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第四話 初めての返事

倉庫の空気は冷たく、木の匂いが鼻をくすぐった。

エリシアは楽器を抱え、ゆっくりと弓を構える。

肩にかかる重さは、弾く前から体に馴染んでいる。

左手の指先には、古い弦の跡がうっすら残り、触れるだけで過去の演奏の記憶が微かに蘇る。


「……返事は、あるのか」

低い声の人物が倉庫の隅に立つ。

肩幅が広く、長い指先がわずかに動くたびに、空気が揺れる。

目は深く、暗がりに沈んだ湖のように静かで、感情は読み取れない。

しかし存在だけで、全体の空気を支配していた。


弓を弦に触れさせる。

音は出ない。

それでも、胸の奥で微かに、振動が伝わる。

音ではない。けれど確かに、“返事”だった。


「今、来た」

エリシアの唇がわずかに動く。

耳で聞いたわけではない。

体で感じた、確かな何か。


楽器の木肌に触れると、微かに軋む感触が手に伝わる。

それは、長い年月を共にしてきた手触りのようで、

同時に、今ここでしか生まれない一瞬の感覚でもあった。


低い声の人物が一歩近づく。

影の中でも、肩の傾きや背筋の伸び方で、力の入れ方や注意の向け方が分かる。

指先が少し揺れるのを、エリシアは見逃さなかった。


「返事……ですか?」

小さくつぶやく。

声に感情は混ざらない。

ただ、問いかける動作が、身体の一部として自然に現れる。


楽器の中から、低く、確かな反応が返る。

空気を揺らすだけの音。

けれど、胸の奥で何かが動いたのは、紛れもない事実だった。


エリシアは弓を止めない。

止めた瞬間、すべてが消えそうな気がしたからだ。


「今のが……初めての返事なのですね」

体で感じたものを、言葉に置き換えてみる。

音ではない何かに、初めて意味が生まれた瞬間だった。


倉庫の暗闇が、微かに揺れる。

木の軋み、埃の匂い、そして、音ではない“返事”の存在。

すべてが、確かに今、ここにある。


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