そこの平民、わたくしの馬車で雨宿りしていきなさい
「なろうラジオ大賞7」参加作品です。
使用キーワード「雨宿り」
「あぁ、寒いよう……」
街道を歩きながら、みすぼらしい身なりをした男がそうぼやきます。風に吹かれ歩く間に、雨まで降り始めました。
街道には豪勢な馬車が走り、美しいドレスを身につけた女性が乗っていました。女性は窓から男性を眺めていましたが、雨が降り出したのを見ると優雅な動作で御者に声をかけました。
「馬車を止めてちょうだい」
「――カタリナ様、勝手なことをすると怒られますよ?」
「私に怒れる人なんていませんわ」
カタリナはそう言って聞きません。御者は折れ、言われた通り路肩に馬車を停めました。
街道を歩いていた男は驚きました。女性が馬車から降りてきたのです。そして、男はその女性を知っていました。この国の王女、カタリナ様だと。
「そこの平民、私の馬車で雨宿りしていきませんこと?家も遠いでしょう、今晩は城に泊まりがよいですわ」
男は周りを見回し、今度は腰が抜けるほど驚きました。周りには誰もいなかったのです。カタリナは確実に自分に話しかけているのです!
男は「そこの平民」と呼ばれたことに対して、全く怒りを抱いていませんでした。それどころか「あぁ、王女様だと目下のものを呼ぶ言葉に丁寧な言葉遣いは許されないのか」と感動まで覚えたほどです。言語研究者の性というものでしょうか。
そして、王女などという立場の人間に提案をされて、男ができることはただ一つでした。
「王女様の御心のままに」
男は、こうして王女様の馬車に乗ることになりました。内心、とっても遠慮したい気持ちでしたが、言い出せるはずもありません。
城でカタリナの言うがままに夕食をとり、そのまま予備の部屋に案内されました。緊張のあまり、食事は喉を通らないし寝ようとしても寝付けません。
「一応貴族ではあるけれど……平民と間違われてこんなことになるとは」
そう、男は貴族でした。論文が評価されて叙爵されたばかりの平民出身の準男爵です。
家に帰った男は、ようやく落ち着くことができました。
さて、その頃城では「あの王女様が男を連れ帰ったらしい」という噂がたっていました。王女様の初恋なら叶えて差し上げよう、と盛り上がったのです。
あれよあれよという間に男はカタリナと婚約を結びました。
◇ ◇ ◇
「カタリナ様、あの男が貴族なことは最初からわかっていたのでしょう?」
御者がカタリナにそう問いかけました。カタリナは微笑みます。
「えぇ、勿論。あの方の論文を読んだときから、私ガチ恋勢なのでしてよ」




