第二十三話 見えない旋律
倉庫の中は、朝の光が柔らかく差し込み、埃がゆらりと舞う。
エリシアは楽器を抱え、弓をしっかり握る。
肩の重み、顎当ての冷たさ、指先に残る弦の跡。
音はまだ出ない。
しかし胸の奥で、重なった振動が見えない旋律として響き始めていた。
楽器の木肌が微かに揺れる。
指先に伝わる軋みは、音ではなく存在そのものの呼吸。
長年の触れ合いと弾かれた痕跡が、エリシアの体と呼吸に寄り添い、胸の奥で形を持たない旋律を描く。
低い声の人物が倉庫の奥で影だけを浮かべる。
肩幅、背筋、長い指先の微細な動きで空気を揺らす。
目は暗がりに沈み、表情は読み取れない。
それでも存在だけで空間の中心を支配し、微かな問いかけを投げかける。
「見えない旋律を感じるか」
低く響く声が空間を震わせる。
音ではなく、振動として胸に届く。
楽器を通して、エリシアの胸の奥に、存在するが見えない旋律の輪郭が浮かび上がる。
エリシアは弓を滑らせる。
木肌の感触、肩の重み、指先の微かな軋み。
音は出ない。
しかし胸の奥では、触れた旋律と揺れる影、光の微かな振動が一つに重なり、初めて見えない旋律として認識される。
影が一歩近づく。
肩の傾き、背筋の角度、指先の細かな動き。
問いかけと答えを紡ぐ微細な振動が、光・影・楽器の木肌と交わり、胸の奥で見えない旋律の形を作る。
朝の光が木肌に差し込み、影が床に揺れる。
弓を引く手の動き、木肌の揺れ、影の動きが重なり、音はなくとも見えない旋律が胸の奥で確かに響く。
エリシアは小さく息を吐き、弓を止めない。
肩の重み、指先の感触、木肌の温かさ。
音はなくても、見えない旋律が胸の奥で生きていた。




