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第十話 影の調べ

倉庫の中は深い闇に包まれ、月明かりだけが床に影を落としていた。

エリシアは楽器を抱え、弓を軽く握る。

肩の重み、顎当ての冷たさ、指先に残る弦の跡。

音はまだ出ない。

しかし胸の奥で微かに、振動が生まれ、静かに広がる。


低い声の人物が、倉庫の奥から現れる。

影だけの姿だが、肩幅、背筋、長い指先の微細な動きが空気を揺らす。

目は暗がりに沈み、感情は読み取れない。

それでも、存在だけで空間を支配していた。


「影の調べを、感じたことはあるか」

声が低く響く。

音ではない問いが、空気を震わせる。

弓に触れる手が、微かに反応する。


エリシアは弓を弦に滑らせる。

木肌の感触、微かな軋み、指先の感覚。

音はない。

けれど、胸の奥で確かな“返事”が返ってくる。


影が近づく。

肩の傾き、背筋の角度、長い指先の動き。

動作の一つ一つが、問いかけと答えの間を繋ぐ。

音はなくても、存在が確かに共鳴している。


「音にならない旋律でも、存在する」

低い声が続く。

エリシアは小さくうなずき、弓を止めない。

肩の重さ、指先の感触、楽器の木肌の冷たさ。

音はなくても、影の調べが胸の奥で響いている。


月明かりに映る影は、揺れる。

弓を引くたび、影も微かに動き、楽器の返事と共鳴する。

音のない調べが、二人と楽器を包み込む。


エリシアは胸の奥の振動に耳を澄ませる。

音ではない、しかし確かな“存在の旋律”。

倉庫の中で、二人と一つの楽器だけが、影の調べを奏でていた。


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