第十三話 光に触れる
倉庫の隙間から、朝の光が細く差し込む。
埃が舞い、空気は柔らかく温かみを帯び始めた。
エリシアは楽器を抱え、弓をそっと握る。
肩にかかる重み、顎当ての冷たさ、指先に残る弦の跡。
音はまだ出ない。
しかし胸の奥では、微かな振動が朝の光と共鳴していた。
楽器の木肌が、ゆっくりと光を受け止めるように揺れる。
指先に伝わる軋みは、音ではなく存在の呼吸。
エリシアの体と呼吸に自然に寄り添い、目には見えない旋律を生み出す。
低い声の人物が倉庫の奥で影だけを浮かべる。
肩幅、背筋、長い指先のわずかな動きが、空気の密度を変える。
目は光を吸い込み、表情は読み取れない。
それでも、存在の圧力だけで場の中心を支配する。
「光に触れることで、何を感じる?」
低い声が響く。
言葉ではなく、空気の振動として胸に届く。
音ではなく、感覚の伝達。
それが、楽器とエリシアの間にしか存在しない会話だ。
エリシアは弓を滑らせる。
木肌の感触、肩の重み、指先の微かな軋み。
すべてが楽器との呼吸のやり取りとなる。
音はない。
しかし、胸の奥では確かな共鳴が生まれ、光の中で微かに震えた。
影が一歩近づく。
肩の傾き、背筋の角度、指先の細かな動き。
一つ一つが問いかけと答えを紡ぐ。
音はなくても、存在は確かに届く。
朝の光が木肌に反射し、影を床に落とす。
揺れる木肌と影の動きが、弓を引く手の動作と重なり、音のない旋律を描く。
光に触れることで、二人と楽器は初めて、音を持たない世界で共鳴を感じた。
エリシアは小さく息を吐き、弓を止めない。
肩の重み、指先の感触、木肌の温かさ。
音はなくても、光に触れた共鳴が胸の奥で語りかけてくる。




