返事は、音楽の形を借りずに、確かに存在している。


低い声の人物が一歩近づく。

影の中で微かに指先が揺れる。

肩の角度や背筋の傾きまでが、意思を伝えている。

音がなくても、そこには確かな“問い”がある。


エリシアは弓を止めずに、呼吸を整える。

肩の痛み、指先の感覚、楽器の木肌の冷たさ。

すべてが手触りとして残る。

音はない。

それでも、胸の奥で何かが動く。


「返事を求めているのか」

声がさらに低く響く。

体で感じるだけの存在感。

答える必要はない。

弓を引く動作そのものが、応えになっている。


月明かりが窓から差し込み、床に細長い影を作る。

影の中で二人の存在が交差し、音ではない何かが揺れる。

返事の形は見えない。

けれど、確かにここにある。


エリシアは小さくうなずき、弓をさらに軽く動かす。

返事はまだ、音にはならない。

それでも、何かが通じたことを体が知っている。


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