第十八話:酒呑童子との対決 -1
幹部鬼との激戦を終え、太郎たち一行は、禍々しい瘴気に満ちた鬼の城を進んでいた。
城内は薄暗く、不気味な静けさが漂う。彼らの足音だけが、ひっそりとした廊下に響き渡る。
廊下には荒々しい鬼の足跡が残り、壁には血痕のような模様が刻まれている。瘴気は彼らの肌をひりつかせ、呼吸をするたびに肺が重くなるような不快感があった。
しかし、彼らの瞳には、疲労の色よりも、父の仇、そして世界の混沌の元凶を討つという、揺るぎない決意が宿っていた。
「ここが……この島の主、酒呑童子の居城か。想像以上に、不気味な気配だ……」
太郎は、槍を固く握りしめ、前方の闇を見据えた。彼の全身から、微かな神力が溢れ出し、瘴気をわずかに押し返している。
「邪気が濃い……気を引き締めてください、若様。この城全体が、酒呑童子の魔力に覆われているようです」
黒鉄は、太郎の隣に立ち、周囲を警戒した。彼女の琥珀色の瞳は、闇の中に潜む危険を探ろうとしていた。刀の柄を握る手が、微かに震える。
「なんか、ゾクゾクする~! 背筋が凍るような感じだよ~! でも、ちょっと楽しみかも! どんな鬼が待ってるかな~?」
琥珀は、身をすくませながらも、好奇心に目を輝かせた。その小さな体が、期待に微かに震える。
「この静けさ……かえって不気味ですね。いつ、どこから襲われるか……。魔力探知も、この瘴気の中では困難です」
天音は、冷静な声で指示を飛ばした。彼女の白い羽が、微かに緊張に震える。弓を持つ腕に、力が漲る。
『皆さま、体力の消耗が激しいです。回復に努めますが、この瘴気は、精神にも影響を及ぼします。心の乱れが、命取りになるでしょう』
葛の思考が、太郎の心に響いた。彼女は、魔法陣の光を強め、仲間たちを後方から支えた。
◆
ついに玉座の間へとたどり着く一行。
重厚な扉が、軋む音を立てて開かれると、彼らの目の前に広がったのは、圧倒的な威圧感を放つ空間だった。
広間の中心には、巨大な骨でできた玉座が鎮座し、その玉座には、鬼の首領、酒呑童子が不敵な笑みを浮かべて座っていた。
彼の体からは、これまで感じたどの鬼よりも濃密な邪気が放たれ、部屋全体に重圧がのしかかる。その瞳は血のように赤く、明確な知性と、圧倒的な殺意を宿していた。
「よくぞ来たな、人間ども。まさか、この我の居城まで来るとはな。愚かな……」
酒呑童子の声が、広間全体に響き渡る。その声は、聞く者の心を恐怖で支配するかのようだった。
「貴様が……酒呑童子か。父の仇……!」
太郎は、槍を固く握りしめ、酒呑童子を見据えた。彼の瞳には、激しい怒りが宿っている。
「でけぇ鬼だな! これが、鬼の首領ってわけか! 俺の斧が唸るぜ!」
八重は、豪快な笑みを浮かべ、斧を構えた。その瞳には、強敵との戦いへの闘志が宿っている。
酒呑童子は太郎の槍に刻まれた桃の紋章を見て、太郎の父の姿を思い出す。
彼は太郎を嘲笑し、父が討たれた際の惨めな抵抗を語り、太郎の怒りを煽る。酒呑童子の言葉が、太郎の心を深くえぐる。
「ほう……その槍の紋様……見覚えがあるな。かつて、我に挑み、惨めに散っていった男と同じ紋様だ。貴様、あの男の息子か? 愚かな……息子まで、我の前に現れるとはな」
酒呑童子の声が、嘲るように響き渡る。彼の瞳は、太郎の父の最期の姿を思い出すかのように、冷酷に輝いていた。
「貴様……! 父を……! よくも……!」
太郎の全身が、怒りに震えた。槍を持つ手が、白くなるほど強く握りしめられる。彼の脳裏には、父の最期の姿が鮮明に蘇る。
「ははは!あの男は弱かった。我の金棒の一撃で、塵と消えたわ! 貴様の父など、我の敵ではなかった! 貴様も、すぐに同じ道を辿るだろう!」
酒呑童子は、下卑た笑みを浮かべ、巨大な金棒を床に叩きつけた。その衝撃で、広間全体が微かに揺れる。
その時、黒鉄が一歩前に進み出た。その琥珀色の瞳には、若様への忠誠だけでなく、父と兄の仇である酒呑童子への、燃えるような憎悪が宿っていた。
「酒呑童子……! 貴様は、私の父と兄の仇でもある! 若様、どうか、この黒鉄に、先陣をお任せください! この恨み、必ず晴らします!」
黒鉄の声は、静かだが、その中に確かな怒りが込められていた。彼女は、刀の柄を強く握りしめ、酒呑童子を睨みつけた。
「若様……!」
黒鉄が、驚きと心配の声を上げた。彼女は、太郎が一人で酒呑童子に挑もうとしていることに、焦りを覚えた。
「待て、黒鉄。その気持ちは嬉しい。だが、これは俺の戦いだ。父の仇は、俺が討つ。そして、この鬼ヶ島に、俺が責任を持って光を取り戻す。お前を危険な目に遭わせるわけにはいかない」
太郎は、静かに黒鉄の言葉を遮った。彼の瞳は、酒呑童子を真っ直ぐに見据えている。その声には、父の仇を討つという個人的な使命と、神としての責任感が込められていた。
「若造、一人で突っ込むな! 俺たちもいるぜ! まとめてぶっ飛ばしてやるぜ!」
八重は、豪快な声で太郎を叱咤した。彼女の瞳には、太郎への心配と、強敵への闘志が混じっていた。
「太郎殿、無謀です! 酒呑童子の力は、これまでの鬼とは格が違います! 一人で挑むなど……!」
天音は、冷静な声で太郎を止めようとした。彼女の白い羽が、微かに緊張に震える。
「太郎兄ちゃん、危ないよ~! みんなで戦おうよ~!」
琥珀は、悲鳴を上げた。彼女の顔には、恐怖の色が浮かんでいる。
『太郎殿……! しかし、彼の決意は固い……。この一騎打ちが、彼の力を最大限に引き出すのかもしれません……!』
葛の思考が、太郎の心に響いた。彼女は、魔法陣の光を強め、いつでも回復魔法を使えるように準備した。
酒呑童子は不敵に笑い、その申し出を受ける。彼の瞳には、太郎の覚悟を試すかのような光が宿っていた。
「ははは! 面白い! まさか、貴様ごときが、我に一騎打ちを挑むとはな! ならば、相手をしてやろう! 貴様の命、ここで絶ってやる! 父と同じように、塵と化すがいい!」
酒呑童子は、玉座から立ち上がり、巨大な金棒を構えた。その金棒からは、禍々しい邪気が放たれ、広間全体に重圧がのしかかる。
太郎は覚醒した神の力と槍術を解き放ち、先制攻撃を仕掛ける。槍が光を放ち、酒呑童子へと迫る。彼の全身から、桃色の光が迸り、広間全体を照らし出す。
「【真槍・桃紋閃】!」
太郎は、渾身の一撃を放った。槍の穂先から放たれる桃色の光が、酒呑童子の巨体へと吸い込まれるように突き刺さる。
ドン!!!
酒呑童子、最初は太郎を侮っていたが、その予想以上の力に驚き、巨大な金棒で反撃に出る。
彼の顔に、わずかな驚きと、しかしすぐに愉悦の表情が浮かんだ。
その一撃は大地を揺るがし、太郎は神速の動きで攻撃をかわす。
金棒が地面を叩きつけ、広間に深い亀裂が走った。




