第十六話 返事の形
倉庫は朝の光に満ち、埃がゆらりと舞う。
エリシアは楽器を抱え、弓をゆっくりと握る。
肩の重み、顎当ての冷たさ、指先に残る弦の跡。
音はまだ出ない。
しかし胸の奥で微かな振動が生まれ、鼓動のように広がる。
低い声の人物が倉庫の奥で影だけを浮かべる。
長い指先がわずかに動き、肩幅や背筋の角度で空気の密度を変える。
目は暗がりに沈み、表情は読み取れない。
それでも存在だけで、空間全体を支配していた。
「返事には形がある」
低く響く声。
音ではなく、空気の振動として胸に届く。
楽器の木肌を通して、エリシアの胸の奥に微かな返事が生まれる。
エリシアは弓を滑らせる。
木肌の感触、肩の重み、指先の微かな軋み。
すべてが返事の一部となる。
音は出ない。
しかし胸の奥で、確かな“形”が見えた。
影が一歩近づく。
肩の傾き、背筋の角度、指先の細かな動き。
問いかけと答えを紡ぐ動作は、音にならない旋律として存在する。
音がなくても、返事は確かに伝わる。
月明かりが差し込み、影が揺れる。
弓を引く手の動き、木肌の微かな振動と影の揺れが重なり、返事の形を作る。
音のない世界で、二人と一つの楽器だけが、初めて“返事の形”を理解した瞬間だった。
エリシアは小さく息を吐き、弓を止めない。
肩の重み、指先の感触、木肌の温かさ。
音はなくても、返事の形が胸の奥で確かに響き、二人と楽器の関係を結び付ける。




