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第十九話 揺れる影

倉庫の中は、朝の光に包まれ、埃がゆらりと舞っている。

エリシアは楽器を抱え、弓を軽く握る。

肩の重み、顎当ての冷たさ、指先に残る弦の跡。

音はまだ出ない。

しかし胸の奥で、微かな振動が共鳴を伴って広がっていた。


楽器の木肌が、ゆっくりと呼吸するように揺れる。

指先に伝わる軋みは、音ではなく存在そのものの反応。

長年の呼吸と触れ合いの積み重ねが、今、胸の奥で共鳴となって返ってくる。


低い声の人物が倉庫の奥で影だけを浮かべる。

肩幅、背筋、長い指先のわずかな動きで空気を揺らす。

目は暗がりに沈み、表情は読み取れない。

存在感だけで、倉庫の中心を支配し、微かな問いを放つ。


「影は揺れる。だが、見えるのは胸で感じるものだ」

低く響く声が空間を震わせる。

音としてではなく、体全体で感じる振動。

楽器を通じ、エリシアの胸の奥に揺れる影が映し出される。


エリシアは弓を滑らせる。

木肌の感触、肩の重み、指先の微かな軋み。

音は出ない。

しかし胸の奥で、触れた旋律と影の揺れが微かに重なり、初めての共鳴を拡張する。


影が一歩近づく。

肩の傾き、背筋の角度、指先の動き。

問いかけと答えを繋ぐ微細な振動が、音のない共鳴として胸に届く。


月明かりと朝の光が混ざり、影と木肌の揺れが弓の動きと重なる。

音のない旋律と揺れる影が、二人と一つの楽器の間で、確かな形を持ち始めた。

エリシアは小さく息を吐き、弓を止めない。

肩の重み、指先の感触、木肌の温かさ。

音はなくても、揺れる影が胸の奥で語りかけ、二人と楽器だけの世界を形作る。


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