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第十二話 微かな鼓動

倉庫は静寂に包まれ、埃と冷気が入り混じる。

エリシアは楽器を抱え、弓を軽く握ったまま立っている。

肩の重み、顎当ての冷たさ、指先に残る弦の跡。

音はまだ出ない。

しかし、胸の奥で微かに、鼓動のような振動が生まれる。


楽器の木肌が、ゆっくりと呼吸するように揺れた。

指先に伝わる軋みは、音ではなく存在そのものの反応だった。

長年弾かれてきた木は、エリシアの体と呼吸に自然と寄り添う。


低い声の人物が倉庫の奥から影だけを浮かべる。

肩幅、背筋、長い指先のわずかな動きが、空気を揺らす。

目は暗がりに沈み、表情は読み取れない。

それでも、存在の圧力だけで、場の中心を支配する。


「微かな鼓動を感じるか」

低い声が響く。

音はなくとも、空気を伝わる振動が手元に届く。

それは、返事であり、呼吸であり、存在そのものの証だった。


エリシアは弓を滑らせる。

木肌の感触、肩の重み、指先の微かな軋み。

すべてが、楽器との会話となる。

音は出ない。

けれど、胸の奥では確かな共鳴が生まれ、鼓動として伝わる。


影が一歩近づく。

肩の傾き、背筋の角度、指先の微細な動き。

一つ一つが、問いかけと答えを結ぶ。

音はなくても、存在は反応し、確かに届く。


月明かりが倉庫に差し込み、床に影を伸ばす。

木肌の揺れと影の動きが、弓を引く動作と重なる。

音のない鼓動が、二人と楽器を包み込む。


エリシアは小さくうなずき、弓を止めない。

止めれば、すべての反応が消えてしまう。

肩の重み、指先の感触、木肌の冷たさ。

音はなくても、微かな鼓動が胸の奥で語りかけてくる。


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