第十四話 影が語る
朝の光が倉庫の隙間から差し込み、埃を浮かび上がらせる。
空気は柔らかく、冷たさと温かさが混ざり合う。
エリシアは楽器を抱え、弓を握る。
肩の重み、顎当ての冷たさ、指先に残る弦の跡。
音はまだ出ない。
しかし胸の奥で、微かな振動が光と影の間で揺れていた。
低い声の人物は、倉庫の奥で影だけを浮かべる。
長い指先がわずかに動き、肩幅や背筋の傾きが空気の密度を変える。
目は光を吸い込み、表情は読み取れない。
それでも存在感だけで場の中心を支配し、微かな動きで問いを示す。
「影は語る。耳ではなく、感じるものだ」
低く響く声が空間を震わせる。
音として届かなくても、体は反応する。
楽器の木肌を通して、胸の奥に微かな返事が伝わる。
エリシアは弓を滑らせる。
木肌の感触、肩の重み、指先の軋み。
すべてが影との会話の一部となる。
音は出ない。
しかし胸の奥で、存在の語りが確かに伝わる。
影が一歩近づく。
肩の傾き、背筋の角度、長い指先の微細な動き。
すべてが問いかけと答えを紡ぐ。
音がなくても、存在は確かに共鳴する。
倉庫の床に差し込む光が影を揺らす。
揺れる木肌と影の動きが、弓を引く手の動作と重なり、音のない旋律を描く。
光と影、そして楽器の木肌が胸の奥で共鳴し、音ではない物語を紡いでいた。
エリシアは小さく息を吐き、弓を止めない。
肩の重み、指先の感触、木肌の温かさ。
音はなくても、影の語りが胸の奥で響き続ける。




