第十七話 触れた旋律
倉庫の光は、朝の柔らかさを増していた。
埃がゆらりと舞い、空気は静かに揺れる。
エリシアは楽器を抱え、弓を握る手に意識を集中する。
肩の重み、顎当ての冷たさ、指先に残る弦の跡。
音はまだ出ない。
けれど胸の奥で、微かな振動が広がり、形を持った旋律のように感じられた。
楽器の木肌が、微かに揺れる。
触れる指先に伝わる軋みは、音ではなく存在の呼吸だった。
長年弾かれてきた木は、エリシアの手と呼吸に寄り添い、初めて「触れた旋律」を形作る。
低い声の人物が倉庫の奥で影だけを浮かべる。
肩幅、背筋、指先のわずかな動きで、空気を揺らす。
目は暗がりに沈み、表情は読み取れない。
しかし、その存在感だけで、空間の中心を支配する。
「触れることで、旋律は初めて形になる」
低く響く声が空気を震わせる。
音ではなく、振動として胸に届く。
楽器を通して、エリシアの胸の奥に確かな返事が生まれる。
エリシアは弓を滑らせる。
木肌の感触、肩の重み、指先の微かな軋み。
音はなくても、胸の奥で触れた旋律が響く。
影が一歩近づき、肩や背筋、指先の動きで問いかけと答えを伝える。
月明かりが差し込み、影と木肌の揺れが弓の動きと重なる。
音のない旋律は、光と影、楽器と人の間で初めて形を持った。
エリシアは小さく息を吐き、弓を止めない。
肩の重み、指先の感触、木肌の温かさ。
音はなくても、触れた旋律が胸の奥で確かに生きていた。




