第十九話:ヤマタノオロチの襲来、絶望、そして覚醒 -3
「お待たせいたしました、太郎殿。私も、共に戦いましょう。この海の平和のために……!」
乙姫の声は、透き通るように澄んでおり、広間に響き渡った。彼女の瞳は、太郎の絶望を打ち破るかのように、希望の光を宿している。
「乙姫様……! なぜここに……!?」
太郎は、乙姫の突然の登場に、驚きに目を見開いた。
「乙姫様だー! 助けに来てくれたんだね!」
琥珀は、乙姫の姿を見て、喜びの声を上げた。彼女の顔に、希望の光が戻る。
「乙姫殿……! この状況で、まさか……!」
天音は、冷静な表情を保ちながらも、その瞳には、驚きと、新たな希望が浮かんでいた。
『乙姫殿の参戦……! これで、勝機が……!』
葛の思考が、太郎の心に響いた。
乙姫は、倒れ伏した黒鉄の傍らに膝をつくと、その掌から清らかな水の光を放ち、黒鉄の傷を癒やし始めた。
黒鉄の武士の装束に焦げ付いた雷撃の跡が消え、腹部の傷口がみるみるうちに塞がっていく。乙姫の治癒の力は、葛の回復魔法とは比べ物にならないほど、強力だった。
「鈴蘭……! 乙姫様……!」
太郎は、乙姫の治癒の力に、驚きと感謝の声を上げた。黒鉄の顔に、血の気が戻り、その瞳が微かに開かれる。
「若様……私……」
黒鉄は、弱々しい声で太郎を見上げた。その瞳には、まだ戸惑いが残っていた。
「大丈夫だ、鈴蘭。乙姫様が助けてくれたんだ」
太郎は、黒鉄の頭を優しく撫でた。
乙姫は、ヤマタノオロチの再生能力の情報を得ていたかのように、太郎に語りかけた。
「太郎殿、ヤマタノオロチを討ち取るには、八つの首を同時に断ち切る必要があります。そして、そのためには、絶大な力と、一瞬の隙を作り出す、最後の切り札が必要です」
乙姫の声は、静かだが、その中に確かな意志が込められていた。彼女の瞳は、太郎の持つ「玉手箱」へと向けられている。
「最後の切り札……玉手箱……!」
太郎は、乙姫の言葉に、ハッとした。彼の腰に携えられた玉手箱が、微かに輝いているように見えた。
「乙姫様、玉手箱を使うのですか!? しかし、その代償は……!」
黒鉄は、回復したばかりの体で、乙姫に問いかけた。彼女の瞳には、玉手箱の危険性への警戒が宿っている。
「ええ。しかし、今この状況で、ヤマタノオロチを討ち取るには、それしかありません。太郎殿の神力ならば、その代償を軽減できる可能性もあります。この世界の未来のためにも……」
乙姫は、静かに、しかし力強く太郎に玉手箱の使用を促した。
彼女の瞳には、この世界を救うという、強い願いが込められていた。
しかし、その時、太郎は母の愛情、そして仲間たちとの絆こそが、自分を支える真の力であると再認識した。彼の脳裏に、母の優しい笑顔、黒鉄との幼い頃の記憶、そして旅の途中で出会った仲間たちとの数々の冒険が鮮やかに蘇る。
彼らの笑顔、涙、そして共に乗り越えた困難の記憶が、走馬灯のように駆け巡った。
彼が本当に守りたいのは、天界の秩序でも、神としての使命でもない。この地上で、仲間たちと共に築き上げた、温かい絆なのだと。
「(違う……俺には、母上の愛がある……そして、みんながいる……! この絆こそが、俺の真の力だ! 俺は、一人じゃない……! 俺は、みんなを守る……!)」
太郎の心の声が、彼の脳裏に響き渡った。彼の全身から、眩い黄金の光が放たれる。それは、彼の内なる神の力が、仲間たちへの深い愛に呼応して、ついに真の覚醒を遂げた証だった。光は、広間全体を照らし出す。
「俺は……諦めない! みんなを……俺が守る! この力で、ヤマタノオロチを討つ!」
太郎は、叫んだ。その声は、絶望を打ち破るかのように、広間全体に響き渡った。
太郎は、乙姫から渡された「玉手箱」を、最後の手段として取り出した。
彼の顔には、迷いと、仲間を守るための強い決意が入り混じる。
「(玉手箱を見つめ、決意の表情で)……これを使う時が来たか。みんな……! 俺に、力を貸してくれ……! この一撃に、全てを賭ける!」
太郎は、玉手箱を固く握りしめ、迷わず箱を開けた。
瞬間、箱から眩いばかりの光が噴き出し、太郎の体を包み込む。
光は太郎の体を駆け巡り、彼の神の力を想像を絶するほど増幅させていく。
それは、彼が真の神のような姿へと変貌する瞬間だった。その動きは常識を超え、ヤマタノオロチを圧倒し始める。彼の槍の一振りで、空間が歪む。




