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第十一話 揺れる木肌

倉庫の空気は、夜の冷気と埃の匂いで満ちていた。

エリシアは楽器を抱え、弓を軽く握る。

肩にかかる重み、顎当ての冷たさ、指先に残る弦の跡。

音はまだ出ない。

けれど胸の奥で、微かに振動が広がる。


楽器の木肌が、まるで意志を持つかのように揺れた。

微かな軋みが手に伝わる。

長年弾かれてきた木の感触は、エリシアの指先と呼吸に寄り添い、

音としてではなく、存在の反応として胸に伝わる。


低い声の人物が倉庫の奥に立つ。

影だけの姿だが、肩幅、背筋、長い指先の動きが空気を揺らす。

目は暗がりに沈み、表情は読み取れない。

それでも、存在だけで空間の密度を変える。


「木肌が揺れるのは、君の呼吸に応えているからだ」

低く響く声。

音にならない振動が、空気を伝って手元に届く。

音はなくても、確かに返事はある。


エリシアは弓を滑らせる。

指先の感触、顎に伝わる冷たさ、肩にかかる重さ。

すべてが、楽器との呼吸のやり取りとなる。

音は出ない。

しかし胸の奥では、確かな共鳴が生まれる。


影が一歩近づく。

肩の傾き、背筋の角度、長い指先の微細な動き。

一つ一つが、問いかけと答えの間を繋ぐ。

音はなくても、存在は反応し、確かに届く。


月明かりが倉庫に差し込み、床に影を落とす。

木肌の揺れと影の動きが、弓を引く動作と重なる。

音のない共鳴が、二人と楽器を包み込む。


エリシアは小さくうなずき、弓を止めない。

止めれば、すべての反応が途切れてしまう。

肩の重み、指先の感触、木肌の冷たさ。

音はなくても、揺れる木肌が胸の奥で語りかけてくる。


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